第2話 世界を知りたい魔王
何かいいものはないかと街を散策していた吾輩の耳に、聞き慣れたある単語が飛び込んでくる。
「もう直ぐ冒険者の3月度投票結果が発表されるぞ!」
なに?
冒険者だと?
これだけの科学力があるのにそんな奴らがこの世界にも居るのか?
だとしたら側近の奴は魔法陣の設定を間違えたのではないか。
「何度聞いても忌々しい名前だ……」
冒険者という職業は何故かその名称に反して、やれ採取だの、やれ護衛だの、やれ討伐だのを
もちろん、本来の意味での探検家をメインとしている者も居るには居るが。
人の依頼をこなして生計を立てているせいか、やたらと正義感が強い奴が多く、我々魔族にとっては厄介な存在である。
そして、戦闘経験豊富な冒険者は高確率で勇者だの英雄だのを生み出している。
「にしては変だな……この世界には吾輩のような強い魔力の存在は感じないぞ?」
ザッと地上の魔力を探ってみるが、魔族やモンスターらしき気配は見当たらない。
当然、吾輩のように人類にとって討伐するべき巨悪も存在していない。
こんな世界では勇者や英雄はおろか、冒険者すらやはり必要ないのではないか。
もしかすると、本来の意味である探検家としての冒険者が多数居る珍しい世界なのであろうか。
不思議に思っていると、街中をせわしなく歩いていた人々がある一か所に集まり始める。
全員が全員上を見上げている。
どうやら建物にはめ込まれた大型のガラスに注目しているようだ。
大型ガラスには様々な映像が目まぐるしく映し出されている。
「おい。あれは何だ? これから何が始まる?」
あれがなにがしかの情報伝達用の機器であることは理解できたが、詳しく知るために近くに居た中年くらいの男性に問いかける。
「あれはどう見ても街頭ビジョンやんか……」
中年男性に思いっきり不審な顔をされる。
どうやらこの世界の人間なら知っていて当たり前のことを聞いてしまったようである。
しかし、魔法陣に組み込まれていた魔法が間違っていたのか、先ほどからどいつもこいつも吾輩の理解できる言語と少しズレがある。
大方の意味は通じるのだが、どうにも語尾やイントネーションがおかしい。
「そうか。それで、何が始まる」
「なにって、3月度の投票結果や」
「何の投票結果だ?」
「何のって、冒険者に決まってるやん」
やはり先ほどの『冒険者の3月度投票結果』というのは聞き間違いではなかったようだ。
しかし、政治代表を投票で選ぶというのは聞いたことがあるが、冒険者の投票など初耳である。
「なぜ冒険者に投票がある」
「兄ちゃんほんまに言うとんか? ワシのことバカにしとんちゃうやろな?」
中年男性は眉間にシワを寄せて、先ほど以上に不審そうな対応をする。
まあ確かに吾輩だって人間に「魔王ってなんだ?」「魔法ってなんだ?」「魔族ってなんだ?」と当たり前のことを執拗に聞かれれば腹も立つ。
だが、ここで引き下がるわけには行かない。
「おい、目を見ろ」
「はっ? な、なんや気色悪い」
「いいから目を見ろ」
男の瞳をジッと見つめるなど趣味ではないが仕方がない。
そのまま、魔力を込めて行く。
「……よしそうだ。……貴様は吾輩の質問に何でも答えてくれる。そうだな?」
「ええで。なんでも聞いてや」
よしよし。
この世界でも洗脳の魔法がちゃんと掛かるようだ。
さてさて、何から聞こうか。
まずは言語のズレについて聞いた方が良いだろうか?
『さあ! 皆さんお待ちかね! 冒険者たちの1月から3月までの投票結果の発表だ!』
吾輩が迷っている間に、街頭ビジョンには黄色い派手な服を着た男が登場して話し始めていた。
どうやら冒険者の投票結果発表が始まるというのは本当らしい。
何はともあれ実際に見るのが早そうである。
周囲の人間と同様に吾輩も街頭ビジョンを注視する。
『さてさて、今回の注目はもちろんこの人! 昨年の年間王者、
司会の男が言った通り、1人1人の名前を読むのも難しいくらいのスピードでリストアップされた人名が画面の下から上に向かって流れていく。
それから上位になるごとに長い時間を割いて順位発表がされ、10位辺りから演出も派手となる。
結局、司会の男の煽り文句の通り、常盤永久なる男が3月度投票で1位に輝いた。
加賀敏夫なる男は2位となっていた。
結果発表に立ち止まっていた人々は大いに湧き上がり、そしてしばらくすると通常の生活へ戻るため解散してしまう。
これほど急に熱の冷める祭りというのも珍しいものだ。
「どこか落ち着いて話せる場所はないか」
人波を見つつも中年男性に問いかける。
「ほなあそこやな。付いて来てや」
言われるがままに男性の後ろをついて行く。
どうやら飲食店へと連れ込もうということらしい。
注文後に適当に空いている席へと座って、少し前座となる会話をする。
洗脳の魔法を掛けた中年男性は名前を
ここはガスバーガーという名の、パンに様々な具材を挟んだものを主に販売している店であった。
何が良いかわからなかったので、三郎のおすすめを頼んでもらっている。
「さて、色々と聞かせてもらおうか」
商品を持って戻って来た三郎に改めて問いかける。
「何が知りたいんや?」
「全部だ。まず、この国は何という名前だ?」
「日本や」
「ニホンか。この国に王は居るか?」
