ワイルドスピリット
はすき
第1話 扉
言われた通りの場所に着いた。
このあたりはホテル街で俺もよく知っている。右も左もホテルで、いつも行く"右"とは違ったから、あーこの子は"こっち"なんね、とか適当に思う。"右"はとにかく値段が安い。"左"はとにかくきれい。お姫様でも寝るんかっていう内装。
"603"
多分最短と思われるメッセージでさらに誘導される。部屋の前につく。いつもだったらもう風呂に入った女が鍵を開けてものの数秒で口を合わせる。顔なんてほとんど見ない。今日の女もどうせそうだ。
がちゃっと音がして扉が開く。女は私服だった。俯いている。100回に1回くらいある話なんだが、よりによってするときに相手が急に女の子の日になる時がある。俺はそれでもするけど。女は…
「あ…。」
と、言ったぎり口を開かない。なんだ?と思っていると女はもう一度口を開いた。
「あいたかった…。」
あ、やっちまったかも…。これも100回に1回くらいある話で、俺は遊びのつもりだったのに女の方がなんか本気にしちまってあーまずったなーと思う。
目をうるうるさせて手をにぎってくる。いつもだったらそんなこと構わず腕を引き寄せて口を合わせてベッドに並んで快楽を満たしてさいならっと。という流れだ。しかし、なんだかいつもと違う。この女を目の前にして顔をはた、と見るとなぜだか引き寄せられなかった。顔が好みじゃないとかそもそもブサイクだとか、そういうことじゃない。話していた感じ、変な女でも無さそうだし、性格が受け付けないというわけでもない。
「あの…私…少し話したいこと、あって…。」
出会った最初がココで、しかも話がしたいって…。
まあでも平日だから5時間過ごせる。スカートがもぞっとかなって脚が見えでもすればそこからスイッチなんていつでも入る。女の話もそこそこに。
誘導されるままベッドに座り、女の目を改めて見る。
そそられない訳じゃない。だが違和感を感じる。
女が口を開く。
「私、あなたみたいな人…好きじゃないけど、それでもどうしても好きなの。なんでか分からないけど、一緒にいたいって思っちゃった。」
俺がなんでか聞きたいよ。なんならこの後別の女とヤるんだぞ。頭おかしいんじゃね…。
「あなたが沢山の女の人と関係を持ってるのも、派手で取り繕わない人が好きなのは知ってるわ。だけど…。」
頬に涙をつたわせ、物静かそうなくせによく喋る。
「私と、付き合わない…?あなたと一緒にデートしたり、色んなことしたいの。」
言え。俺なんかやめとけって。絶対後悔する。遊んでるのかもとか考えて悪循環になるだけだ。
「私、なんでもするよ…?なんなら面倒くさいことしない。メッセージも、控えめにする。そんなに会えなくても我慢、する。」
それじゃ付き合う意味がねえだろ…。なんのためのカノジョだよ。
「だめ…かな。」
「いやっ…。」
思わず口を挟む。俺の中で2番目に嫌いな癖だ。
「あー…いやほらあれだよ。俺、さ。こんなんだぜ?というか今日初めて会ったのに、なにがそんなにいいわけ?しかもこんなホテルで。ヤリ目ってバレてんのに。俺にはわかんね。お前が得するとは思えんし、俺は、俺は毎日女と、セックスしてえ。お前みたいな女じゃ無理だ。ガタがくる。精神崩壊してもいいのか嫌だろ?それにほらあれだよ。俺は今30だ。お前まだ19?20?だっけ?いいのいるよほかに。つーことで、無理だ、何があって…」
「あの…。」
あ?人が喋ってる途中だろ、しゃしゃんな。
「あんまり…お前って呼んで欲しくないな。」
人の話聞いた感想がソレかよ。
「とりあえず…お前色気ねえし、冷めたわ。帰る。2000円よこせ。」
「1万円しかないの…。お金はまた今度返してくれれば。それじゃあまたね。」
いや…もう会う気もないし、ブロックするとこだったんだが。
引き止めるまもなく女はそそくさと涙をふいて去っていく。
泣きたいのは俺だって。と、思いながら"次の女"に連絡する。
"あーい。"と適当な返事が返ってきて、この女に精子をぶちまけよ、と心に決めた。
しばらくすると、女が"603"と打ってくる。やめろよ違うホテルだからって。女って6と3が好きな訳?なんで?
