フルーツポンチは恋の味

石田夏目

フルーツポンチは恋の味

俺はきのう、失恋した

言葉にしてハッキリとフラれたわけではないのだが、完全に先輩の眼中にないことだけは分かった。

先輩の言葉が頭に響く。

いくら考えてもその言葉の意味は良くわからない。

―恋とは一体なんなのか。


「はぁ…。」

机に突っ伏してため息をひとつつく。

ため息をつくと幸せが逃げると聞くが今の俺には幸せなどどうでもよかった。

「おーい畠中ー、畠中まひるくーん」

そんな俺の気持ちも知らず大声で名前を呼ぶのは絶対にあいつしかいない

「なんだよ?野上…英語の課題ならみせねぇぞ」

「えー!けち!いつもなら見せてくれるのに!私が怒られてもいいの?」

野上茜は口をへの字に曲げぶつぶつと文句を言っている。

「いややってこないお前が悪いんだろ?怒られるのは当たり前だ。」

「だって私日本人だもん。英語なんて出来なませーん。」

「お前は英語に限った話じゃないだろ…」

そんなことないよ…?といいつつ目は泳いでいる。相変わらず分かりやすいやつだ。

「もう今日は冷たいなぁ…もしかしてなんかあった?」

普段と変わらないように接していたつもりだがやはり無理があったようだ

「まぁちょっとな」

「さては…フラれたな?」

その言葉に思わずどきっとした

(エスパーかこいつは)

こういう妙に鋭いところはこいつの才能の一つだと思う

「黙秘権を行使する」

「えっ?もしかして当たり?ごめん!まさか当たると思ってなくて…まさかのマッカーサー!どう?元気でた?」

飽きれすぎてため息すらでない。

まぁこの寒いギャグが本気でウケるだろうと思っているところが実にこいつらしいが。

「あぁ面白い。面白い。」

「棒読み…やっぱりダメだったのか…」

さっきよりも明らかに肩を落としている。

珍しく落ち込んだのだろうか。

「まぁこういうときはやっぱりあれいこ!」

前言撤回。こいつに落ち込むなんて繊細な感情は持ち合わせていないようだ

「…まぁ行くか。」

俺は重い腰を持ち上げ教室を後にした


「んーぷはぁ!やっぱりこれだよねー!」

「お前は仕事終わりのオッサンか…」

(まぁ飲み物はビールではなくサイダーだが)

俺達の言っていたあれとは学校の近くにあるこの炭酸カフェだ。

昼にはカフェ、夜にはバーになっていて食事やスイーツ、夜にはお酒なども楽しめる

そしてここは俺とこいつがはじめて出会った場所でもある。

俺とこいつはここの常連客で、初めは特に会話もなかったがお互い無類の炭酸好きという共通点もあり少しずつ喋るようになった。

それ以来俺達は嫌なことや落ち込んだ時この店にきている

「特製フルーツポンチお待たせしました!」

「うわぁ…きたきた!」

目をらんらんと輝かせじっと食い入る見ている

「お前ほんっと好きだよなそれ」

(まぁ確かにうまいけど)

ここの特製フルーツポンチは旬のフルーツをたっぷり使い見た目にも涼しげな特注の器を使用しているこだわりぶりだ。

待っていましたとばかりに口を大きくあけ野上はフルーツポンチを口に運んだ。

「んー美味しい!」

(いつも思うがほんとうまそうに食うよな…)

その様子をじっと見てると視線を感じたのかさっとフルーツポンチを手のなかに隠した

「絶対あげないからね?」

「いや、俺のもあるから。安心して食え。」

その言葉を聞いてひと安心したのか再びスプーンをとり食べだした。

「あの…さ…それで…こんなこと…聞くのも…なんなんだけど…さ」

「いやしゃべるか食うかどっちかにしろ。」

「…ごめん。今食べ終わったから…それでどうしてフラれたの?理由は?」

(はぁ…ほんとにこいつは)

こいつの言葉はいつもど真ん中のど直球で

もし野球のピッチャーなら確実に打たれてしまうような球だ。

たまには変化球という技も覚えてほしい。

「お前はオブラートに包むという言葉を知らないのか…」

「オブラート…?なにそれ?」

(やっぱり知らないんだな。)

「まぁ…とりあえず理由は言いたくない」

「え?なんで?」

「なんでもなにも…言いたくないだろ普通」

「だって気になるじゃん」

「それよりお前はどうなんだよ。そういうのはないのか?」

思うところがあるのかすこし考えているようだ。

「ある…って言いたいけど…ない。」

どうやらそぶりだけのようだった。

「よしこの話はこれで終わりだ。」

俺は素早く会計を済ますと野上の話も聞かずさっさと店を出た


「よっ…」

リングの奥に狙いを定める。手首のスナップを利かせシュートを打つ。

(はいるな。)

