とあるゲームを友人からもらったのでやり始めたら、何故か隣の席の『ロリ聖女』とやたら目が合うようになったんだが。

月並瑠花

第一章:ロリ聖女は近付きたい

第1話『聖女様との初会話』

「どうだ伊織、最近やってるか? 俺のあげたゲームは」


「ぼちぼちってところだな。操作も結構難しいし、その割に敵は強いし」


「今度の休日、俺が手伝ってやるよ」


 放課後の帰り道。

 学校を出てすぐの会話だ。


 俺の名前は阿澄伊織あすみいおり。ありていに言えば彼女いない歴=年齢のただの高校二年生だ。中学生の時はサッカー部だったのに彼女なんてできたことなどない。運動部は誰でもモテるなんていうのは迷信だと、身を持って知っている、ただの高校生だ。


 そして隣を歩くこいつは高校一年生から友人。名前は碓氷瑞斗うすいみずと。入学式からこうして学校の最寄りの駅まで一緒に歩いて帰る仲だ。二年に上がってクラスは変わったが、今でもこうして帰り道を共にしている。瑞斗も俺と同じで中学の時はサッカー部だったらしい。中学の時はもちろん、今も可愛い彼女がいる。友人でもあり、最も近しい敵だ。


「せっかくもらったしな。お前に教えてもらうとするよ」


「おうよ」


 一週間前、俺は瑞斗から一ヶ月早い誕生日プレゼントをもらった。

 もらったのは長年の押し入れに封印していた携帯ゲーム機のソフトで、最近コマーシャルでもよく見る人気ゲーム『グランドモンスター』のシリーズ最新作だった。

 四人の協力プレイで強大なモンスターを討伐するものなのだが、それが意外に難しい。友達がいない俺は練習も常にソロプレイ。もちろんソロだと、四人の時のモンスターより難易度は下がるものの、それでも俺は一度も勝てたことがないのだ。


 最寄りの駅に着くまで、俺と瑞斗の会話は『グラモン』一色に染まりきっていた。

 防具がどうやら、武器がどうやらと、何を言っているのか分からないところも多かったが、結構楽しい会話だったとは思う。


 俺は一本遅い特急の電車に乗った方が早いので、瑞斗とは先にお別れだ。

 俺が手を振ると、瑞斗も手を振り返した。


「じゃあまた明日」


「おう」


 何故俺がサッカー部の瑞斗と同じ時間に下校しているかと言うと、基本サッカー部が終わるのは六時なのだが、その時間まで俺は図書室で本を読んでいるためである。

 瑞斗を待っている、と言ってもいいが、実際は家に帰ってもうるさい妹のせいで集中して読書ができないため、静かで落ち着く図書室で読書しているだけだ。


 帰ったら真っ先にグラモンをやるとする。

 瑞斗は友人でもあるが、俺の敵でもあるからな。次の休日までに少しでもあいつよりうまくならないといけない。どうせ家だと妹のせいでろくに読書はできないだろうし、今日からみっちりグラモンをするとしよう。


 端的に言って、ゲームは俺の不得意分野に入る。

 理由は至って簡単。不器用だからだ。針の穴に細い糸を通すには、ニードルスレイダーがなかったら不可能なくらいだ。

 ニードルスレイダーというのは、誰でも一度は使ったことのあるだろう、糸を通すアレだ。日本人の一割も知っているかどうか怪しいくらいの正式名称まで覚えてしまった始末だ。


 そういうわけで、俺は基本的にゲームは今までにしたことがなかった。

 携帯ゲーム機だって、ゲーム好きの妹から借りた物だ。

 

 読書もせず、結局帰りの電車ではずっとグラモンのことを考えてしまっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 突然だが、俺の学校には『ロリ聖女』と男子の間で呼ばれる美少女がいる。

 名前は小野寺葵おのでらあおい。その人気に火が付き、裏では『葵様を崇め隊』や、『葵様尊すぎ!』などと色々なグループに分けられる始末。後者に関してはただ心の声を叫んでいるだけの名前だが、今は気にしないで置く。例にあげてしまった俺が悪い。

 小野寺の人気はもちろん運動部にまで広がっており、ほとんどの部活が入学式から今まで、事あるごとに小野寺をマネージャーとして勧誘している。すべて断っているらしいが。


 小柄で小動物のように愛らしく、銀色に輝くサラサラな髪に、目は宝石のように青い。

『聖女』というだけあって、見るだけで心が浄化されていく気がするほどに可愛い。

 とはいえ、俺は数多くいる傍観者の一人で、声をかける勇気なんてないし、多分このまま一生話すことないんじゃないかと思う。いや、そう思っていた。ほんの少し前までは。


 正直、小野寺に話しかけるタイミングはいくらでもあった。

 なんたってクラスは同じ。さらに言うと、今では席までもが隣。別に運命なんて感じはしない。もしこれが運命だというなら、一年に約四回、小野寺は運命の人に出会ってしまうからな。