"着いた"と送ると扉がいとも容易く開く。口を合わせると煙草の味がする。げっ、こいつ喫煙者かよ女のくせに。くっせえなあと思いながらベッドへ移動する。ライトの近くにあるプラスチックをまさぐる。あれ、どこだよ。いつもと違うと調子狂うわ。ほら俺不器用だから。
「今日、中に出して。」
あ、そう、ふーん。ま、いいや。どうせぶちまける予定だったし。手を髪の方にもっていくとふいにプチッと音がして、女がうっと苦しそうに呻き声をだす。
あーあ、ブリーチしまくるからだよ。目も変なコンタクトいれやがって。どうせ素は欲にまみれた汚ねぇ目してんだろうが。
心の中で目の前の女をディスりながら、俺もそうだけだな。と思った。
さっきの女は髪なんか引っかからなそうで肌が白くて綺麗で、口もネイルもピンク。それでいて、服は白のワンピース。
いい加減にしてくれ。俺はそんな女抱けねえ。悪寒が走る。
俺だって、幼稚園の頃は可愛かったわ。みんなそうか。
大して大きくもない胸をまさぐりながらつけまがひじきのようき頬に落ち、気づいた女がゴミ箱に捨てる。
片方だけとか違和感ないの…?と思うが、それももうもはやどうでもいい。
店員がゴミを捨てる時、ん?ひじき?とか思うのかな。
そう思ったらなんだか急に笑いが込み上げてきて、女が喘ぐのもそこそこにぷっと吹き出す。
「何…?」
気分を害したように尋ねられるが、別に。と答えた。
次の日の朝、俺は5時に目が覚めてしまい、いつものように金を置いてそそくさとホテルを出た。かかとがすり減り靴下が地面についたのに気づいて朝早くからやってる地元のホームセンターへ行く。
ホームセンターって結構苦手。幸せそうな家族見てるとイライラするし、全然楽しくもないのに店員はやたら明るいし。そう思って1番安い26.5の地味な靴をレジに無造作に置く。入ってきた時やけに明るかった店員も、流石に客の前だと少し小声になる。
「26.5でよろしいですか。1620円です。」
絶妙にだるそうに立つ若い店員は、金を受け取ると、レジに向いていた顔だけをぐりん、とこちらに向け、
「ポイントカード、…お持ちです…?」
こいつが持ってるわけねえか、みたいな顔をしつつ、一応尋ねてくる。
「持ってねっす…。」
さらっと答えると、その店員はぷっと吹き出し、"ですよね。"と爆笑した。
なにがそんなにおかしいんだよ。
客に失礼じゃね、と思いつつ、まあ流石に笑う相手は分けてるか、と勝手に思った。
「おにーさん朝帰りすか。んーま女泣かしたらいかんでね。」
え、何その色っぽい顔。あんた、男に泣かされたのか。
突っ立ってると380円の釣り銭が無機質にからんっと吐き出されてきた。
「あい、380円すね。」と渡された。
「…なあ、女って男とセックスする時、何考えてんの。」
「初対面の女にえぐクエっすね。」
えぐクエは多分、えぐいクエスチョンの略だろう。
「んー…。自分も気持ちよくなりたいからあれなんだけど、女の中で気持ちよくなってる単純な男を見ると、馬鹿だなって思いやすね。」
なんだコイツ。
「お前、ま行苦手なの?」
「聞いといて別の質問すか、ウケる。」
もらったレシートに俺のIDをサラサラと書く。
「お前の話、もっと聞かせろ。俺は今困ってる。」
「…おにーさん、字きったね。読えやいんすけど。ここ、r?1?」
「それなr。アカウント、"もり"だから。」
「性欲もりもりさんね、あいよ。」
上手いこと言ったつもりか。
レジがたまたま空いていたのをいいことに、女と長々話してIDまで渡したのが恥ずかしかった。
昨日の白いワンピースの女からメッセージが入っていた。
"昨日は突然すみませんでした。"
…は?そんだけ?もっと他に言うことあるだろ。
"別に。"
すぐに返信がくる。
"私、やっぱりあなたと付き合いたい。側にいたいの。"
"なんで。"
"可哀想で見てられない。"
同情するならなんとやら、だぜ。
"俺は1人で生きていける。"
"そんなんで、生きてるつもりなの?"
