第14話 動画投稿に詳しくなる魔王

 帰宅するなり志保がリビングに設置された家族共用のパソコンに向かうこと数時間。

 動画編集というのは意外と時間の掛かるものなのであるな。

 吾輩はといえば、やることがなくて暇ということで志保の母親の肩を揉んでいた。

 金のない吾輩に食事の返しとして、できることは限られている。


「こ、これはイケるかもしれん……」


 既に夜も遅く、母親が眠そうに舟をこぎ始めたところで、嬉しそうに志保が声を上げる。

 どうやらやっと作業が終了したようだ。


「どうだ? できたか……その顔を見れば大丈夫そうだな」


 どうやら、かつてないほどの手ごたえを感じているようだ。

 満面の笑みがそれを物語っている。


「うん。これなら大丈夫やと思う」

「どれ、見せてみろ」


 場所を譲ってもらい、完成した動画を見る。

 今回はしっかりとカメラ目線で自己紹介もしている。

 標準語にもなっていない。

 レベル1の初期装備であることもカメラに映して、タマネギを使ってゴブリンも倒したシーンも撮れている。

 余計な部分をカットして字幕を入れただけの簡単な動画編集であったが、志保の言う通り、これなら大丈夫だろう。


「ふむ……これならいけるだろう。編集に関してはこのパソコンではこれ以上は無理なのだろ?」

「うん。編集専用のソフトは高いし、安いノートパソコンやからソフト買ってもスペックが足らへんから使えんしな。その辺は稼げるようになってから自分で買うわ」


 吾輩が研究のために視聴した動画の中にはBGMや効果音が入っていたり、映像効果を使うものも存在していたが、それは後々で良いだろう。

 それ以前の問題として、仮にソフトなるものが手元にあったとして志保に編集技術があるのだろうか。

 ……その時になれば覚えさせればよいか。


「ところでなのだが、動画再生がどれくらい行けば良いのかの基準がイマイチ分かって居ない。確か再生数でポイントがもらえて装備に変換できるんだったな?」

「そうやで」


 ランキング上位の再生回数がとんでもないものであることは理解しているが、あんなものを基準とするわけにはいかない。

 ならば現実的な指標としては、新しい装備にするために必要な再生回数を目指すのが良いだろう。


「見せてみろ」

「ちょっと待ってな。装備購入アプリ開くから」

 

 志保がスマホを操作し始める。

 このスマホというのは本当に便利なものだ。

 冒険者の全ての要素がこれに収まってしまっている。

 吾輩の知る冒険者ギルドの職員が見たら泣いて欲しがるだろうな。


「ほい。これが装備購入の画面やで」


 …………………

 武器

【初心者】

【鉄】

【鋼】

【銀】

【金】

【ダイヤモンド】

【オリハルコン】

【ミスリル】

【特殊】


 防具

【鉄】

【鋼】

【銀】

【金】

【ダイヤモンド】

【オリハルコン】

【ミスリル】

 …………………


「これは?」


 見せられた画面には武器と防具のカテゴリーと各種素材らしき記載がされているだけであった。


「全部をいっぺんに表示したら長くなるから、素材ごとに分けられてねん。ほら、こんなふうにタップしたら展開されるで」


 志保が試しに武器の【初心者】と【鉄】をタップして見せる。

 すると、確かにその下部に武器の詳細が表示される。


 …………………

 武器

【初心者】

 ・竹槍:攻撃力15 両手武器 500ポイント [交換]

 ・棍棒:攻撃力20 両手武器 打撃属性 1000ポイント [交換]

【鉄】

 ・鉄の剣:攻撃力20 2000ポイント [交換]

 ・鉄の槍:攻撃力30 両手武器 3000ポイント [交換]

 ・鉄の槌:攻撃力50 両手武器 打撃属性 5000ポイント [交換]

