15.キースリー巡査
オーリとおそらく同年代であろう若い巡査は、帽子をずりあげて気合の入った目を向けた。
見下ろすオーリはのどかに笑みを返す。
「いい天気になったね、キースリーさん。まあ入ってお茶でもいかがです」
「いえっ職務中ですので」
気合が入りすぎたのか声が裏返っている。咳ばらいをし、巡査は手帳を引っ張り出して呑気そうな住人に言った。
「いくつか質問をさせていただきます。オーリローリ・ガルバイヤンさん、職業は画家。この村じゃ『先生』で通ってらっしゃる。間違いありませんか?」
「らしいね」
「で、早速ですが。山の上の古城のあるじと最近お会いになったことはありますかね」
「は?」
オーリはとぼけた顔で答えた。
「あいにく貴族様と付き合えるような身分じゃないんでね。新しいゴシップでもあるのかな、もと領主の青髭男爵が六人目の花嫁でも迎えたとか」
「冗談は言わんでください」
キースリーは鼻にシワを寄せた。
「六人どころか、ウッドワンド・ジュニアは最初の奥方だって三日で逃げたって話は有名でしょうが」
手をぱたぱたと振る巡査は、思い出すようにうんざりした口調になった。
「なんでもあの男爵どの、大戦後に所有地をおおかた手放したせいで頭がいかれちまって、毎日夜明けになるとひとりで奇声あげてるんでしょう。使用人たちもたまったもんじゃないってぼやいてましたよ……あ、これは余計な話だ。いや聞きたいのは、これなんですが」
キースリー巡査はスケッチブックらしき物を取り出した。昨夜の雨に濡れそぼれて悲惨な状態になっている。
「ああ、拾ってくれたのか。てっきり失くしたかと」
だがオーリの差し出した手は無視され、巡査は勢い込んでグレーの目をひんむいた。
「どこで失くされました?」
「散歩道だよ。ほらバーリー農場脇の。森の手前あたりで急に雷が鳴り出したもんでね、慌てて走るうちに落っことしたらしい」
「ほう、雷。確かに鳴っていましたが、画家先生が大事なスケッチ帖を落としてまで走るほどでしたっけ。それともよほど慌てなきゃいかん事情がおありだったということですかね?」
手帳に書き込みながらあからさまな疑いの目を向ける若い巡査に、オーリは馴れ馴れしく顔を近づけた。
「なあキースリー? ルイスだっけ。わたしが魔法使いだってことは聞いてるかな。なにしろ帯電しやすい体質でね、稲妻を呼び寄せてしまうんだ。雷雲の真下になんか居ると……」
宙に向けたオーリの指先から小さい放電の光が踊る。
ヒッ、と飛びのいた巡査は早口で言葉を継いだ。
「こ、このスケッチ帖の近くに弾丸が落ちてましてね。未使用のが二発。戦後に銃所持が免許制になってからこっち、あんな口径の大きい猟銃を届け出てるのはウッドワンドくらいだ。で、城の使用人に問いただすと、赤毛の竜人に襲われて仕方なく一発撃ったって言うじゃありませんか」
「うわ、一気にしゃべっちまうのか」
オーリは残念そうに前髪をかきあげた。
「きみ、ポーカー弱いだろ。相手の反応見てハッタリかますとか、かまかけるとか考えないわけ? なにせわたしは魔法使いだよ? 手の内のカードを全部見せてどうする、情報は小出しにしなきゃ」
ポーカーと聞いて巡査はさっきまでの強面をみるみる消し、急に情けない表情になった。
「先生、協力してくださいよう。あの頭のいかれた男爵の扱いには前任者も困ってたんだ。城ん中で奇行をしてるくらいじゃ手は出せないが、禁猟区で猟銃ぶっ放したとあっちゃ、穏便には済まされない。これがきっかけでやっと動けると思ったのに」
「そりゃめでたい。いかれてるってのが公然の事実なら、医師に診断書書かせて銃所持免許を取りあげればばいい。それくらいやれば? 仕事がしたいんだろ?」
「そんな事できりゃ苦労はしませんって。ウッドワンド一世、つまり彼の父親の代から警察のお偉いさんだって手が出せないらしいです、上のほうで何があるかしらないが。で、先生、本当に被害はなかったんですか? どっか撃たれたらしいって証言もあるんですがね」
