そんなことは知りません!
紅咲
序 魔法使いではありません
趣味と実益をかねて開いた小さなカフェには彼らが通いつめてお金を落としていってくれるお陰で生活に不自由はない。
だがしかし、少し前からこの日常に異変が生じている。
「せんぱーい!」
店の扉を勢いよく開けて飛び入ってきたのは高校からの腐れ縁で事あるごとにやって来る後輩のひとり。セミロングのウェーブヘアーは人気のミルクティーカラーで、大きな瞳はややブラウン。守ってあげたくなっちゃう感じのふわふわ女子(アラサー)だ。
「うるさい
「聞いてください先輩!」
基本的にこっちの話しを聞かないのは常だが、彼女こそ異常の発端である。
可愛らしく潤んだ瞳でこちらを見つめる彼女の頭部にはピンっと立った一対の三角耳、背後にはフリフリ揺れる二股の尻尾……もうお分かりだろうか?
彼女は猫又と呼ばれるいわゆるアレなやつである。
耳も尻尾も元からあったわけではない。否、あったのかもしれないが少なくともあの日までは見えていなかった。あの日、私の三十路の誕生日までは。
「……それでですねー、部長がー」
実美の話を聞き流しながら右へ左へ揺れる尻尾を目で追いかける。
30歳まで童貞だと魔法使いになれる!なんて迷信は昔からあるが、そもそも女で、なんなら処女でもない私がまさか魔法使いになるわけがない。だがあの日からこの異様な光景が目の前に広がっているのは逃れられない事実で、なんならこいつひとりでは飽きたらず、至るところにケモ耳妖怪属性が点在していることを目の当たりにしてしまっては現実を受け入れ、もとい受け流していく他ない。
とはいえ最初はなんの冗談かと実美に問いただしたりもした。
新緑の風が吹く三十路の誕生日。いつもと変わらない一日が始まるはずだった。
『せーんぱい!お誕生日おめでとうございますぅ!』
例によって騒がしく店に入ってきたその姿を、私は珍しく二度見する。
『……実美、ハロウィンには大分早いぞ?』
『先輩なにいってるんですか?熱でもあるんですか?』
とぼけた顔で失礼なことを言う実美の猫耳を思いきり引っ張ってやった。
『っいたいですー!!!?なんなんですかぁ?!』
どうせ飾りだろうと摘まんだソレは紛れもなく頭に生えていた。
『猫耳……なんで生えてんの』
『えー?!いまさらですか?もしかして視えてなかったんですか!?』
実美の瞳を見開いて驚愕を伝えている。
今さらとはどういう事だろうか。私に人外の知り合いは居なかったはず。いや、そもそも人外とか存在しないと思ってる。
『なに言ってんの?』
それから実美は不貞腐れたようにぶつぶつ呟きながらご丁寧に私の周りにいる妖怪変化の紹介をしてくれた。そして驚くほどに沢山いた。
『……だーかーらー、てっきり先輩はわかっててあたしたちを近くに置いてくれてるんだと思ってました』
実美が言うことには、如何にうまく化けて妖気を押さえても人間の子供は成人に比べて感受性が高く、どことなく違和感を覚えて彼らに容易には近づかないらしい。まあ、簡単に言えば近寄りがたい雰囲気があるといったところだろう。そんななか私だけは平然と彼らと共にあった。だから嬉しくて皆寄ってきたというのだ。
『つまりあたしが鈍感だったってだけなのでは……?』
『えー?じゃあどうして今になって視えるようになったんですか?おかしくないですか?』
確かに。ただ鈍感だっただけなら今視えていることが説明できない。しかし以前は視得ていたという記憶もない。
『……』
『先輩はあたしが人間じゃないってわかったら怖くなりました?もう一緒にいたらダメですか?』
実美が不安そうな顔で覗き込んでくる。
正直受け入れがたい現象ではあるが…私は大きくため息をつくと手をのばし、ポンポンと実美の頭を叩いた。
『別に実害がないならいいんじゃない。まあ、慣れるまでは面倒だけど……』
『せんぱ~い』
言い終わる前に涙を浮かべた実美に飛びつかれた。
そんなこんなで半年が経ち、いい加減この状況にも慣れた。
「聞いてますか先輩?」
「聞いてる聞いてる」
何はともあれ、本性が見える以外は特別変わったところはないので魔法使いになったというわけではなさそうだ。
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