始まる彼女の日常

9石 ショッピングモールに行く

9石 ショッピングモールに行く




 余が余になってエルミナとレイラを召喚してから1週間が経過した。

 この1週間でふたりはその頭の良さを遺憾なく発揮して、スポンジが水を吸うようにこの世界の知識を取り込んでいた。


 最初はテレビを見ながらふたりの質問に答える形式でやっていたのだが、効率が悪いことに気が付く。

 そこでなにか良いものがないかと思っていると、余がスマホを手に入れてからほとんど使っていなかったパソコンの存在を思い出す。

 試しにパソコンの使い方を簡単に説明してふたりに渡してみると、学習速度が劇的に変わった。

 もう知識に関しては問題ないのではないだろうか。


 レイラは手に入れた知識を元に余が通販で購入した食材を使って料理を作っているし、洗濯機を使って洗濯し、掃除機を使って家の掃除もしている。

 ちなみに初めて作った料理は肉じゃがだった。

 何故、肉じゃが?

 

 エルミナは日々パソコンに齧り付いている。

 どうやらインターネットで様々ことを調べて続けているようだ。

 昨日覗いたら7ちゃんねるという掲示板となにかの論文を2窓して凄まじい速度でスクロールしていた。

 人並み外れた能力が成せる技だ。

 もうエルミナは余よりもパソコンを使いこなしている。

 ……余はブラインドタッチとか出来ないからな。


 余自身にはなんの問題も無い……はずだったのだが、少し問題があった。

 風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いで、風呂場の鏡で自分の身体を見て美しいとナルシストのようなことを考えていた時に気が付く。

 女の身体の洗い方が分からないのだ。

 帝国に居た頃はいつもレイラが身体を洗ってくれていた。

 どうしたものかと考えていると風呂場の扉が開いて全裸のレイラが入ってくる。

 そのレイラの身体を見た余は顔が熱くなり、鼻血を出してしまう。

 どうやら余はレイラの裸に興奮してしまったらしい。

 記憶では見慣れていたのだが、やはり実物は違う。

 というか、同化した現在の余の恋愛対象が女になった所為だろう。

 不思議そうにしているレイラにそれを説明したら「お世継ぎが」とか言いながらバスタオルを巻いて身体を洗ってくれた。

 バスタオルなら耐えられる。

 ただ、いくら余が女に興奮するようになったからといって夜に布団で待っているのはやめてくれ。

 夜伽なぞ要らん!

 エルミナも真似するな!