えぐクエだわ。
"そんなに言うなら俺に抱かれてから言え。愛とかどうでも良くなるから。"
"私は…。"
なんだよ。
"あなたが私を好きになるまで抱いてもらいたいなんて思ってない。"
…は?あんな非力そうなくせに。押し倒したらこっちの勝ちだわ。
"明日、同じ時間に603で待ってる。"
もうお前、6と3の呪縛からとかれろ、まじで。
昼はコンビニのラーメンで済ませ、床に寝っ転がる。2年前に越してきて、部屋にはテレビとテーブルしかない。ダンボールも適当に置いてあってタンスの役割をしている。
"休憩ー"とメッセージが入る。ホームセンターの女だ。
"おす。"
"あんさ、あんたが何しとるか大体わかっとるけど、大概にしとかんとそのうち痛い目見るにってあたしは思う"
おー、若いくせに言うやん。
"自分の心は自分でしか治せん、女といてスッキリするのは股間だけ"
"わかっとるわ。"
"ならいーけど"
次の日になって、"左"のホテルの603に入る。
「あ…。」
またそれか。癖なの?
「ゴミ、ついてるよ。…触ってもいい?」
そこまで気ぃ遣う?適当にむしりとれ。なんなら俺ごとゴミ箱に捨てろ。
「ここ、座って…?」
防犯カメラで見てる店員は2人で話し合うだけの客もおもしれぇな、とか思ってんのかね。
「私、あなたのしてること、理解はできない。だけど気持ちなら分かる。」
「…なんでわかるんだよ。」
「詳しいことは約束で言えないけど、傷ついてる人、見てきた。」
なんか片言なんだよな、話し方が。元々話せないのに無理して話してる感じ。
「傷ついてる、ねえ。」
「…そう。あなたもそうでしょ?」
「…なにが。」
うーん…といった様子で女はあごに手を当て考え出す。
「えっとね。前に私、同じ経験をしたことがある。」
「は…?俺と?」
こく。と頷く。
思ったより会話が弾むのは、俺が今この女に興味を持ってるからなのか陰りある表情に男的に興奮してるからなのか、はたまた両方か。
「男の人呼んで、ホテルでして、帰ってもらう。」
「風俗嬢とかそういうこと?」
また女はあごに手を当てる。多分くせだ。
「…色々あって。」
否定はしない。
最近俺も色々、という日本語の便利さに驚いたところだ。
「今日何人目?」とか、「好みはどんななの?」とか、どうせ興味もない質問を獣女…ひじき女も含め、色々聞かれると、色々。と答えて、相手もどうでも良さそうにふーんと言う。
「言っておくが、俺は違うぞ。」
語気を強め大きな声を出した。
女が固まる。この間とは違う、黒いワンピースの裾がめくれる。
「俺はただ快楽のために生きてる。女が何を言おうが痛みなんて気にせず突っ込む。金を置いて出ていく。靴のことも昨日気づいた。若いねーちゃんとも、色んな、女と…。」
「…それで、幸せ?」
しゃしゃんなって。
女は暫く黙ってた。黒い服のボタンが1個ないことに気づく。
「私、幸せになんてなった人見なかった。みんな辛そうだった。お風呂から出た時の顔、ベッドで私に微笑む顔、脚をなめてるときのふとした顔。全部、見てきて、感じた。涙が出そうになるくらい。それでも我慢して、我慢して、我慢して…。」
「…もういーわ。喋んなくて。帰る。俺はこの生活を変えるつもりはない。」
部屋の扉に手をかけたとき、女が少し静かに歩み寄ったのがわかった。
「でも…少しは考えてやるよ。そこまで言うなら。ホントの幸せとやらを。」
「…ほんとにいいの?」
「なんだよ今更。お前が泣きそうなりがら話してたんだろうが。」
「だから、お前って言わないで。」
「だから、くせだって。察しろよ。」
それに、お前名前とか言ってねぇじゃん、俺に。
「月。」
「…は?まだ夕方だけど…。」
「月っていいます。」
「…お前?」
「はい、だから、月って呼んでください。」
癖なんてそうそう直りそうにないが、こいつのためなら呼んでやらんくもない、と思いながら扉を開けた。
「また、会おうね。」
言い終わるか否や、扉は綺麗な音を立ててしまった。
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