天体観測
@RinbokuHajime
第1話
湖のほとりに赤い毛糸のブランケットを敷いて、僕がそこにあぐらをかき、横になった彼女が僕の太ももの上に頭を置いた。彼女の手を左手で覆い、余った右手で望遠鏡のつまみを回す。湖から冷たい風がたまに吹いても、厚着をした僕にはすこし気持ちのいいものだった。彼女の目は月明かりに輝く湖面を見ていたけれど、それを見た後から僕は一度も望遠鏡から目を離さなかった。
「きれいな星が見つかったよ、見てごらん」
彼女は掴んだ手を離さずに頭を持ち上げ、顕微鏡を覗き込むように望遠鏡を覗いた。
「なんだかたまに青く光るふうに見えて不思議ね」
「そうだろう」
彼女の口から白い湯気が溢れる。望遠鏡から差し込む青い星の影が瞳に映ったあと、彼女はまた元のように僕の太ももへ頭を置き横になった。冷たい風がまた吹いて、彼女の鼻がしらを撫で付けていった。掴んだままの彼女の手は、冷たい風が吹いた時だけ、すこし暖かく感じられた。その手からこの手に届く鼓動の弱さとは裏腹に、太ももで感じる彼女の吐息は厚いズボンの繊維をかいくぐって、熱い蒸気のように僕の肌へ届いてきた。けれどそれもまた冷たい風が吹き消していった。誕生日ケーキに刺さったロウソクを消すよりも早いスピードで。湖のさざめきは海よりも静かで、森よりも寄り添ったささやきだった。彼女は開いたその目で、その声を聞いているらしい。僕は開いたままの瞳で、また別の星を探していた。僕が銀河の中を泳いでいる間に冷たい風が三回吹いて、その度に風は彼女の熱い吐息をかき消していった。僕は三回目の風が吹いた後、消えかけた彼女の吐息がそのまま潰えてしまわないように、彼女を横にさせたまま僕の方へぐいと引き寄せた。寒さに身を縮めるように抱き寄せた僕の太ももに、彼女は一層深く頭と首を預けた。まだ彼女は暖かかった。そして、望遠鏡に目を戻してまた銀河を一周もしないうちに、真っ白く輝く星が見つかった。
「またきれいな星が見つかったよ」
彼女はゆっくりと起き上がり、空いている手を支えにして望遠鏡を覗き込む。
「ほんとう、真っ白いわね」
「そうだろう」
「きれいだわ」
「うん、きれいだ」
静寂の中、彼女の瞳に星の影が映る前に四回目の冷たい風が吹いた。彼女は僕の手を握ったまま、また横になった。左手を彼女の手から身体へと伸ばし、星を見ながらゆっくりとさすってやった。上着の中へ這わせた指が、乾いた彼女のあばらをゆっくりと押し調べる。それ以上やると、あばらは折れてしまいそうだった。服の形を整え、また彼女の手を覆った。彼女の手は冷えていて、時折届く鼓動は微かなものだった。銀河の中を泳いでいた僕は暖かいオレンジの中に入っていった。そこに足まで浸かり切ってさあ泳ぎだそうとした時に、また冷たい風が吹いた。ズボンの生地を揺らしていた彼女の吐息は、冷たい風に紛れて消えてしまった。望遠鏡から目を戻すと、彼女は眠っていた。
天体観測 @RinbokuHajime
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