「うーん。難しい質問するなぁ。確かにおるのはおるけど、特殊な立場のお方やからなぁ……」
「なに? どういうことだ?」
それから吾輩は色々と聞き出す。
この国の通貨単位は『エン』ということや、47個の行政区画に分かれていること、ここがその中で『カンサイ』という地域である等々である。
それからしばらくは『ハンバーガー』をお代わりしながら話を聞き続ける。
ある程度この国のことを聞いたところで、いよいよ吾輩は一番知りたかったことを聞き出す。
「この世界の冒険者とはなんだ?」
「そんなもん
「も、潜って屠れるスター?」
吾輩の記憶にある冒険者といえば、お使いをしたり、護衛をしたり、討伐をしたりと多様な仕事をしている、言わば命がけの便利屋のような奴らだったはずだ。
それが『潜って屠れるスター』とは何とも記憶とかけ離れている。
本当の意味での探検家としての冒険者と近いような気もしなくはないが、それとも合致はしないようである。
やはり、この世界の冒険者は独自の存在なのであろう。
「潜って屠れるということはダンジョンが存在するのか?」
ともかく吾輩の知っている知識とのすり合わせをしていく。
何でもよいから理解の取っ掛かりが必要である。
「あるで。ここと関東に1個ずつ。冒険者はそのどっちかに潜るんや」
「なるほどな……」
確かに言われてみれば、魔王たる吾輩ほど強い魔力は感知できないが、そこそこの魔力なら地下2か所にあるのがわかる。
吾輩の思っているようなダンジョンで間違いなさそうだ。
となると、冒険者はダンジョンに潜って人々の生活を守っているのか?
しかし、そうなると吾輩の知る冒険者と大差ないことになるが。
「スターというのはどういうことだ?」
一番気になるところである。
確かに強い冒険者が人気者となることはあったが、あのように投票を大々的にするようなことはなかった。
活動を援助する支援団体を形成するくらいのものである。
「なに言うとんねん。冒険者はダンジョンでの戦いを見せることで楽しませてくれるエンターテイナーやん」
「うむ……詳しく聞かせよ」
そこから三郎が語った内容は、吾輩の常識とはかけ離れすぎた信じがたいものであった。
この世界の冒険者は人々からの依頼を受けて活動するような職業ではなく、ダンジョンに潜ってモンスターと戦う様子を映像で公開して人々を楽しませる職業なのだという。
そして、3月、6月、9月、12月の3か月おきに、その期間で楽しませてくれた冒険者は誰なのか投票をするのだという。
12月の結果発表では年間得票数による年間順位も発表されるそうだ。
冒険者はその投票順位に応じた賞金が貰えるというシステムらしい。
「ワシの推しはもちろん
「推し?」
三郎は嬉しそうな笑顔を見せながら、少し前に『スマホ』という名前であると教えてもらった道具の画面を見せてくる。
そこには槍を構える女性の画像が映し出されていた。
腰のあたりまで伸ばした黒髪に、切れ長の目をしている。
鍛錬を積んでいるのか体躯のバランスは良さそうである。
昔戦ったことがある女騎士のような、いかにもプライドが高そうな雰囲気出している。
「これがワシの推してる冒険者の美咲ちゃんや。去年の年間順位は3位やったけど、女性冒険者では1番上やったんや」
どうやら『推し』とはお気に入りの冒険者のことを指しているようだ。
なるほど、投票をすると言っていたからにはこの国の人々には応援する特定の冒険者が居るのだろう。
ただ、画面に映る女性は『美咲ちゃん』というような年齢には見えなかったが、指摘して気分を害するのも可哀想なのでやめておく。
「あんたも推しの冒険者を見つけたらどうや?」
三郎がスマホを差し出してくる。
「これは?」
「冒険者の公式サイトや。冒険者の一覧も見れるし、投稿動画もここで再生できる。あと、投票もこのサイトでできるんや」
「ほう。便利なものだ」
表示されていた冒険者一覧を習った通りにスクロールして閲覧して行く。
昨年の年間順位に応じて並べられており、上から3番目に曽根美咲が表示されている。
34歳か……。
それでも吾輩が今まで転移したことのある、どの世界の34歳よりも若々しく美しい。
三郎が夢中になるのも分からなくない。
「ほう……」
流し見をしていると、全冒険者349人の中でも下の方、340人目の女性冒険者に目が止まる。
周りの冒険者たちが着飾った写真や一生懸命にポーズを取った写真を載せているなか、その写真だけは普通の服装で正面を向いており、全くそういう気配がない。
よくわからないが心が動かされる。
「この女冒険者に会いに行きたい。どこにいる?」
「いやー、そこまではワシにはわからん。少し行ったところに冒険者の事務局があるからそこに行けば何かわかるんじゃないか?」
「そうか。世話になったな三郎」
「いやいや」
何か褒美をやりたいところだが、今の吾輩には何の手持ちもないな……。
「三郎、この恩はいつか返そう。では、さらばだ」
「きぃつけるんやで」
三郎に見送られながら吾輩は新しい楽しみの予感に突き動かされるようにガスバーガーを後にする。
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