// 8 フリーマッチ

 複合現実MRe-スポーツ《ヴァーヴス・ストラグル》には、二種類の対戦モードが存在する。


 一つは、100m×80mというサッカー競技場並みの広大なバトルフィールドで、多彩なステージギミックを利用しながら能力の制限なく戦う『グランドマッチ』。

 ストラグルに協賛しているゲーム会社や3Dスタジオが演出面をサポートしており、ド派手なライトエフェクトやサウンドエフェクトが対戦を大いに盛り上げる。Artsの大きさも小さくリサイズする必要はなく、1mから6mの間でならばどんなArtsアーツでも出場可能。巨大ロボットや凶悪なモンスターなど、大きさがウリのArtsアーツも本領を発揮することができる。

 また、Artsアーツに備わった特殊能力スキルも制限なく使用することができるため、ヴァーヴス・ストラグル本来にして王道の対戦形式として非常に人気のモードである。

 しかし運営が管理する専用のスタジアムでのみ選択できる対戦モードなので、主に公式大会の時か、休日の一般公開日に絶望的な倍率の抽選をくぐり抜けてスタジアムの使用許可を得た時でしか選択することのない、特別なモードでもある。


 そしてもう一つの対戦モードが、20m四方のフィールドで対戦する『フリーマッチ』。

 グランドマッチと違い、広大なフィールドを必要とせずゲームセンターの一角でも対戦可能なお手軽版モードだ。その代わり演出面・ルール面ともに制限がかかっており、Artsアーツのサイズは2mまで、特殊能力スキルのエフェクト等も抑えめ。

 それも仕方なく、サイズやエフェクト面は一般施設用に合わせて調整されているし、グランドマッチほど広大なフィールドを用意することは街のゲーセンではそもそも無理という事情がある。

 グランドマッチの派手さと比べるとかなり見劣りするため人気的には下だが、アトリエ中のゲームセンターで手軽に対戦を楽しめるため、初心者や新作Artsアーツの性能を試すにはぴったりという利点もある。


 放課後、僕とユーリは足早に下校し、行きつけのゲームセンター《ビビッド》へと向かった。

 ゲームセンターと言っても、その広さは秋葉原や新宿のゲーセンとは一線を画す。ストラグルのフリーマッチ用フィールドが横並びに5つも設置されており、それだけで100m×20m。他のVRゲームやプライズゲームのスペースも入れると、おそらくグランドマッチ用フィールドまるまる一つ分くらいの面積はあるだろう。

 都内でもこれほどの規模のゲーセンはそうそうないが、先端エンターテインメントの都市であるアトリエ内には同規模のゲームセンターがいくつも点在していて、ストラグルの場所に困ることはない。


「ススム、こっちこっち!」


 ゲーセン特有の雑多なサウンドの中に、ユーリの透明感のある声が混じる。僕は乱立する大型筐体の合間を縫って、楽しそうにストラグルフィールドへと駆け寄っていくユーリの背中を追いかけた。


「ここのフィールド、さっき授業中にオンライン予約しといたんだ」


「相変わらず手回しのいいことで……」


堂々たる授業サボり宣言に呆れて返すと、ユーリは唇を尖らせてじろりと心外そうに睨んでくる。


「だってフィールド空くまで待つのキライなんだもん。ゲーセンでたむろってる荒れた若者みたく思われたくないし」


「荒れてるかはともかく、たむろってるのは事実じゃ……」


「いーから、早く向こっかわ行きなさいよ。始められないじゃない」


「えー……なんで僕が反対側なのさ……」


 精一杯の反論も虚しく、ユーリはさっさとフィールド手前側の筐体端末を操作し始めてしまう。鼻歌交じりにNinephニンフを筐体端末と同期させるユーリの横顔に抗議の視線を送りつつ、僕は仕方なく20m先のフィールド反対側の端末へと小走りで駆け寄った。


 ストラグルの開始シークエンスは、まずフィールドの両端にある筐体端末にデザイナー個人のNinephニンフを読み込ませ、対戦履歴やデザイナーネームなどのパーソナルデータをストラグルの公式クラウドサーバーと同期する。これにより、勝敗の結果や使用したArtsアーツが公式ランキングに記録され、対戦の成績によってデザイナーのランキングが上下する。対戦のリプレイ動画もクラウド上に記録されるため、自分の対戦を動画で振り返ることもできるし、他のデザイナーの対戦を見て戦略を学ぶこともできる。