「撃たれたほうが良かったみたいな口ぶりだな。残念ながらほら、この通りだ」
オーリは両手を広げ、タップダンスよろしく飛び跳ねてみせた。
「でもまあ一応うちの守護者にも聞いてみるかい? エレイン!」
巡査の背後から赤毛の竜人が姿を現した。跳ねるように玄関の石段を駆け上がると、しなやかに動く手足の青い紋様が、そのまま筋肉の動きを描き出す。革製の短い胴着と短いズボンの間で、美しいヘソが腹筋に縁どられて際立って見える。
狩着としてもあまりに大胆な格好に目を奪われてか、若い巡査はしばらくポカンと口を開けていたが、すぐに目をそらすと、頬を赤くしてせわしなく手帳を繰った。
「あああのですね、あなたは昨日のお昼前どこで、何をなさってました?」
「お昼前……ああ、あの時ね。森の手前で猟銃男を見つけて押さえてた」
エレインがあっさりと答えたので、巡査は拍子抜けしたように顔を向けた。
「押さえてた?」
「オーリを狙ってたから。いつものことよ」
「あーあ。そのまましゃべっちまうんだ。面白みのない」
つまらなさそうにオーリがつぶやいた。
「面白いとかの問題ですか! 先生、いつもっていつから狙われてんです、なんで警察に言わなかったんです?」
「言ったところで魔法使いの言葉を真に受けるやつなんて居ないだろ。実際に被害に遭ったわけじゃなし」
「呑気なことを……」
巡査は顔を手で押さえて天を仰いだが、すぐに真顔になった。
「では、付近の住民が聞いた銃声というのはその時のものですな? どこに当たったんです?」
「知らないわよ。あたしがこう、腕を押さえたから……」
エレインが巡査の腕を掴んで再現しようとした。慌ててオーリが止めたが、既に遅し。哀れな悲鳴があがった。
「失敬、悪気はないんだ、うちの守護者は少しばかり力が強すぎて」
「わ、わかりました。なるほど、では銃口はこちら、弾はあさっての方向……」
わけのわからないことを口走って、巡査はしばらくぼうっと視線を泳がせていたが、やがて我に返ると急いで手帳をしまい、敬礼をした。
「いや、こちらこそ失礼。エレイン嬢の行為は正当防衛だ。被害者はあなたのほうであると本官は認識いたします」
そしてエレインの両手をしっかと握ると、妙に熱を込めて言った。
「住民を守るのが本官の務めでありますからして、今後はなにかありましたら遠慮なく通報を。どこに居ようとすぐに駆けつけましょう!」
オーリにくたくたのスケッチブックを押し付けて再び敬礼、そのままきびすを返して巡査は去っていった。
「やれやれ、まーた変な崇拝者を増やしちまった。エレイン、そのヘソ出しスタイルどうにかなんないかなあ」
「どうにかって? あたしは別に不便じゃないけど」
「そっちは不便じゃなくても人間にはいろいろと……ステフだって今に思春期が来るってのに……」
目をしばたたきながら、オーリは視線を逸らした。
「何ぶつぶつ言ってんだか。それより足は? 跳んだりして大丈夫なの?」
「じつは結構痛い」
そう言って右足の裾を引き上げると、いつの間に元に戻したのか再び包帯が巻かれている。
「三十分くらい持つとか言ってたくせに。とっととソファに戻って寝てなさいよ、また熱が出ても知らないから」
「そうなったら次は君の力を借りるさ。もう魔女に叱られるのは懲り懲りだ」
ふと手元のスケッチブックを見たオーリは、可笑しそうに眉を寄せた。
「これ、証拠品扱いじゃなかったのか? 出世できないな、キースリーは。ま、あんなのでも巡査が務まるんだからなんだかんだ言ってもこの村は平和ってことかな」
庭の向こうから鶏の声がのどかに響いている。
オーリはエレインの肩に身を預け、再び難儀しながらソファに向かった。
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