我らが東邦義勇軍246 ~香川唯は異世界に転生しましたよ編~

ライシ

第1話 追われるがままに

「暑い…」

燃え上がるようなアスファルトの靄は、私の未来のように歪み視界を鈍くする。

ブラックな女営業マンなんてものは燃えさかるノルマという敵から逃げて、家庭という墓場をゴールとして目指しさも幸せそうに辞めるものだと知ったのも、つい最近だ。


アスファルトの灼熱地獄の中で、火を背負って歩く私の体は汗か涙かわからず濡れている。そして、濡れた分だけ心から水が漏れて、干からびていった。


ぴちょん


心とは裏腹に全身びしょ濡れな私に天からの褒美が舞い降りる。蜘蛛の糸か神々の涙か、かすかにある頭の感触を頼りに祈るように右手を伸ばす。


「オーマイガット、やられた。。。」


右手には白い粘着質な液体。

鳩にまで馬鹿にされる私は、地獄のどん底に落ちていく気分だ。


「もう、いいや休憩しよう。」


飛び込み営業の良いところは、好きに時間のやりくりができること。悪いところは、遊んでいるとノルマという火の車に追われ首が回らなくなるところだ。

それでも、どん底に落ちた気分と鳩の糞を洗い流そうと漫画喫茶に入ってシャワーを浴びることにする。


ここで一時間休憩しようと、今月は火からは逃げきれない。


「あぁ、この満喫いいかも~」

隣の席に聞こえない程度に感想を漏らすと、有名チェーン店とは違う聞きなれない名前の店に思いを巡らす。


「ん~知らないお店だから警戒したけど、漫画もそろってるし中はキレイだし、オートロック、シャワーの温度も安定…うん、隠れた名店だ。」


社会人二年目にもなると、漫画喫茶は良いお友達だ。

まるで、評論家のように感想を述べ地獄でのささやかな幸せに浸っているとゆっくりと眠気が襲ってくる。


「う~、炎の次は悪魔が私を襲うのか…」


そういって、私は貴重な残り時間を睡魔に負けた時間として費やすことを決めたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「まぶしい」


あたたかな光の中だ。先ほどとは違う心地よい熱に幸せな気持ちになりながら、目を覚ました私が目にしたのは白いだけの空間だった。


「なにこれ?」


ぼやーっとした頭に妙な現実感があり、どこまで続くかわからない白が押し迫ってくるような空間に思わずつぶやいた。


「夢でも追われるのか…」


次の瞬間またホワイトアウトした。

ーー

「ん~」

清々しい風に、時折チックとしたりするが全体的にはふわっとした感触。漫画喫茶のフラットシートではないことを悟る。


「どこだろう…」

目を開ければ雲一つない快晴で、吹き抜ける風が感覚的に夢ではないことを教えてくれる。


「どこだ~~!!!」

私史上、最大音量を記録した。


・・・・


思わず大声で叫んでしまったが冷静に考えてまずい行為と判断した。一度、深呼吸をして冷静に自分の状態を確認する。


体を起こし、あたりを見回すと小高い丘に座ってるようで地平線が見えるところまで芝生が続いている。左手に目を下ろすと見慣れた腕時計にかかる位の背の高い芝生が左手がすっぽり隠している。


自分の服装は、漫画喫茶で横になったままの黒のリクルートスーツ上着無し。なぜか、靴は履いてるようでかかとが低めとは言えヒールを履いている。

安く見積もっても動きにくい。こんな大平原をヒールで歩けばずぼずぼ突き刺さって歩く自然破壊兵器になってしまう。


そして、どこだろうかここは?


東京ではないだろう。隠れ家的な大平原なんて聞いたことも無いし。むしろ、東京だったら終わってる、世紀末的な意味で終わってる。


おもむろに、左手の腕時計を確認する。安い奴だが、日付も確認ができて便利な奴で気に入っている。時間を確認すると漫画喫茶に入って一時間くらいが経過している。日付は変わっていないので一時間でアフリカの大平原に移動したとは考えずらいし。誘拐した人を大平原に置き去りにするにはかなりマニアックな性癖が必要だろう。


私はヒールを脱いで立ち上がり大きく背伸びをする。バックは手もとになく化粧ポーチなど無いので鏡で確認できないが、動いた感じ触った感じで過不足なく自分が香川唯だと判断する。


そのまま、右回りにぐるりと一周する。平原しかなかったビューに山脈が加わり麓の方まで平原が続いており歩いて行ける距離ではないことを悟る。


「でも、野宿するなら山の方がいいのかな?」


急に、こんな何もない場所に来たのに思ったよりも冷静な自分に驚きもあるが営業訪問から解放された幸せが、今の状況の不安を上回る。


「はぁ、私は相当やばかったのかな」


もしかしたら、精神病にかかって夢の世界にいるのかもしれない。そんな、脱線した思考のまま一周ぐるいと見渡すことが出来た。


「平原、遠くの山、牛か、ここに居たら野垂れ死ぬだろうし向かうは山かなぁ…」


「え!?牛?」


独りになるとしゃべってしまう不思議。私は思考を巡らせて確認したはずの生物を見るためもう一度振り返る。


「う・・・牛?」


私が牛と認識した生物をよく見てみる。距離的には500メートルは離れてるだろうか?30匹程度の個体がいる。


私はとりあえず、山に向かうことをやめ生物を認識することから始めることにする。歩き出して遭遇したら怖いし、ライオンとかいたら死んじゃうわ。


---------------------

そう思って観察を続ける事30分


三本の小ぶりな角に、茶色い体躯、足は6本、時折前の二本足を手のように扱い何かをしている。。。あと、たぶん草を食べてるので草食動物かな。

うん、知らない生物だ。


【ここがどこなのか?】という疑問に対する一つの仮説に、もしかしたら【異世界じゃないの?】という希望的な観測が胸の奥にくすぶっていた。


それなりのオタク素養がありBLよりは父の週刊少年誌を読む少女として育った私は、この手の異世界ファンタジーの展開は好物だった。


しかし、実際に自分がそうなると喜んでばかりもいられない。


「普通、ゴブリンかスライムからでしょ…」


目の前の集団が魔物なら明らかにヤバい奴だ。RPGなら中ボスの手前ぐらい出てきそうだ。これでむやみに移動する選択肢が無くなった。


私はあきらめてその場に座って謎の草食動物を眺める。


「はぁ、トイレに行きたい。」
















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