 Ninephニンフの同期が終わったあとは、フィールド両端にある円形のデザイナー用スペースにお互いが立ったのを確認して、ストラグルのアプリケーションを起動。すると視界に体力ゲージやスタイラスペンのブラシの種類・サイズといった各種インターフェースが表示され、左手首に巻かれたNinephニンフの表面にも複合現実MRで投影されたカラーサークルやシンクロ値を示すインジケータが浮かび上がる。


「"ススム、こっちは準備オッケーだよ"」


 ヘッドセットに内蔵されたマイクから、待ちきれないとばかりにユーリの声が響く。僕は視界の中央に表示された《準備中》と書かれたボタンをスタイラスペンでタップし、表示されていた文言が《対戦を開始します……》に変化するのを確認してからマイクに向かって応答した。


「"僕も準備できた。じゃあ、よろしくユーリ……じゃなくて、《Eu-lyユーリィ》"」


「"わー、なんかテンション上がってきた!対戦なんて久しぶりだね!こちらこそ、よろしく《ススム》"」


 お互いにデザイナーネームで挨拶を交わすと、間髪入れず耳元でテクノロック調のBGMが流れ始め、フィールドにも変化が現れる。

 床から10cmほど凹んだ、だだっ広い更地だったフィールドに突如として無数のワイヤーフレームが浮かび上がり、みるみるうちに高低差のある地形を描き出す。5秒もしないうちにワイヤーフレームはゴツゴツした岩石へと姿を変え、20m四方のフィールドにはあっという間に岩に囲まれた荒野が出現した。


 そして、その荒野の中央に光の粒子が空間から滲み出すように出現し、派手なライトエフェクトを散らして人型のシルエットが現れる。

 ロックスター風なスパンコールの入ったフリンジスーツに身を包み、巨大なアフロヘアーを機械の頭部に乗せたロボット型レフェリーAI、通称『エルビス』だ。


「ヨーコソオオォ!デザイナーのソウルソウルのぶつかり合イィ!血湧きポリゴン弾け飛ぶヴァーヴス・ストラグルへェ!双方、準備はできてるなぁッ!?」


 陽気でテンション高く叫ぶレフェリーロボは、僕とユーリを交互に振り向くと、機械の指をバチンと打ち鳴らす。


「そんじゃア、対戦をオっぱじめるゼぇッ!!双方、《ディメンションゲート》を描けェ!!」


 エルビスのアナウンスと同時に、僕とユーリは右手に握ったスタイラスペンを宙に走らせ、目の前にそれぞれ直径50cmほどの図形を描いた。図形はすぐに僕の手元を離れてフィールドの内側へと移動し、直径2mほどの大きさへと拡大スケーリングされる。僕のはシンプルな円形、ユーリは円形の中に六芒星と三角形を組み合わせた、オリジナルの魔法陣。

 ヴァーヴス・ストラグルのゲーム的な世界観では、僕達デザイナーはデジタルの世界に描き出した電子生命体Artsを、《ディメンションゲート》なる図形を介して現実に呼び出し戦い合わせているという設定で、デザイナーが各々のペンでディメンションゲートを描くというのが対戦開始の最後のシークエンスなのだ。


 これで、準備は整った。

 さあ――――お前の実力を、見せてくれ、ユニ。


「ストラグルレディ!!――――スリー、トゥー、ワン、――――"Boost your Vervesブースト・ユア・ヴァ―ヴス"!!! 」


 高らかな開始の合図とともに、レフェリーAIはフィールドから掻き消える。

 その瞬間、僕とユーリは全くの同時にヘッドセットのマイクへ向けて叫んだ。


 電子の世界にいる相棒もうひとりのじぶんを"こちら側"へと召喚する、テクノロジーが生んだ魔法の言葉を。


『『 ――――ディメンションゲート、開放オープンッ!!―――― 』』


 莫大な量のライトエフェクトとサウンドが、感覚を支配する。

 ゲート開放のボイスコマンドに合わせて、僕とユーリそれぞれのゲートが七色の光を発して内側から割れ砕ける。光の粒子やワイヤーフレームの破片を飛び散らせながら、宙に空いた異次元のゲートから二体のArtsアーツが飛び出した。


 宙に白い光の尾を引いて着地したユニは、華奢な四足でフィールドの地面をしっかりと踏みしめると、ワイヤー状の尻尾を左右にビュンビュンと振り払いながら『ミュオン』と不思議な声で鳴いた。教室や自室の机に呼び出した時は手乗りサイズに縮小されていた体長も、ストラグル用にスケーリングされて中型の成犬ほどにまで大きくなっている。


