// 15 作戦失敗

「なっ……!?」


 表示されたシステムメッセージを脳内で瞬間的に処理し、僕はその意味を悟った。

 【アンチ・フィールドダメージ】――――つまり、フィールドオブジェクト及び地形による被ダメージを無効化する特殊能力スキル


 システムメッセージからすぐさま視線を戻すと、ユニのすぐ背後から追うようにして落下する真紅の巨牛は、その丸太のような太腕を胸の前でクロスさせて全身を小さく丸めている。

 ゴツゴツした筋肉がぎゅっと小さく圧縮されている様はさながら真っ赤な岩の塊だが、一瞬前とは異なりその体表面をオレンジ色の薄い膜のようなライトエフェクトが覆っていた。


「くそっ……!!」


 無意識に悪態をつきながら、僕はフィールド手前のゲート前でホールドしていたペン先をやむを得ず二体のArtsアーツの落下位置へと滑らせて、そっとそのペン先を離した。


 瞬間、宙を舞うユニとアルデバランの真下の乾いた地面がずずんと地鳴りを響かせ、爆発したような砂煙と共に巨大な物体が猛烈な勢いで突き出した。

 天を貫くように突如地面から生えたそれは、直径が2mもある巨大な杭だった。先端は鋭く尖り、一度貫かれたら抜けないよう穂先に"返し"までついている。



 そう。ここまでが僕の作戦だった。攻撃力があまりにも低いユニでは、小さな牙や爪でのヒット&アウェイで徐々にダメージを与えることはできても、相手のArtsアーツに決定的なダメージを負わせることは難しい。

 しかし落下ダメージを大幅に軽減できるならば、たとえ相手のArtsアーツもろとも高所から落下しても相手だけダメージを負わせることができる。


 さらに、敵の落下地点に合わせて僕がピンポイントで致命的な傷を負わせられるほどの巨大な杭のオブジェクトを出現させれば、空中で身動きが取れない敵Artsアーツはそのまま串刺しになり、落下の勢いによるダメージ分も上乗せされて一気に致命傷を負わせることができるはず――――、そういう作戦だったのだ。



 しかし。


 ガチィイイン!!


 宙を舞うユニのすぐ脇を通り抜けて一直線に伸びた杭の先端が、アルデバランのクロスした両腕の中心を貫こうとしたその瞬間、両者は金属同士を打ち合わせたような甲高い音を響かせながら眩しいほどの火花を散らしてすれ違った。

 杭の切っ先は、アルデバランの分厚い胸板に触れる直前に体表を覆っていたオレンジ色の膜に阻まれ、そのまま弾かれるようにギャリリと嫌な音を立てながら強引に軌道を横にずらされた。


 システムメッセージを見た瞬間に浮かんだ嫌な想像が、現実のものとなった。


 ヴァーヴス・ストラグルのシステム上、一定以上の大きさをもつオブジェクトは独立した武器オブジェクトではなく、フィールドの一部として、つまりフィールドオブジェクトとして扱われる。たった今僕が描いて実体化させた巨大な杭のオブジェクトも、十分以上にフィールドオブジェクト判定の域に達する大きさだ。


 そして、先程判明したアルデバランの特殊能力スキル、【アンチ・フィールドダメージ】は文字通りフィールドオブジェクトと地形ダメージを無効化する効果がある。それが意味するのは、落下ダメージはおろか、僕がユニの攻撃力の低さを補うべく描いた大杭によるダメージさえ、アルデバランは完全に回避したということだ。


 それを証明するかのように、真紅の巨牛は杭の真横を滑り落ちたのち、両足を踏ん張って豪快に荒れた地面へと着地する。もうもうと上がった砂埃の中から無骨な大男のシルエットが浮かび、その上に並んだ真っ赤なふたつの眼光が、すでに数メートル先の地面に着地していたユニを真っ直ぐに照準した。


 完全に、作戦は失敗だ。

 頭の中で、そんな言葉がどこからともなく聞こえた。


 ダメージ量を釣り上げるべく、杭を大きく描いたのが仇となった。フィールドダメージ無効化系のスキルが存在することは知っていたが、効果範囲がかなり限定的な種類のスキルであることと、そんなスキルが付与されるような情動をArtsアーツに込めるデザイナーがそもそも少ないため、この類のスキルを持つArtsアーツは比較的珍しく、完全にマークの外だった。


 いや――――本当は、珍しいスキルだからこそマークしておくべきだったのだ。

 筋骨隆々のいかにもなパワーキャラが、意外なダメージ無効化のスキルを持っているとなればそれなりにデザイナーの間で話題になるはずだ。現に、対戦開始直前には相手であるゴズ氏の名前が呼ばれた途端、会場中から大きな歓声が上がったではないか。


 事前に強敵になりそうなデザイナーとそのArtsアーツを調べて、対策を練っておくのは大会の基本だ。

 ユーリとの練習試合に気を取られすぎて、そんな初歩的なことすら疎かにしてしまっていたなんて――――。


 自分を叱咤する思考がいくつも頭を過る。そんなことを考えるよりも、今は次のアクションの事に意識を向けなければいけないのに、ギリギリの賭けに失敗したショックと焦りで、頭がエラーを起こしたように動かない。



 そして、対戦相手であるゴズ氏は、そんな僕の一瞬の迷いを見逃さなかった。


「ヴモォオオオオオォォッ!!」



 フィールドの中央で、赤い毛皮を纏った牛頭人身の怪物が恐ろしい雄叫びを上げ、もうもうと立ち込めていた砂煙を一気に散らした。

 間髪入れず、正面のユニへ向けて猛烈な勢いで突進してくる。着地した時に回収したのだろう、その手には先ほどビルの上階から放り投げた無骨なツーハンドアックスが再び握られており、腰だめに構えた格好で突進の勢いを存分に刃へと乗せている。


