17.籠の中のグリーン・マン
――なんでこんなことになったんだろう。
狭い籠の中で、若葉のにおいにむせながら、ステファンはみじめな気分で座っていた。
昨夜の嵐のせいで、広場にしつらえた舞台も、季節の
村人たちは特に慌てるふうもない。雑談しながらのんびり後片付けをし、今日開かれるイベント、豚のコンテスト――に名を借りた賭け――の場所をどこに移そうか、などと言い合った。
豚だけではない。牛、山羊、羊にガチョウにヒヨコ、なんならイモやらキャベツやら家庭の焼き菓子まで、なんでもやろうと思えば『コンテスト』のネタになる。
なにせ祭だ。楽しめればそれでよし。
子どもたちの村芝居は、適当に椅子を並べた広場の中央で行われた。
ステファンは慌てた。予定では、芝居のクライマックスには舞台の陰から解錠魔法をふるうはずだった。しかし四方八方から丸見えのフラットな広場で、どうやって杖を使えというのか。
魔法使いにも一応守るべき規則というものがある。公共の場でおおっぴらに杖を使ってはいけない。公道で空を飛んでもいけない。もしも破れば「魔法管理機構」という怖ーいところから罰を受けることになる。
なんとか皆に頼み込んで用意してもらったのが、現在自分が隠れている、藤製の古い洗濯カゴだ。ステファンが身を屈めて入った外から葉っぱをごてごてに飾り立て、
ステファンの心配をよそに、村芝居は粛々と進んだ。
五月女王役のメイジーが得意満面で詩の暗唱をしている。これが終わったらいよいよステファンの出番だ。杖を振り、解錠魔法で扉を開けて……
―― 扉?
籠の隙間から外を覗き見るステファンの目が何かを捕らえた。
精霊役の子どもらが隠れる扉、その向こうに。
微笑ましく芝居を見つめる村人たちの、その後ろあたりに。
なにかどろりとした影がゆらめいている。あれは、誰だ。
オーリの家や森の中と違って、昼間の村の中にいる時は、妖精だのゴーストだのという連中はあまり目にしない。ステファンの目が自然と力を押さえてしまうのかもしれない。
だが今はハッキリと見えている。
人のような、炎のような。いや、あの黒い影はもっと毒を含んでいる。例えば悪意というものが形を成したような……
う、と呻いてステファンは目を押さえた。黒い影を凝視するうちに、何か冷たい物に目を射られた感覚が走ったのだ。
広場では詩の暗唱が終わり、いよいよ解錠魔法の台詞を言う番だ。
だが再び目を開いたステファンは、声を発することなく固まっていた。
薄暗く狭い場所。
膝を抱えて惨めに座る自分。
覚えがある。覚えがある。
心臓がばくばくと暴走し始める。手足の先が冷たい。
ああ、これはいけない。いけない兆候だ。
ここはどこだ。わずかな隙間から見える扉、開かない扉――
(ステファン、ステファン、早くしろよ)
精霊役の子が一人、声をころして急かしてくる。
その声にオーバーラップして、ステファンの耳に別の声が聞こえてきた。
――やーいやーいのろまのステファン
早く降りなきゃ閉めちゃうぞ
悪魔に憑かれた嘘つきぃ――
頭の中で何かが爆ぜた。
黒い水が一気に流れ込むように、バラバラの光景が頭によぎる。初等学校の記憶がでたらめな順番で押し寄せてきたのだ。
なぜ忘れていたのか。
自分が学校で孤立していたのは、見えないはずのモノが見えるためだけじゃない。両親にも師匠にも言えない本当の理由があったじゃないか。
(おい、解錠は? お前が扉を開けてくれなきゃ出られないだろ!)
籠の外では白い服の精霊が急かしている。
そう、扉。扉だ。
あの重い扉を壊さないと。
「ぼくは……悪魔憑きなんかじゃない」
ステファンは金縛りのように固まった肺に無理やり息を吸い込み、杖を握りしめた。そして腹に力を込め、口を開く。
「冬の縛め、いざ解かん!」
驚くような大声が響いた。
それが自分の声だと気づいた途端、ステファンの身体は縛めが解けたように軽くなった。ハリボテ扉に付けたでかい錠前がはじけ飛ぶ。思わず籠を払いのけて立ち上がると、同時に広場に振動が起こった。
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