 そんなこんなで今日は衣服を買いに行く日。

 いい加減に下着はちゃんとしたものを買うべきだ。

 もちろんサイズの合った服も必要だ。

 今まではサイズの合わない余の服を3人で着ていた。


「さて、準備は良いか?」


 余はぴちぴちのTシャツ上に緑のコートを着た姿。

 そして顔を隠す為に親父殿がお土産に買ってきた海外の球団の帽子を被って、親父殿の部屋に大量にあったサングラスを拝借してかけている。

 本当はマスクが欲しいところだが、今までマスクなんて使う人間が居なかったので、家になかった。

 というか今日まで存在を忘れていた。


「いいよぉ」


 エルミナはブカブカのTシャツにブカブカのチノパンでサングラス姿。

 ただ、Tシャツに書かれているニートという文字が伸びていた。

 エルミナは身長が低いが巨乳なんだよなぁ。


「問題ありません」


 レイラは最初に着ていたメイド服にサングラスをかけていた。


「……なぁ、レイラ」


「なんでしょうか」


「メイド服はやめないか? 流石に目立つぞ」


「お断りします。私の普段着はメイド服ですから」


「まさかこれからもメイド服か?」


「当たり前です」


 これは駄目だな。

 説得は諦めよう。


「それにどうしても私たちは目立つと思いますが?」


 確かに今現在の余とエルミナの格好は目立つ。

 これはもうしょうがない。

 だって、服が無いのだもの。


「よし、行くぞ!」


「わぁい!」


「はい」


 余は1週間以上振りに家を出た。

 レイラとエルミナは初めてだ。


「映像で見るのと違うねぇ」


「改めて異世界に来たと実感しますね」


 ふたりがそれぞれ感想を口にする。


「ほら、行くぞ」


 辺りを見回しているふたりを連れて余は歩き出す。

 目指すは駅近くのショッピングモールだ。

 あそこなら下着も服も揃うはず。


 歩いていると横の車道を車が走って、通り過ぎていく。


「おぉ! あれが自動車なんだぁ!」


「やはり魔導車とは違いますね」


 魔導車とは魔力で動く車だ。

 自動車と違ってデカイし音もうるさい。

 あんなのがこの世界の道路を走ってたら近所迷惑だろう。


「あまり大きな声で騒ぐな。バレるだろ。あと危ないから車道に出るなよ」


「大丈夫だよぉ。わたしたちが自動車に轢かれたら自動車の方がダメージを受けるからぁ」


「確かにそうですね」


「おい」


「冗談だよぉ」


 そうして歩いていると、駅に近付くにつれて道を歩く人の数と車の数が増えてきた。

 そして案の定、注目される。


「めちゃくちゃ目立ってるな」


「あはは。あのおじさん三度見してるよぉ」


「面倒です」


 余は178センチの長身だし、エルミナは巨乳、レイラは長身メイド服。

 しかも、全員サングラスじゃ隠しきれない綺麗な顔立ちをしている上に目立つ髪色をしている。

 これで目立たない方がおかしい。


「帽子とマスクを全員分買ってからの方が良かったか」


「どっちにしろ目立つと思いますが」


「それはそうだが」


「ウーちゃんは気にしすぎだよぉ」


「堂々としていた方が意外とバレないものです」


「……それもそうか」


 余は胸を張って堂々と歩くことにした。

 そして駅前に辿り着く。


「すごい人の数だねぇ。建物も大きいのが多い」


「本当に大きな建物が多いです。形もバラバラですね」


「あっちの世界に比べればなぁ」


 帝国でも大きな建物はあった。

 帝都の城は大きかったし、国が建てた魔導工房もとても大きい。

 ただ、大きな建物は一箇所にひとつという感じで固まって建てられることはなかった。

 見た目や形も大体無骨な豆腐だ。


「……あ!」


 エルミナがなにかに気が付いて足を止める。


「どうした?」


「あれ」


「ん?」


 エルミナが指差した方を見ると、そこには大型ディスプレイがあり、タオ手の2周年を宣伝していた。


「こうして見ると本当にわたしたちが有名なんだって思うねぇ」


「本当に驚きました」


 この世界を調べていれば嫌でもタオスの冒険が目に入る。

 当然、ふたりはテレビやパソコンで何度もタオスの冒険関係のCMを目にしていた。

 その度にふたりは驚く。

 ふたりがこの世界で1番驚いたことかもしれない。


「あ、ウーちゃんだ」


 大型ディスプレイの画面が切り替わり、余の姿が映っていた。

 画面に映った余は自信満々の顔をしている。

 ちょっと変な感じだ。


「なんか変な顔してないか」


「えー、何時も通りだよぉ」


「ですね」


 どうやら余は何時もあんな顔をしているようだ。


「まぁいい。目的地はもうすぐだ。行くぞ」


「はぁい」


 余は歩き出す。

 そしてショッピングモールが見えてきた。


「あそこが目的地のショッピングモールだ」


「おぉ!」


「自動車がいくつも入っていきます」


「まぁ人気だからな」


「混んでそうだねぇ」


「あー、多分大丈夫だと思うぞ」


「大きいからですか?」


「それもあるが、混むのは大抵食品関係のフロアとかフードコートとか映画館だった気がする」


「へぇ」


「ただ、平日だからもっと空いてると思ったんだがな。少し心配だが、とりあえず入ってみよう」


 ふたりを連れてショッピングモールに入る。

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