 完全に虚を突かれた僕は、出すべき指示も定まらないままとにかく出せる限りの声でユニへと叫んだ。


「避けろユニッ!」


 しかし、ユニは僕の声が聞こえていないかのように、自分へと猛進してくるアルデバランへと真っ直ぐに向かい合ったまま動かない。


「ユニッ!ユニッ!おいって!!」


 ヘッドセットのスピーカーへ向けて、何度も相棒の名を叫ぶ。しかし、フィールドの中央で対戦相手の巨牛を睨みつけるユニは、僕の方など目もくれず、華奢な四足をその場に踏ん張りながら純白の毛を逆立てて、正面の敵へとその小さな牙をむき出していた。


 ユニは何をやってる!?あの大斧で一撃でもまともに食らったら、地面を抉るほどの攻撃力でユニの小さな体など真っ二つにされてしまう。すでに5分の1ほど削られている体力など、一気に全損してしまうだろう。


 僕は軽くパニックになりながら、視線を素早く動かして自分の左手首に巻きついているNinephニンフの上部、シンクロ値を示す円環型のインジケータを確認した。

 円環の外周は4分の1ほどがオレンジ色のゲージで満たされており、それに囲まれるようにして円の中央部分には【145】という数字がシャープなデザインのフォントで表示されていた。


 それを見て、僕の頭はさらにパニックの度合いを加速させた。

 これまでの一週間の間、ユーリとの練習試合の中で何度となく見てきたユニの独断専行。それ僕とユニのシンクロ率の低さが原因であると、僕はつい一瞬前まで考えてきた。だから、今ユニが僕の指示を聞かずに動かないのは、さっきのミスによって僕とユニのシンクロが大きく低下してしまったせいなのだと推論し、僕はNinephニンフのシンクロ値ゲージを確認したのだ。


 しかし結果的には、シンクロ値は低下するどころか対戦開始時点で最高値だった【123】をさらに更新して、【145】にまで上昇していた。


 これまでストラグルをやってきてここまでシンクロ値が上がったことは初めてのことで、これが普通の対戦だったら跳び跳ねて喜ぶところだったが、今はそれどころではない。

 シンクロ値が上昇しているのにユニが言うことを聞かないということは、何か別の原因があるということなのか!?

 だとしたら原因を早急に見つけ出さないと、この対戦は確実にユニの、そして僕の敗北で確定だ。


 視界隅に投影されたスピーカーのアイコンは鮮やかな緑色に転倒しているので、Ninephニンフ自体が故障しているわけではないらしい。それならば、はやりユニの思考回路に何かが――――、


 焼け上がりそうな脳を無理やりに回してそこまで思い至った頃、アルデバランとユニとの距離はもう5mと離れていなかった。戦斧を握りしめたアルデバランの腕が、ゴズ氏のリンク・アクションに合わせてユニ目がけて振り上げられる。


「ユニ――――ッ!!」


 はっとして相棒の名を呼んだ瞬間、じっとその場に構えていたユニのケーブルのような尻尾が霞むほどの速度で閃き、乾いてあちこちひび割れた足元の地面を鋭く叩いた。


 それとほぼ同時に、一気に距離を詰めたアルデバランの戦斧がユニの小さな身体へと吸い込まれるようにして振り降ろされる。

 突進と腕の回転モーメントを全て乗せ、リンク・アクションで威力をブーストされた必殺の一撃は、対戦開始早々に繰り出した角の一撃とは比べ物にならないほどの爆音を上げて目の前の地面を深々と抉った。アルデバランの足元の地面にはいくつもの亀裂が深々と刻まれ、ダイナマイトでも爆発させたような砂塵が柱となって体育館の天井すれすれまで巻き上がる。


 その光景を、僕は呼吸を浅くしながら見つめていた。

 激しい砂煙の中から、ユニの白い身体が飛び出してくることはなかった。あれだけの規模の攻撃だと、もはや左右に避けたところで衝撃波だけで相当のダメージを受けるだろう。

 それでもまだマシな方で、後方にも左右にも吹き飛ばされてこないということは、大斧の一撃をユニが避けきれず、そのまま押し潰された可能性を示唆していた。


「そんな…………ッ」


 受け入れがたい気持ちを力なく口から零しながら、ごうごうと上がる砂煙を呆然と見つめていた、その時。



「ヴモォッ!!ヴモオオォォッ!!」



 砂煙の向こうで、ごつごつした巨牛のシルエットが突然ばたばたと暴れはじめた。丸太のような両腕をめちゃめちゃにぶんまわし、さながらカウボーイに跨られたロデオの暴れ牛のように、巨大な角が生えた頭を四方八方へと振り回す。


 ――――なんだ!?


 予想外の事態に、僕は唖然としてその暴れっぷりをたっぷり3秒以上も目で追った。想定外なのは対戦相手であるゴズ氏も同じだったらしく、視界の隅に映し出されたワイプの中では、ゴズ氏がさっきまでの眩しいような笑みを消して太い眉をぎゅっと吊り上げていた。


 事態を把握するべく、砂塵の向こうで暴れるアルデバランのシルエットへと目を凝らすと、腕を狂ったようにぶん回す巨牛の右の首元に、何か丸いものが張り付いているのが僅かに見えた。


 そして、振り回される太腕によって立ち込める砂塵が徐々に晴れていき、その丸い物体の全容が露わになった。


 瞬間、どよめいていた体育館の客席から、割れんばかりの大歓声が上がった。

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