ざんねんな勇者~エルフ娘が語る異世界英雄譚~
九重七六八
第1話 エルフは語る
私はとある酒場で一人のエルフの女と話す機会を得た。
一人でポツンと片隅のテーブルに座り、野菜スープをすすっていた無口な彼女の名前は『ジゼル・ハートレイナー』。
1000年の寿命をもつ、エルフの冒険者である。
作家を生業とする私は彼女から何か面白い話が聞けないかと、ダメ元でテーブルでの相席を願い出た。そして意外にも同意を得たのだ。
私の心は躍った。見た目は20代前半だと思われる美しい女性と食事ができる幸運もあるが、彼女からは私が聞いたこともない珍しい冒険譚が聞けるかもしれないという知的好奇心の方が大きかった。
今更語る必要もないがエルフは、人間とは異なる種族である。典型的な長い耳はウサギのよう。エルフのイメージにたがわないスレンダーな体と美形の顔つき、ウェーブがかかった美しい金髪はお約束であった。
私は酒場の給仕女(ウェイトレス)に注文をすると、改めて相席を許可してもらった美しいエルフ娘を観察した。
まずは、テーブルの下に置かれた弓筒と使い込まれた弓、そして足音を立てないように柔らかい革で加工された靴底を見れば、彼女の冒険者としての職業が分かる。
恐らく彼女は『レンジャー』であろう。
レンジャーは冒険者パーティにおいては、斥候として前衛に位置し、ダンジョンではトラップの索敵、野外では襲ってくる敵の察知を仕事にしている。そしていざ、戦闘になれば忍び寄っての暗殺や弓による長距離攻撃。一撃必殺の戦いを身上とする。
冒険者パーティにとっては欠かせない職業の一つである。腕のよいレンジャーが仲間ならば、クエストの達成も容易になる。
エルフ族にとって、レンジャーという職業の選択は別に珍しいことではない。
なぜなら、エルフの職業は、弓の腕や探索技術を生かしたレンジャーか、精霊と会話できる力を生かした精霊使いが定番なのだから。
彼女の場合は、小さい頃より弓の名人と言われた父親に教えてもらった射撃技術と、生まれつき才能があったトラップ察知能力を生かした結果であったという。
長寿を誇るエルフは修行の時間が人間よりもはるかに長いために、弓の技術は驚くほど高い。動きがない標的については、ほぼ外さないと言われる。
移動してくる敵でも100m先から突進してくる10匹のゴブリンを連続で射抜いて倒すことができるほどだ。まさに必殺のスナイパーである。
彼女まだ20歳の子供の頃から冒険者となり、長年、レンジャーとして冒険業に勤しんできたという。現在の彼女は恐らく、相当な腕前をもつ冒険者なのであろう。
ちなみにエルフの20歳は、人間年齢で10歳くらいと想定される。わずか10歳で厳しい冒険者稼業に身を投じたらしい。どんな理由があるのか興味がわいたのだが、まずは今の私の目的を優先させた。それは……。
「わたしが出会ってきた勇者について聞きたいと……」
私がジゼルにこれまで仕えてきた勇者たちについて話して欲しいと聞くと、彼女は少しだけ口元を緩めた。私が作家でこの世界に貢献した勇者たちについて、記録に留めたいと話したことに興味を示したようだ。
これまで淡々と私の問いかけに辛うじて答えてきた彼女からの肯定的なサインに、私は心が躍った。長年生きてきて多くの勇者に出会ったという彼女の体験は、大変貴重なものだ。彼女が語る話は、作家としては大変貴重な情報となるのだ。
ここで彼女から勇者たちの話を聞き取り、それを文字にして紹介する前に少し確認しておく必要があろう。
それはこの世界における勇者の定義である。
勇者とは、人を超越した力をもつ特殊な人間である。人の領域を外れた魔力、剣術、体力等を兼ね備えている。そしてその多くは、何者かの大きな力に行って異世界から連れてこられた人間である。。そして、その顕現方法によって、2種類に分類される。
1つは『転生』。
これは異世界で暮らしていた人間が、この世界の住人に生まれ変わる手法を取ること。
この場合、生まれ変わった家によって、その後のルートが違ってくる。多くの場合、やんごとない貴族の家に生まれ変わる。それが地方領主だったり、将軍の家だったりすることもある。
要は生まれた時から、恵まれているケースが多いということ。
これはいかに勇者でも赤ちゃんの時は弱いので、生き残るためには必要条件ということだろうと思う。
稀に貧しい家に生まれて、奴隷身分からスタートというケースもあるが、ほとんどの勇者はこの幼少時を無事に過ごす。
そして少年や少女の時にその力が活性化し、勇者としての生活を始める。また、勇者なのに、最初はその能力がしょぼくて、うじうじするケースもある。
そういう場合は、幼馴染の女の子が大抵、すごい能力保持者で主人公の勇者がそれを生温かく見守るという展開になる。
また、幼馴染ではなくて、妹や姉というケースもある。いずれにしても勇者としての巨大な力は封印し、周りの凄い仲間に囲まれて『俺、目立ちたくないんだけど~』と陰で暗躍することもある。
2つ目は『転移』。
これは異世界の人間がそのまま、こちらの世界へやって来るというもの。こちらにやってくる前に、神なり、魔王なりにとんでもない力を与えられている。そのチートな力を使って暴れまわるのが転移した者の行動パターンだ。
能力をもらわない場合、これまたチートなアイテムをもらっているケースも散見する。
さらに元居た世界に簡単に帰ることができたり、その世界の道具を自由に手に入れたりすることができる者もいる。
もちろん、この2つに限らず、この世界に生まれた現地勇者も存在がないわけもないが、異世界からの転生、転移は勇者と切っても切れない関係にあろう。
このように一言で勇者と言っても、その実体は様々な種類に分けられる。共通するのは常人では想像できない、圧倒的な能力をもって世界を変える力があることだ。
「勇者様の話……。分かった……彼らについて後世に伝えることもまた使命……」
ジゼルはそう言ってスプーンを置いた。美しいエメラルド色の瞳がゆっくりと閉じられる。これまでの長い記憶を検索してくれている。
「ありがとう。聞き取った話をしっかりまとめて、勇者様の功績を後世に伝えるよ」
私はそう彼女に約束した。その言葉に検索を終えた彼女は、目を開いて少しだけ複雑な表情をした。
(えっ……。どういう……)
少し戸惑った私。この表情は何を意味するのであろうか。私の心の中の疑問符を無視するように、彼女は淡々と一人目の勇者様の話を語り出したのであった。
私は彼女の表情の意味がやがて理解できるようになる。
なぜって?
そう、このエルフの娘ジゼルが仕えてきた勇者様は、いずれも神級のすばらしい力をもちながら、その生きざまはものすごく、とんでもなく『残念』であったのだから。
まずは、ジゼルが冒険者となって5年ほど経ったときに出会ったという勇者様の話から始めよう。
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