第15話 ステータスオープン勇者 勇者、驕り高ぶる
「昔、魔法大学院へ通っていた時に習ったのですよ」
タカギはチュートリアル機能で得た一般的な知識から、魔法習得の王道パターンを口にした。この異世界では高度な魔法は魔法大学院というところで学ぶのだ。
「魔法大学院……その年齢で?」
シエラはタカギのことを疑っているようだ。魔法大学院への入学資格は、普通は23歳を越えてからである。まだ17歳のタカギは若すぎるのだ。さすがにチュートリアルに書いてあることからでは、そこまで分からなかった。タカギは慌ててフォローする。
「飛び級ですよ、飛び級」
苦しい言い訳だが、ブリザードの魔法を使えるという事実は、動かせない。タカギが何らかの方法で高度な魔法が使えるようになったことは認めるしかない。
「まあ、タカギのおかげで俺たちは助かった。あのまま、火で攻撃していたら増殖したクリスタルスライムによって全滅していたかもしれないからな」
そうリーダーのベルドモットは話をまとめた。タカギが得体のしれないものであっても、その力は自分たちのパーティにとってはマイナスではないからだ。
「タカギが中級魔法も使える魔法戦士なら、今日のダンジョンかなり深いところまで潜れるな」
「深いところって……まさか、第7層まで行くの?」
ベルドモットの言葉にシエラが心配そうにそう言った。彼らが今まで活動してきたのは、第6層まで。6層までのモンスターは把握しているし、罠の位置やダンジョンの通路の情報も良く分かっている。
だが、7層は未知の領域だ。出てくるモンスターについても噂を知っているだけで、実際に戦ったことはない。
「いや、これはいいきっかけじゃないか。タカギが加わったことで戦力はアップした。6層まででは物足りないのはみんな思っているんじゃないか?」
僧侶のホーキンスは楽観的だ。下の階層ほど得られる報酬は大きくなる。パーティの総合力も上がっていて、そろそろ未知の階層へ行くかどうか迷っていたこともあり、タカギの加入はその考えを前進させるのに十分なものであった。
「タカギの魔法があればいけると私も思う。それにタカギの剣技もかなり期待できると思うのだけど……」
シエラがそうタカギの方をチラチラ見ながら言った。どうやら、このお姉さん。タカギに興味津々のようだ。
ここまでタカギはそれほど活躍していない。モンスターがあまり現れなかったこともあるし、出てもリーダーのベルドモットの一撃で粉砕していたからだ。
「いや、魔法はともかく、剣技の方は……」
一応、タカギはそう謙遜してみたがそれは当然ながら演技。ステータスの通常状態でもベルドモットの2倍は強いし、ステータスの数値移動をすれば、剣の技もMAXにして最強になることができるからだ。
(いつまでもごまかかすわけにはいかないし、少しだけ手加減して剣の技もこいつらに披露するか……)
タカギはほくそ笑んだ。そんなタカギをじっと見ている人物がいる。エルフのジゼルだ。
普段はあまりしゃべることのないジゼルはタカギのところへ近づく。ジゼルは背が低いからタカギを見上げるようにして、そのサファイアのような澄んだ水色の瞳を向けた。
「タカギ、タカギはモンスターの能力がわかるのか?」
ギクッとしたタカギは思わず、体をこわばらせた。幸い、他の仲間は自分たちを見ていない。
「ジゼルちゃん、どうしてそんなこと聞くの?」
「……確信はない。だけど、タカギはいつも余裕。まるで相手のことが全部分かっているみたいに」
タカギはこのエルフの少女の観察眼は侮れないと思った。この少女はこれまで自分をじっくり見ていたのだ。その結果、タカギにはモンスターの能力が見えるという結論に達したのであろう。もしかしたら、モンスターだけでなく、人間のステータスも看破できることをしったかもしれない。
(それにこの子、年齢でいけばこのパーティの最長老。経験もだれよりもある。見た目はどう見ても小学生か中学生だけど……)
「嫌だなあ。ジゼルちゃん、そんなこと分かるわけないじゃん。分かったらこのダンジョン楽勝じゃん」
遭遇するモンスターのステータスがすべて分かれば、戦闘では有利だ。作戦も立てやすいし、弱点も分かる。仮に自分より強い相手がいても、勝てないと判断したら逃げることもできる。攻略法が分かったゲームに臨むのと同じだ。