 

 話を戻すとしよう。

 俺の席は窓際なのだが、最近横からよく視線を感じるのだ。

 最初は気のせいだと思っていた視線だが、ちらっと見てみるとそれは小野寺からのものだったことに気付いた。

 とはいえ、俺は未だに小野寺に声をかけれていない。何かを気にしているようだが。

というか、声をかけたら小野寺教の奴らに消されかねない。


 感じる視線を辿ると小野寺と目が合う。もちろん小野寺はすぐに目を逸らして知らないフリをする。

授業中、休み時間、そして放課後。隙さえあればこちらを見ているような気がする。


 それも今日で一週間。さすがにここまで来ると、鈍感な俺でもさすがに気付いてしまう。だから最近はあまり見ないようにしている。


 そして今日も。

 寝ているふりをして机に突っ伏しているが、本当は先程からチラチラとこちらを窺っている。多分小野寺は俺が視線に気付いていることに気付いてない。


「小野寺さん、ちょっといいかな」


「なっ、なななななななんですか!」


 突然声をかけたせいか、動揺がすごい。勢いよく上半身をあげた小野寺が、こちらを見て声をあげた。


「いや、別に。何もないならいいけど、ここ最近ずっと何か言いたそうにしてるからさ」


「あ、いえ、別に何も……ないです……」


「なんかごめんね。自意識過剰で気持ち悪かったよね」


 とりあえずこう言っておかないと、普通の女子だったら裏で『あいつまで自意識過剰じゃなーい? まじきもーい』とか言いかねないからな。一応の保険だ。

 視線は確実だったし、実際最近よく目が合っていた。例え俺が自意識過剰でも、この事実は揺らがないと思う。


 俺の言葉に、小野寺は慌てたように体をこちらに向け、大袈裟に大きく両手を横に振った。

 こういう仕草が小野寺の魅力の一つである。男はこういうのに弱いからな。


「ち、違う! えっと、そう! 最近よく教室で本を読んでるから!」


「このクラスになって二ヶ月だけど、俺ずっと暇さえあれば本読んでたよ?」


「あー、それも違うくて! 匂い! シャンプー変えたでしょ!?」


 焦ってテキトウに言ったんだろうけど、シャンプーはついこの間、違うやつに変えた。

 先日シャンプーが無くなった際に、買ってくるよう、妹に頼んだら少し高めのシャンプーを買ってきやがったのである。妹に言い包められ、今は仕方なくそれを使っている。


 でもよく気付いたなぁ、と感心。

 匂いが残っているにしても、普通気付かない気がする。いや、気付く? クラスメイトがシャンプー変えたことなんて。


「うん、変えたけど」


「だと思った! です!」


「はは、敬語。小野寺さんって面白いんだね。周りから聖女って言われてるから、もう少し落ち着いた性格かと思ってたけど」


「聖女……?」


 そういえば、小野寺さん自身、影で男子から『ロリ聖女』って呼ばれていることを知らないんだよな。知ったところで喜ぶかどうかは疑問だが。

 それにしても、こうして改めて近くで見ると、本当に肌が綺麗で、すごく白い。まるで妖精のようにも見えてくる。


「あ、阿澄くんって普段家で何してるんですか?」


 俺みたいなモブキャラの名前を覚えているなんて、小野寺は本当に聖女か何かか。

 なんて大袈裟なことを思ってみたり。


「うーん、前まで本だったけど、最近はゲームかなー。友達に誕生日プレゼントとしてもらっちゃってさ。やらないわけにもいかないしね」


「ゲームですか……」


 ふむふむ、と顎を右手に乗せると、何かを考え込むように上半身を傾け俯いた小野寺。

 屈んだ小野寺のおかげ、廊下に殺意のオーラを身に纏う男たちがゾンビのように窓をに張り付き、俺のことを睨んでいるのが見えた。よし、小野寺と話すのはやめよう。


「もしかして『グラモン』です、か……? あれ、どうしたんですか? 阿澄くん」


「気にしないでくれ。そ、そろそろ授業が始まるぞ。小野寺さんも用意を始めた方がいいと思うぞ」


「そ、そうですね。でもさっきまでこっち向いて話してたのに、突然どうしたんですか?」


「あー、少しな。まぁまた話したいなら、教室じゃないところで頼む」


「わかりました、そうします……」


 クラスメイトになって話すのは今日で初めてだ。多分最初で最後だと思うけど。

 もし小野寺がまたこっちを見ていてても、今後は無視しておこう。俺の命に関わる。


 そういえば、小野寺って『聖女』と呼ばれる割には告白されたって話を一切聞かないな。告白なんてしようものなら、『葵様を崇め隊』とかに存在ごと消されそうだ。



 なんて思いながら廊下の方を見やると、メガネをかけた男が藁人形の頭を勢いよく取る瞬間が目に入った。


 ――そしてその時、俺は決心した。


 何があっても、小野寺さんに、と。

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