寒空の桜

蚩噓妬├シフト┤

曇天の冬

「さっむ…」


首に巻いたマフラーをきつく巻き直し、白い息をため息ともに吐き出す

冬ど真ん中の電車待ち

こんな生活も、もう終わる

3年続いた高校生活

3年の間、特に目立った話もなく、まるでライン工のように流されるまま過ぎ去ってしまった…


「まともな恋愛も出来なかったなぁ」


女子との関係もほぼなく、男友達と多少つるんでた程度だった

彼女なんて出来たことなんて…


「あぁ…そういや──」


──最上 司夜

中学2年の時、周りに流され告白し、何故か出来た彼女

見た目は学校でもトップレベルで良いって話だったが、全く変わらない表情から『能面』と呼ばれていたり、無口で誰とも会話しないことから『口無し』なんて呼ばれたりもした

悪ノリの多い男子共からしたらちょっかいかけるには絶好の相手だったわけだ


まぁ彼女が出来たって言っても、特に特別な事をした訳でもない

何が好きなのかも知らないし、休日何をしているかも知らない

時々学校の正門の前で無言で立っており、何も言わず付いてきて一緒に帰ったり

別れ際には毎回小さな声で「また明日」って言っていた

俺だけが知ってる最上の声な気がして気分が良かったのをよく覚えている


「元気にやってんのかなぁ…」


無駄なことを考えている間に電車が来てしまう

漏れ出た声を隠すようにマフラーを少し上にあげ、開いたドアに乗り込もうとしたその時──


「──ッ!」

「最上…」


驚いた

最上の方も酷く驚いたようで、すぐに目を逸らしてしまう

何度もこの電車で帰ってはいるが、最上に会うなんて初めての経験だ

椅子は空いてはいたが、最上が立っているのに自分だけ座るのも気が引けてしまい、最上の隣に立つ


「………」

「………」


しばらく会わなかったとはいえ、無口なのに変わりはないらしく、電車の進む音だけが耳に響く

不意に腕に何かがぶつかる

どうやら最上のバックが当たったらしい

最上の方をチラリと見るが、明後日の方向を見たまま動かない


「…………」

「…………」


そしてまた沈黙

正直久しぶりに会ったのだから会話ぐらいしたいんだが…

また不意に腕に衝撃

次は肘が当たったらしいな

またチラリと最上を見ると視線は動いていない

手でストラップをもきゅもきゅ弄んでいる


「……………」

「……………」


そしてまたまた沈黙

電車の揺れのせいとはいえ、ぶつかっているのだから一言欲しいもんだ

次は足になにかがぶつかる

視線を落とすと、最上が足をぶつけてきたらしい

またまたチラリと見ると、変わらず明後日を見続けている

もう無視するか…


「………てよ…」

「え?」


ボソリと呟かれた言葉が聞き取れず聞き返す

最上はゆっくりとこっちへ向き直り、伏せていた顔をあげた


「反応してよぉ!」


少し涙目になりながらキレられた

初めて見た表情にすこし動揺してしまう


「えっと…どうしたんだ?」

「さっきからさぁ…ちょっかいかけてたじゃん…」


少し拗ねたように顔を伏せる


「久しぶりに会ったのに…ちょっとぐらい…」


どんどん声が小さくなり、最後の方は聞き取れなかった

俺の知っている最上司夜とはかけ離れすぎていて、困惑している


「ごめんな、最上」

「………」


謝ると顔を上げ、最上はジッと俺の顔を見つめる

コホンっとすこし呼吸を整え、姿勢を正すと、昔『能面』と呼ばれていた彼女の顔に戻る


だが、これはチャンスだ

せっかく彼女の方から口を開いたんだから、このタイミングを逃してはいけない


「それにしても珍しいな、この電車にお前がいるなんて」

「………」


無言か…

チャンスはあっさりと叩き潰されてしまった

まるで昔の彼女のようだ

ひたすら俺がペラペラと喋り、彼女は笑ったり頷いたりするだけ

やっぱりさっきのは幻覚のようだな

『口無し』なんて呼ばれていた彼女があんな喋るわけがない


「なんか用事でもあったのか?」

「少しだけね…」

「どんな用事なんだ?」

「………」


今度は返事をしてくれる

言えない用事なのか…

このことには触れない方が良さそうだな

正直あまり喋るのは得意じゃない

話題を自分で振るのなんてもってのほかだ


「……」

「……」


無口な人間とコミュ障の人間が揃えば自然と沈黙が生まれる

当たり前だ


「あの……」

「え?」


珍しいことに無口な彼女が沈黙を破った

その事に驚いて少し食い気味になってしまう


「えっと…いや…その…」


自分から喋りなれていないのか、しどろもどろになっている


「あの…中学の頃の…」

「中学の頃の、何?」

「あの関係ってまだ続いてるよね……」


あの関係…

ドクンッと心臓が跳ねる


「えっと…あの関係ってもしかして…」

「だから…付き合ってたじゃないですか…」


頬をすこし赤く染め、彼女は再度こちらを見る


「まだ続いていますよね?」

「たぶん…」


彼女のまっすぐ見つめた視線を見ると腰が引けてしまう

まさか彼女からその事を話してくるとは思ってもいなかった


「多分なんですか?私ってそんな軽く見られてたんですね」

「いやいやいや、続いてるよ!続いてるとも!」


冷徹に見つめられ、恥じらいを忘れ全力で肯定してしまう


「それは…よかったです…」

「続いてたらなんなの?」

「えっと、それは」


バックをガサゴソと漁り、取り出したものは──


「──スマホ?」

「携帯変えたので、連絡先を伝えておこうと思ったので」


そう言えば最上の連絡先、携帯に入ってたな…

1回時間割聞いた時以来一切連絡してなかったけど、覚えててくれたのか

もしかして用事って…


「この電車に来た用事ってもしかしてさ」

「はい?」

「俺に会いに来たとか?」

「──ッ!!!」


ボッという効果音が似合いそうなほど綺麗に顔が真っ赤に染まる


「違いますよ!あくまでついで!ついでですよ!」

「またまた〜」

「もう降りますよ!はやく!はやく!」

「はいはい」


真っ赤になった顔を隠しながら足早に電車を降りていく

実は無口なんじゃなくて、ただの照れ屋なだけだったのかな


「ちょっとまって」

「なんですか!」


さっさと去ろうとする彼女を呼び止める

これまで忘れかけてた謝罪もかねて、しっかり言わなければならないことがある


「これからまた、よろしくな!司夜!」

「………ましたよ…」

「え?」

「わかりましたよ!」


久しぶりに会った彼女は、無口なふりした照れ屋になってました

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寒空の桜 蚩噓妬├シフト┤ @shift_006

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