「……もちろん、普通の人間にそんな力はない。エルフにもドワーフにもない」
「そうだよね」
「タカギが勇者でない限り……」
淡々と語るエルフの少女の予想は当たっている。タカギは開き直ることにした。
「くくく……よくぞ見抜いたね、ジゼルちゃん。そうこのタカギ様は勇者なんだよ。だから、このダンジョンは攻略されたも同然だよ」
「はあ……」
ジゼルはあきれたようにそうため息をついた。確かにこのダンジョンに初めて潜った人間が言うことではないし、自分から勇者だと言うのを簡単に信じるわけがない。
「タカギ……もし、相手のことが本当にわかるのなら、注意した方がいい。答えをいつも見る癖をつけるとそれができないときに自分で考えることができなくなる。それに見えたものがいつも正しいとは限らない」
(いつも正しいとは限らない?)
(何言ってるんだ、この子は?)
(俺は神によって選ばれた勇者様なんだよ。この能力は無敵なのさ)
モンスターの強さは全て把握。把握した上で自分のステータスを操作。モンスターに合った攻撃力を構築して戦いに臨む。どんなボスキャラだって楽勝である。
「ジゼルちゃん、まあ見ててよ。ここからの冒険は楽させてあげるからね」
「……」
ジゼルはタカギの言葉に沈黙し、黙って背を向けた。パーティの先頭はレンジャーのジゼルが受け持つのだ。ダンジョンに設置された罠や通路のマッピングも彼女の仕事なのだ。2番手はリーダーのベルドモット。2番手は僧侶のホーキンス。3番手が魔法使いのシエラ。しんがりはタカギである。
やがてパーティはこれまでの仕事場であった地下6階を後にして、7階へと歩みを進めた。7階からは上級者のエリアと言われている。
7階の通路を進むタカギたちパーティは、道を確かめながら進むこと1時間。最初の敵に出くわせた。それは牛の頭をした巨大な人間。筋肉は盛り上がり、巨大なバトルアックスを引きずっていた。その斧にはこれまでの犠牲者の乾いた血糊がべっとりと付着している。
「ミ、ミノタウルス」
ベルドモットは剣を抜く。通路は大人が5人横で並べるほどの広さがある。目の前のモンスターは、これまで遭遇したことのない巨大なものであったが、これまでの経験から勝てない相手ではないと判断したのだ。
戦士の直接攻撃と魔法使いの魔法攻撃、弓のよる長距離攻撃を組み合わせれば、総合力で押せると判断した。
(うん、その判断は正解だね)
タカギも剣を抜いて前に出ながら、リーダーのベルドモットの判断を肯定した。タカギは目の前のミノタウルスのステータスを把握する。
ミノタウルス 攻撃力256 防御力189 巨人の斧+2(攻撃力120)
生命力360
人間と牛とが合体した合成モンスター。馬鹿力でごり押ししてくるファイター。但し、知能は低い。
(攻撃力はある。単独だと俺以外では太刀打ちできないだろう。でも、全員でかかれば攻撃力で上回る。何しろ、俺が単独でも倒せるレベル。楽勝、楽勝っと……)
タカギは自分一人で倒してもよかったが、それだとパーティのメンバーもやりがいはないだろうし、自分も疲れる。よって、メンバーにもそこそこ働かせて満足感を与え、美味しいところは自分が持っていく作戦を選択した。
「うおおおおおっ……」
ベルドモットが大振りのミノタウルスの攻撃をかわし、戦斧の一撃を胴に叩き込んだ。鋼鉄のようなミノタウルスの腹筋から血しぶきが出るが、簡易な革鎧を装着していたので致命傷まではいかない。
「ぐおおおおっ!」
痛みでめちゃくちゃ振り回した左手の拳を頭に受けたベルドモット。頭には鉄の帽子をかぶっていたので、それがへこんでダメージは免れたが、少し脳震盪を起こす。
「敵を撃て、マジックミサイル!」
シエラが魔法の矢を3本召喚してそれをぶつける。両腕と左ひざにそれはヒットする。さらに遠くからジゼルが弓で射る。正確な攻撃はミノタウルスの右目を射抜き、さらに分厚い胸板に突き刺さる。
「よし!」
タカギは前に出る。ベルドモットが離脱して僧侶のホーキンスによる治療を受けているから、前線は自分の出番だ。
「ぐおおおおおっ!」
めちゃくちゃ振り回す巨大な戦斧を軽くかわす。
(動き、めちゃ遅い!)