するとその思い通りにボールはすっとゴールに吸い込まれていった。

「ナイスシュー!今日は調子いいな。フォームもきれいだし。」

友人の堀江が背中を軽く叩いた。

「そうか?」

「あっもしかして告白うまくいったのか?そうか!だから調子いいんだな!」

「…いやダメだった」

あたりが微妙な空気に包まれた。

堀江なら笑ってくれると思ったのだが。

「あー…そうか。相手が相手だもんな…あの水上先輩だろ?あの人ってさ美人な上に生徒会長だし、全く隙がないよなぁ。まぁドンマイ!気にすんなよ。」

(気にするなって言われてもなぁ。)

「まぁ俺の話はおいといて。お前はどうなんだよ。確か気になるやついるって言ってたよな?」

「俺か?まぁいるけど…」

堀江は珍しく口ごもっている。

「誰だよ?俺も教えたんだからお前も教えろよ。」

再びシュートを打つ。今日は確かに調子がいい。今のところ一本も外していない。そして再びシュートが決まると思ったその時だった。

「…野上だよ。野上茜。」

その言葉の後にガンっという音をたてボールがリングの縁に当たった。

ボールはバウンドしむなしく地面に転がった。

「それって本気か?あの野上だろ?」

「結構人気あるんだぞ。かわいいし。」

思わず自分の耳を疑った。人気がある?かわいい?あいつには似合わない言葉ばかりだ。

「えっ?あいつがか?まぁ顔はかわいい…かも知れねぇが。」

「お前は野上のこと好きじゃないのか?」

「えっ?いやいやないない!」

全力で否定した。俺の好きなタイプは水上先輩みたく清楚で綺麗な大人の女性で野上とは全くの正反対だ。

「じゃあ悪いけどあんまり野上と仲良くしないでくれるか?」

「え?」

堀江は聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそう言った。

「別に好きじゃないんだろ?」

「あっあぁ…分かった。俺にできることがあれば協力するわ。」

「ありがとう。まぁじゃあそういうことで」

そういうと俺の肩をぽんっとたたき自分の練習に戻っていった。

(そうだよな。自分の好きなやつが他のやつと仲良くしてるのなんてあんまり見たくないよな)

俺は頷きながらシュート練習を再開させた。

けれど結局その後シュートは一本も入らず練習試合もささいなミスをしてばかりだった。


「おーい畠中…課題見せて」

「悪い…違うやつに見せてもらってくれ」

「ねぇ畠中!今日あそこ行かない…?」

「悪い。今日はいいわ…」

俺は次の日からだんだんあいつを避けるようになった。

(これであいつと堀江が付き合うことになればそれで…)

自分にそう言い聞かせていたが二人のことを考えるとちくっとした胸の痛みが襲ってきた

(なんなんだこの気持ちは)

「ねぇ畠中ってば!最近なんか変だよ?」

「別にいつも通りだろ?」

目が合うとなぜかふいとそらしてしまった。

「絶対変だよ。今だって目合わせようしないし。ねぇ私なんかした?なんかしたなら謝るからさ…」

(いや、ちがうんだ。だから…)

その場から逃げようとする俺の手をを野上が力強く握る。

「待ってよ!話くらい聞いてくれても…」

「だから!ウザいんだよ!」

野上の手を勢い振りほどくと自分でも驚くほど大きな声が出た。

時すでに遅しとはこのことだ。

ばっと顔をあげ野上の顔を見ると目を大きく見開き俺の顔をじっと見ていた。

「あはは…そっかそうだよね。ほんとなんで今まで気づかったんだろう。やっぱり私って馬鹿だね。」

「いや、悪い。今のは…」

何か言おうとしても上手く言葉が出てこない。

今のは勢いで言っただけで本心じゃない。

そう言いたいのに。

「ごめん。いつもみたいに笑いたいけど今はうまく笑えないや。じゃあね。」

走り去るあいつの腕をつかもうとしたが俺の手は虚しく宙を切った。

足もまるで魔法にかけられてしまったかのように一歩も動かない。

今はただ走り去っていく彼女の後ろ姿を呆然と眺めている。

(どうして動かないんだ!どうして)

