焔の旅 by かの。

ポーズ

Famiglia

俺は、母、父、兄と4人で至って平凡で、それでいて幸せな生活を送っていた。

母さんは、ダメなことはダメ、と叱ってくれる、強くて優しい人だった。母さんの作るご飯はいつもおいしくて、だけど大雑把な母さんの頭にレシピなんてものはなくて、同じ味は二度と味わえなかった。

父さんは母さんよりも弱かった。だけどその分、弱い者の気持ちが分かった。俺がつらくて泣きそうなとき、父さんが先に泣いちゃうもんだから、俺は笑って父さんをなだめてたっけ。

兄さんはしっかり者でまじめな人。だけど気さくで友達も多くて、とにかくいい人だった。俺の1番大切な人で、本当に大好きだった。もちろん今もだけど。

でもあの日、平凡な生活と最高の家族を奪われた。



9月21日、まだ少し暑さが残っていた。その日は雨が降っていて、ジメジメとした気持ちの悪い日だった。

こんな天気ではやる気も出ず、何をするでもなく家族全員ダラダラと過ごしていた。


コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。こんな天気の日に誰が……?、と家族3人首を傾げた。そのまま放っておくわけにもいかないので、母さんが玄関へと向かった。

この部屋からは玄関が見えない。話し声が微かに聞こえる程度だ。

「あなた、ちょっと来て」

と、少ししてから母さんの声がした。少し、震えているような気がした。今考えると、あれは何かに怯えている声だったのかもしれない。

「今行く」

そう言って父さんも玄関へ向かった。


………戻って来ない。

少し怒鳴るような声が聞こえてから、話し声がしなくなって、それから5分、10分と時間が過ぎていく。

「ちょっと見てくるから、ポーズは待っててな」

そう言って兄さんが玄関へ様子を見に行ったが、兄さんも戻って来ない。

なんで……?何か、あったんじゃ……でも兄さんに待っててって言われたし………

3人ででかけたという可能性も考えたが、今まで何も言わずに俺を1人にしたことは無かった。

見に行こう。きっと話が長くなっちゃっただけなんだ。外で話してるのかもしれない。きっとそうだ、そう……何も無い………


「ぁ……、え………?なんで、3人とも、倒れてるの……?」

起きてよ、と兄さんの体を揺すった。ぬるりとした感触。兄の腹部と自分の両手に、べっとりと赤黒い――


「―――血……?」

そう思った矢先、後ろから、

ど、ぷすっ……と、首を掴まれて深く、針……を………?

次々と起こる理解し難い出来事に、頭の追いつかないポーズの目には、口元を気味悪く歪ませた、手に血がついたおと、こ、が………



……く………ず……くん…………ぽー……ん

「ポーズくん!!!」

「ッは!……ぇ………うご、けな………ここどこ……?」

真っ白で何も無い広い部屋。硬いベッドのようなものに、両腕、両足、腹の部分を機械的に拘束されている。自分の周りには、大量の白衣を着た人間たち。それと注射器に、メスに……見たことの無いものがほとんどだった。でもなぜかその大量の器具を見ると、恐怖感を覚えた。

「やぁっと起きたかい?ポーズくん」

「……だれ………?」

「そんなことはどうだっていいんだ。時間は有限、さっさと始めようか」

彼がそう言うと、ポーズを取り囲むように立っていた彼の手下のような研究員たちが動き始めた。彼らはそれぞれ注射器に毒々しい色をした液体を入れたり、道具の確認をし始めた。

これから起こることは薄々勘づき始めていたが、想像したくなくて、信じたくなくて……だけど考えたくないと思うほど、頭は回ってしまうもので………


「よーし、じゃあ始めるぞ〜」

彼は楽しそうにニヤつきながら手袋をはめた。

「な……なに、を……?俺に何するの……?」

怖い、怖い怖い怖いやだやだやだやだ。

「ちょ〜っと痛いかもしれないけど、我慢してな?にしてるんだぞぉ〜?」

「痛いのやだ……やめてよ……やだ……やだ………ッあ?」

え、何?お腹んとこが、ピリピリして……ん?お腹、に、メス……?

「ああああああ゛ッッッ!!」

「うるさいなぁもー!……ったく……これだからガキは嫌なんだよ……こいつの兄ちゃん殺さないでおけば良かった………」

「あ゛……ぅぐ……ッ!に、さん……ころしたのおまえか……」

「ぁン?」

「兄さん殺したのッ!ッぐ……お前かって、聞いてんだぁあッッッ!!!」

痛いけど、それ以上に怒りが込み上げてきた。こいつが兄さんを……いや、きっと父さんと母さんを殺したのもこいつだ絶対そうだ!!!クソ、クソクソクソクソォッッッ!!!!!