タカギの方が総合力が上だからであろう。今はステータスをいじって肉弾戦用にしてあるから、近接戦闘ではタカギの攻撃力はミノタウルスの倍に達している。よってミノタウルスの攻撃は全て見切っている。
「ほい!」
「ほい!」
右からの袈裟斬り、左からの水平一閃。目に留まらないタカギの攻撃。
「決めちゃおう!」
タカギはジャンプする。ダンジョンと言っても、天井の高さは10m以上ある。5mは跳んだタカギは剣を振りかざしてミノタウルスを兜割する。
「ぐあああああああっつ……」
真っ二つになって粉々になるミノタウルス。モンスターは生命力が0になると粉々に砕け散るのだ。
「タカギ、剣の技もすげえぜ」
ホーキンスの初歩回復魔法によって脳震盪から回復したベルドモット。虚ろな目でタカギの圧倒的な戦闘を見ていたが、回復とともにその記憶は鮮明になってきたのだ。
「あんな巨大なモンスター、簡単に倒せるってすごいわ」
魔法使いのシエラがそう褒めた。その表情がいかにも自分を信頼しているといった感じでタカギはいい気持になった。
「いやあ……まぐれですよ。何だかピンチになると体が超人的な動きになるんです。今もベルドモットさんが戦線から離脱したので、やばいと思ったら無我夢中で攻撃してました」
タカギはそうやって謙遜した。実のところ、本気を出せばこれくらいどうってことないのであるが、ものはいいようなのである。
「タカギがいればこの階層は楽勝のようだね」
僧侶のホーキンスはベルドモットの治療を終えて、立ち上がった。ミノタウルスを倒した後には金貨が100枚以上落ちており、報酬額はこれまでとけた違いなのである。ジゼルが拾い集めた金貨は126枚。これは6階までのダンジョン捜索でモンスターを倒して得られる報酬の10倍以上であった。
「これまで1回のダンジョン探索で得られる報酬が金貨50枚程度だったからな。モンスター1匹でこれほどとはな」
ベルドモットはそういいながら、少し考えていた。タカギが軽く倒したとはいえ、自分たちにはこの階はまだ早いのではないかと言う不安を覚えたのだ。
「パーティ全体の攻撃力から考えれば、この程度のモンスターは楽勝ですよ」
タカギの言葉は真実だけに安心感があった。少し不安を覚えたベルドモットも先ほどの戦闘では自分が油断しなければもっと楽に勝てたと思うようになった。これまでの彼なら、少しの不安を感じればすぐに帰還した。
だが、タカギがいればまだまだ十分行けると思うようになった。これは僧侶のホーキンスも魔法使いのシエラも同様だった。レンジャーのジゼルはどう思っているかは分からなっかったが、口数も少なく表情も少ない彼女が何を考えているかを知ることはできない。
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