【鋼】

【銀】

【金】

【ダイヤモンド】

【オリハルコン】

【ミスリル】

【特殊】

 …………………


「なるほどな。確かにこれは折り畳まれていないと見づらくて仕方ないな」


 もっと改善の余地はありそうだが、利用者が冒険者しか居ないのだから仕方ないのかもしれない。

 シンプルな見た目でコスト削減しているということだろう。

 組織運営におけるコスト削減の重要性は吾輩も痛いほど良く分かっている。


「この両手武器というのは何だ?」

「両手武器を装備しとると防具の盾が装備できへんねん。代わりに槍はリーチがあるし、槌は1個上のランクの剣と同等の攻撃力があるんや」

「ほう。面白いな」

「やろ。ちなみにウチの憧れの曽根美咲さんは槍が滅茶苦茶上手いねん。ホンマ、カッコええわ」


 まさかここでその名前を聞くとは思わなかった。

 三郎の推し冒険者だったはずだ。


「確か女性で順位が1番高いのだったな」

「美咲さんを知ってるんか?」

「いや、3月度の投票結果を街頭ビジョンで見ただけだ」

「なんや、そうなんか」


 露骨に落胆される。

 吾輩がその気になれば曽根美咲なる冒険者をここへ連れてくることも可能だが、そんなことをするつもりはない。

 どうしても会いたいなら志保には自力で何とかしてもらおう。


「ほう。この世界には【オリハルコン】や【ミスリル】なる金属もあるのか」

「いや、それ現実にはないねん」

「なに?」

「ウチにもようわからんのやけど、この手のゲームやと定番の架空金属らしいわ」


 良く分からないが、これ以上突っ込んでも無駄であろう。

 後々に調べればよい。


「では、この【特殊】というのは何だ?」

「それはいわゆる最強装備ってやつやな。交換するのにアホみたいにポイント居るねん。代わりにめっちゃ強いで」

「ならば今は気にする必要はないな。次は防具を見せてくれ」


 志保が武器の表示を閉じて防具の【鉄】を表示させる。

 どうやらこちらには【初心者】という項目は存在していないようだ。


 …………………

 防具

【鉄】

 ・鉄の鎧:防御力10 ポイント1000 [交換]

 ・鉄の盾:防御力10 ポイント1000 [交換]

【鋼】

【銀】

【金】

【ダイヤモンド】

【オリハルコン】

【ミスリル】

 …………………


 どうやら防具は鎧と盾しかないようだ。

 そして、先ほどの説明からして盾は剣でしか装備できないということだろう。


「ちなみに盾はそれで防がなくては意味がないのか?」

「それがウチにも不思議なんやけどな。別に盾で防がんでも防御力のステータスに反映されるねん。まあ、ステルス化してたら消えてまうから、そうせなしゃあないんやろうけど」

「随分と便利だな」

「もちろん、敢えて盾を手に持って攻撃を防ぐ映像を撮る人も居るで。完全にエンタメ映像用やけど」


 この世界のダンジョンと冒険者のことを他の世界の冒険者たちが知ったら、泣いてうらやむだろうな。

 それぐらい優遇されている。

 いや、代わりに動画映えを意識しなくてはならないというかせもあるか。

 他の世界ならゴブリンを倒せさえすれば、依頼の完了なり素材の売却なりで金になる。

 うむ、どっちもどっちであるな。


「よし、これで決まったな」

「うん?」

「方針だ。今回の動画で鉄装備を全て揃えることができれば再生数が良かったということにしよう」


 鉄装備が揃えば何かと動きやすくもなるだろう。

 少なくとも安定してゴブリンを狩れるようになってレベルアップも順調に進むはずだ。


「え、鉄装備全て! それって剣と槍と槌に鎧と盾もか!?」

「そうだ。つまりは1万2000回再生を狙う」

「いきなり1万回再生を越えるなんて無理やろ!」

 

 ここに来て急に志保が弱気になる。

 確かに吾輩が見たゴブリン動画で1万回再生を越えているものはそう多くなかった。

 だが、今回の動画にはそれだけの内容が含まれていると確信している。


「まあ、ともかく上げてみろ。結果は自ずとわかる」

「うぅ……なんでそんなにも強気なんや……」


 そんなことを言いながらも志保はパソコンの操作に戻る。


「ええか! 上げるで!」

「ああ、上げろ」

「ホ、ホンマに上げるからな!」

「だから上げろと言っている」

「えい!」


 志保が「カタンッ!」と音を立ててパソコンのボタンを押す。

 画面がアップロード中という表示に変わり、やがてアップロード完了に変化する。


「ああ、上げてもうた……」

「よし、後は待つだけだな」

「友達に見られるんやろなぁ」

「どんどん見てもらえ。ポイントになる」

「そうやけどやなぁ」


 その後も何かとうじうじとしていたが、疲れから睡魔に襲われたようで、今日は自分でベッドへと入って行った。

 吾輩はその間にスマホを借りて次なる動画のための研究をするのであった。

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