「殺してやるッッッ!!!お前を!」

「っと、危ねぇ……暴れんなって、そんなことしてると」

ぷす。

「……?それ、な、に……ッッッ!!?!?」

「いい子にしなきゃダメじゃんかよぉ……悪い子にはお仕置きしないと、だろ?」

「からだ、じんじんして、あつい………!う゛ぅッ」

なんだ、何の薬を打たれた?特に傷口がズキズキジンジンして、痛いけど、なんか……なんか別の何かが………

だろ?」

「ッッッ!!!ッは?な、わけ……ない……だろ!痛い……いたい、んだ、俺は……」

「まぁとりあえず次いこっか!」

そう言って彼は、ピンセットで毛虫を取った。

「……ッ、はぁ?」

そして――


―――腹の傷口に置いた。

「んぐぅぅうッッッ!!!あ゛、あ゛ッが……は……ッ!痛いよ……やめ、て……い゛ッッッ!!!」

「まぁそりゃそうだよなぁ分かっててやってんだけど。結果は分かりきってるけどさ、君あんまりリアクションいいもんだから」

チクチクするとかそんなレベルじゃない。尋常じゃない痛みが、傷口から見える血管1本1本に這うようにして襲ってくるのだ。

「ダメだよぉ?俺みたいなやつの前でそんなイイ声出しちゃあ……嗜虐心煽るだけだぜ?でもまぁあんまり痛いんじゃ可哀想だし、お注射もっとシてあげるよ」

ぷす、ぷすっ。両腕、両足、そして傷口の近くに注射を打たれた。

こんなことしておいて可哀想?、なんてツッコミをできる正気さはもう残っていなかった。

「ッあ……ぅ………ふ、ぐ……ッ」

「声我慢したって早く終わんないからな。それにしてもバテんの早いねぇ……」

「……ぅ……いたいの……いつおわるの……?」

「んぁ?……さぁねぇ?俺が飽きたときか、君が死んだときか……もしくは、無いとは思うけど、ヒーローが君を助けに来たときとかかな?」

「そ、か……ひーろー………おに、ちゃ……………」



それからしばらくの記憶は無い。気絶でもしたんだろう。

耳が痛くなるような爆発するみたいな音が聞こえて、目が覚めた。

気付くと俺は、知らない人に抱えられていた。

「ひーろー……きて、くれたんだ………」

「目ェ覚めたか、もう大丈夫だからな」

聞いていると安心する、優しい声。

「う、ん……ありがとう……」

「おう」

そして俺は眠りについた。


また少しして目が覚めた。柔らかいベッドの上で、あたたかい布団と空気に包まれて。

「ここは……」

ガチャ、と音が鳴り、先程のきりっとした顔をした者とは違う、優しそうでおっとりとした、おじさんと言ってもいいぐらいの歳の者が部屋へ入ってきた。

「ここは私たちの家だよポーズ君」

この人の声も、優しい声だなぁ……

「なんで、俺の名前を」

「そんなことはどうでもいいんだ、ケガの調子はどうだい?」

「まだ少し痛いけど、あのときより、は………ッッッ!!」

そうだ、あのとき、俺……あいつらに……

「う゛、ぇ……」

「記憶は消せなかった……すまないね……でももう安心しなさい、これからは君にそんな思いをさせないからね」

「兄さん……っ!父さん、母さん……、う、ぇぐ……、くそ、俺のせいで……俺の、せいで………っ!!」

「君のせいじゃない」

「でも」

「君は何も悪くない」

「ッ!」

なぜか、更に涙が溢れた。子どものように泣いた。泣いたのすら久しぶりだった。

「具合、どう?」

急に人が入ってきたので、思わず背を向ける。

「あぁ、ベリータか。良くなったみたいだよ」

「そっか、良かった……」

「紹介しよう。この子はベリータ。この子が小さい頃からここで一緒に暮らしているんだ」

「よろしくお願いします、ポーズ君」

「よ、よろしく……」

「そういや私も名乗ってなかったね。私はアモレ、よろしくね」

「はい……」

「あともう1人いるんだが……聞き耳を立てるなんて良くないぞ、出て来なさい」

ほーい、と言って出て来た男には見覚えがあった。

「彼はドルチ。君を助けたのも彼だよ」

「……!ぁ、ありがとう、ございました……」「いえいえ。よろしくな、ポーズ」

「うん」

みんなの優しさが、傷口からじんわりと心地良く沁みてくるような気がした。

「ポーズ君、ご飯は食べれるかい?」

「あ、はい、食べれます」

「無理せず食べられるように、お粥を作ったんだ、鮭入りだよ〜」

「おっ!うまそうじゃん!」

「今日はみんなで食べようと思って多めに作ったんだ」

「わぁ、ありがとうパパ!」

「いえいえ」

「パパ……?」

ふと疑問に思い、声に出してしまった。

「あぁ、顔が似ていないなぁ……とか思ったかい?」

「あ、ごめんなさい、つい声に……」

「いやいいんだ。簡単に言うとね、私たち3人は

「!!」

「でもそれは決して悪いことじゃない。だからこそ私たちは絆を深めたいという思いを強く持てる」

「そうだぞ?俺はアモレさんのこと本物のパパだと思ってるし、ベリィ……ベリータのことだって本物の妹だと思ってる」

「私も、2人のこと、大切な家族……って思ってる!」

「血が繋がってないのに家族……なんて変だと思うかい?」

「全然!思いません!むしろ、いいなって思う……血が繋がってなくても、そうやってお互いを信頼し合えるのってすごいことだと思うから」

俺にも、こんな家族がいたんだな。

「ポーズ君も、今日から家族だよ?他人みたいな言い方をしないでおくれ」

「そうだぜオニーチャン」

「ポーズ兄さん、これからもよろしくね!」



「……うん、よろしく。パパ、ベリィ、ドール」




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