その瞬間、頭の中にあの日の出来事が色鮮やかによみがえった


「私のことが好き?どうして?」

「いや、どうしてって、先輩はきれいだし皆の憧れで清楚で…」

先輩は少しうつむいた。何か考え事をしているようだ。

「…それって本当に好きってことなのかしら?」

「そうです。俺は先輩が好きです。」

腰まである長い髪を耳にかけた。その何気ない仕草でさえも美しい。

「…じゃあもしも私がきれいじゃなかったら?皆の憧れている私じゃなかったら?それでもあなたは私のこと好きって言える?」

「えっと…それは」

思わず言葉につまる。なぜかそれでも好きですと返事が出来なかった。

「答えはきっとノーよ。あなたはきれいで皆が憧れている存在の私がほしいだけだもの。」

先輩はふっと窓の外を見ていた。その目はどこか遠い目をしている。

「好きになるって地位とか外見とかそういう簡単に見れるものじゃないのよ。もっと衝動的でどうしようもないものなの。」

(は?どういうことだ?衝動的?どうしようもないもの?俺が先輩を好きな気持ちは恋ではないのか?)

先輩は窓の外を見つめたままだ。

「よく考えてみることね。告白の返事はしないでおくわ。あなたのためにも…ね」


今になって先輩の言葉の意味が分かった。

(そうか俺は…)

その瞬間まるで魔法が解けたかのように足が動き気づいたら走り出しいた。


(あいつならきっとあそこにいる…)

そう確信し走っていると急にスマホの着信音が鳴った。どうやら堀江からのようだ。

「もしもし畠中。」

「堀江。悪い。俺急いでるんだ。」

「野上探してるんだろ?」

「えっどうしてわかるんだ?」

「さっき会ったからな。あいつかなり落ち込んでたし。んで今告白してフラれた」

「え!?告白したのか!?」

「ズルいやり方だとは思ったけどな。でもばっさりフラれたよ。悪いけどずっと好きなやつがいるからって。」

「え…」

(ずっと好きなやつ…それってもしかして)

もしかしたら自惚れかもしれない。

そう分かっていても俺の胸はどきどきと高鳴っている。今にも音が聞こえそうだ。

「あーあ。今なら勝算あるって思ったのにな…お前今度ラーメンでもおごれよ?」

電話越しだが堀江が笑っているのが分かった。

「おぅ。分かった。」

「野菜ましましな。あと餃子も頼むわ。」

「…意外と注文多いな。でも了解!」

また失恋話はやめろよ?という言葉で電話が切れる。

(最後に縁起でもないこというなよ…でもまぁこれも堀江なりのエールなのかな)

俺はいい友達を持ったものだなと笑いつつ野上のもとへと走るのだった。


「野上!」

俺は炭酸カフェに行くと野上が一人で座りいつものフルーツポンチを食べていた。

「えっ…どうしてここにいるの」

あまりに驚いたのか口にスプーンがはいったままだ。

「まぁここにいるだろうなと思って。お前人の話全く聞かず走り出したからな。」

野上の正面の席に座ると同じものをと注文した。

「だって…私ウザいんでしょ?」

スプーンをおき今にも泣きそうな顔をしている。

「さっきは悪かった。でもやっと気づいたんだ。お前のことが好きだって」

「えっ…私のことが好き?」

「あぁ。お前が好きだ。」

そう言った瞬間野上は目から涙をこぼした。

「おいなんで泣くんだよ」

「だってぇ…急にそんなこと言うから…フルーツポンチ食べてても全然味しなくて…」

その時タイミング良く俺のフルーツポンチが届いた

「お前にやるよ。」

野上の前にフルーツポンチを置くと泣きながらスプーンを手に取った。

一口、口に運ぶ。

「美味しいぃぃぃ…」

食べはじめるといつの間にか涙も止まりいつもと変わらない大きな口を開けて美味しそうに食べている。

「あのね私もフルーツポンチより畠中のこと大好き!」

あまりに突然の告白に面食らってしまった。

(いやフルーツポンチと比べられてもな…)

まぁこいつらしいかと声をあげ笑う。

「あっちょっとなんで笑うの!」

「いや悪い。だって…」

(衝動的でどうしようもないものか…)

俺はフルーツポンチを食べているこいつの顔をみてふと思う。

もちろん俺は先輩の考えも一理あると思う。

けれど俺たちにはそう言った言葉は似合わない。

―恋とはなんなのか

なんなのだろう。

正直はっきりとした答えは今でもわからないままだ。

ただ今はこいつと一緒にいてフルーツポンチを食べているこの時間がとても幸せだと思う。

そういう何気ない瞬間を共有できる幸せがもしかしたら恋なのかもしれない。

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フルーツポンチは恋の味 石田夏目 @beerbeer

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