第2話『偶然、であってほしい』

「……い、おーい。どした、伊織」


「あぁ……」


「ん?」


 学校一の人気を誇る少女、別名『ロリ聖女』小野寺葵と始めて会話をした日の放課後。

 今日もいつも通り、俺は瑞斗と最寄りの駅までの道を一緒に歩いていた。


「今日小野寺さんに話しかけたんだよ」


「へぇ。お前から女子に話しかけるとは珍しいな」


「驚かないんだな。俺みたいなモブキャラが学校一の美少女と会話したんだぞ?」


「驚いているさ。それより、今週の日曜日空いてるか? 部活がオフになったんだよな」


 俺はスマホのカレンダーで予定がないかを確認する。もちろんあるわけもない。

 今日は木曜日なので、今週の日曜日遊ぶということは今から三日後だな。それまでにランクを一つでもあげて、こいつの驚く様を見てやりたい。


「ばっちしおーけーだ。お前のグラモンのランクっていくらなんだ?」


「3だ」


「が、ガチ勢だ……」


「どこがだよ。最高ランクは6だぞ? ガチ勢だったらとっくに6になってるっての」


 まじか。最新作というだけあって、かなりの人がこのゲームを買ったと思うが、まだ発売されて二週間とそこらだ。一週間でランク1上げるどころ、モンスター一体も討伐できてない俺。もしかしたらゲームの才能がなかったりして……。

 いや、まだ分からない。瑞斗も発売日に買っているのにランクが3だ。俺もあと一週間でランク4になれば、瑞斗より上だと証明される。


 こういうとき、負けず嫌いが嫌になる。

 爽やか系イケメンの瑞斗に恋愛どころか、ゲームまで負けるなんて。モブキャラの称号が廃るってもんよ。


 そんな俺の内心を知る由もなく。

 爽やか系イケメンは自動販売機の前で立ち止まり、ジュースを買った。


「お前はどれがいい? 初めて女子と会話した記念だ」


「ぐぬぬ、バカにしやがって……コーラで頼む」


「小野寺のことを考えて上の空になってたやつがそれを言うのか」


 ははっと笑いながら、自動販売機のボタンを押す瑞斗。

 さりげなくこなすところがイケメンなんだよな、こいつ……。憎たらしいが、認めざるを得ない。

 ここまで来ると、なんで俺がこんな爽やか系イケメンと仲良くなっているのかが不思議なくらいだ。多分目的の駅が違うかったら、こうして仲良く話すこともなかったんだなと思う。


「まぁせっかく葵と仲良くチャンスができたんだ。明日から頑張ってみろよ」


「それが、さ……え、お前小野寺のこと名前で呼んでるのか?」


「あー、いや。元カノの名前が葵だったから呼び慣れてて」


「出たよ、イケメンのモテ自慢」


 俺がそう言うと、瑞斗は笑顔で誤魔化した。

 結局話の流れは恋愛話に変わり、俺は駅に着くまで瑞斗の現在の彼女との話を聞かされた。正直、瑞斗との会話は楽しいし、こういう話が嫌いなわけでもない。

 それに瑞斗の彼女とは俺も話したことある。今思い出したわ。おい、何が『初めて女子と会話した記念』だ!


 正直、瑞斗の彼女結構可愛い。いや、イケメンの瑞斗と付き合うくらいだし、当然か。美男美女カップルとして、学校では有名だし、バカップルとしても名を馳せてるくらいだ。仲の良さも折り紙付きだろう。



 だからこうして帰り道に惚気話を聞かされても、俺は怒らない。

 くそ、彼女ほしい。


「んじゃあ、また明日な」


「はいはーい」


 俺は電車に乗った瑞斗を見送ると、後方にあるベンチに腰かけ、瑞斗に奢ってもらったコーラを飲み干した。 

 本をカバンから取り出し、栞の挟んである場所を開いた。


 なんか左から視線を感じる。

 場所はアイスの売っている自動販売機辺りからだ。だが、そちらを見ても誰もいない。

 なんだか最近視線に敏感になっている気がする。いつもあの距離で小野寺に見られているせいだろうか。

 はぁ、とため息を吐いて、視線を本に戻す。


 と、見せかけて、もう一度自動販売機の方をチラリ。

 視線の先で自動販売機の横にあるゴミ箱がガタっと揺れた。幸い、倒れることはなかったものの、見慣れた銀色の髪が一瞬視界に端に映った。


「嘘だろ……?」


 まさかとは思いつつ、自動販売機の方へと向かった。ついでにコーラの缶も捨てたい。

 だが、案の定。そのまさかが、現実となった。


「そんなところで何してるのかな、小野寺さん」


「えっ! なんでバレて……いや、違うんですよ、これはですね!」


「これは?」


「……そ、そういえば! 今日はいいお天気ですね!」


 隠れるのも下手、嘘だということも表情と言動から簡単に読み取れる。だが、そこが小野寺の可愛いところである。

 まぁ同じ駅にいるのはたまたまだろうし、仮にさっき俺のことを見ていたのだとしても何かの偶然だろう。

 というか、そうであってほしい。まだ死にたくないからな。


 そんなことを願いながら、周りを見渡す。

 よし、小野寺教の奴らはいない。


「確かに天気がいいな。日はないし、曇りだけど」


「あーっ、と。そろそろ電車が来るみたいですね。阿澄くんもこの電車に?」


「そうだな。というか、今までこの時間の電車に乗っていたが、小野寺を見たことなんてないぞ?」


「いつもは自転車通学なので。電車は危険だって、妹がうるさくてですね!」


 へぇ、と俺は頷く。

 確かに危険だしな、電車は。特に女子は痴漢に警戒する必要がある。とはいえ、女性専用車両だってあるしな。小野寺の妹は相当姉を心配しているんだろうな。

 まぁ姉がこんなに可愛ければ無理もないか。


「電車来ましたよ! いつも自転車なので、なんか緊張しちゃいます!」


「今日の朝も電車に乗ったんだろ?」


「初めて電車に乗ったのが今日の朝なので、まだ慣れてないんです……」


「そうか……って、同じ車両に乗るのか?」


「嫌なら車両変えますが」


 嫌ではないが、こんなところを同級生にでも見られたら。

 チラッと、再びホームを見渡す。


「いない、大丈夫。落ち着け俺」


「大丈夫ですか?」


「おう、ばっちしおーけーだ」


「よかったです!」


 何がよかったのか分からないが、小野寺は笑顔を向けてくる。

 やめろ、小野寺教に入信したくなってくるだろ。


 笑顔を振り切り、俺は空いてる席に座った。

 もちろん小野寺はその隣に座る。昨日初めて会話したというのに、なんか小野寺との距離感に違和を感じるのだが。


 そんなことを思いながら、小野寺との会話が進む。




「私ここで降りますね!」


 そう言って、席を立ったのはとある駅に到着した時だった。

 この駅は瑞斗の家の最寄りの駅で、いつも瑞斗が降りている駅だった。


「あぁ。また明日学校で」


 ペコリ、と頭を下げる小野寺に、俺は苦笑いを浮かべて手を振った。


「はぁ、ああいう彼女ほしい」


 カバンの中の本を取り出し、俺は切実な願いを揺れる電車の中でひとり呟いた。

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