 対して、フィールドを挟んだ向こう側には長身の乙女型Artsアーツが凛々しい立ち姿で優美な金髪を揺らしていた。昨日見せてくれた、ユーリの新作Artsアーツだ。昨日見た時よりも細部のディテールが描き込まれており、限りなく完成に近い状態だとわかる。

 金色の装飾が細かく施された青い戦装束を纏い、身の丈程もある弦楽器のような多弦の弓を低く構えるその姿は、まさしくファンタジー世界から飛び出してきたエルフ戦士そのものだ。人間離れした美しい顔にユーリと瓜二つの勝ち気な笑みを浮かべ、ユニと僕の方を真っ直ぐに照準している。


 ひとまず問題なくユニを呼び出せたことに内心でほっと安堵しながら、僕は左手首のNinephニンフ本体へと素早く視線を移した。

 MR表示された円形のカラーサークルがNinephニンフ本体をぐるっと囲み、その隣にもう一回り小さな円環型のシンクロ値インジケータが浮かぶ。円環の中心にはシンプルなフォントで《89》と表示されており、数値が一瞬ごとに僅かずつ増減を繰り返している。そして、数値の増減に合わせて、円環の発光している外周部分も少しずつ伸び縮みする。

 インジケータに表示された数値が高いほど、Artsアーツとのシンクロが深く強いことを示す。初心者デザイナーの水準値は100前後と言われており、公式ランキング上位のハイランカーともなれば最低でも400~500。さらに、その上に君臨する8人の最強デザイナー《トレイルブレイザー殿堂入り》たちに至っては800~900台の数値を叩きだす。中には1000を超えたという強者までも存在するらしい。


 それと比べると、現在の僕とユニのシンクロ89は決して及第点とは言えない数値だ。初心者の水準を少しとはいえ下回っており、もっと集中しなければArtsアーツ本来のポテンシャルを引き出すことはできない。


 しかし――――僕はどうしても我慢できず、口元を綻ばせて左の拳をぎゅっと握った。


 僕が過去に出した最高の数値は《33》。これまでの自己ベストを、大きく更新するシンクロ値だった。


「"やったよユーリ!シンクロ値 《89》!自己ベスト更新だぁ!"」


 感極まってしまい、ついヘッドセットに向けて浮かれた声を出してしまう。

 しかし次の瞬間、ヘッドセットを介す必要もない大音量の歓喜の叫びがフィールドの反対側から飛んできて、僕とユニは全くの同時に身体をビクリと震わせた。


「"やった―――ッ!!おめでとうススム!!ついにスランプ脱したんだね!よかったぁー!"」


 20m先で飛び跳ねて喜ぶユーリの姿を見て、急に現実感が押し寄せてくる。

 そうだ、これは夢じゃない。シンクロ値の上昇はNinephニンフが示す通りだし、ユニの動きだってなめらかだ。機械的な動作など微塵も感じない。

 ユニと初めて触れ合った時に抱いた予感は、やはり間違いではなかったのだ。


 5年ぶりに感じる創作の確かな手応えと充実感を心の奥で噛み締めながら、それがヘッドセット越しに繋がったユニにも伝わるように、僕は渾身の気合を込めてマイクへと叫んだ。


「"よし、行くよユーリ!僕とユニのデビュー戦、華々しく勝たせてもらうからな!"」


「"ハンッ!調子に乗るな泣き虫ススム!あたしの《イゼル》は、今までで最高の出来なんだから!!"」


 ヘッドセットの向こうから勝ち気な声が響く。それに合わせるように、フィールドの反対側で凛と佇んでいた青い戦乙女が長大な弓の弦をぎりりと引き絞った。青い光が手元に集まり、たちまち三本の光の矢が形成される。


 上等!

 僕は手元のインターフェースを操作し、いつでもオブジェクトとなるモデルを描けるようスタイラスを構えた。

準備は万全。あとは、こちらが動くだけだ。

 光の矢を躱すよう指示を出すべく、僕は電子世界の相棒へと視線を戻した。


 しかし。


「ユニ!全速力で回り…………ーーーー」


 相棒に最初の指示を出そうと口を開いた次の瞬間、僕は出かかっていた言葉を失ってユニの様子を呆然と眺めた。


 寝て、いる。


 純白の幼獣Artsアーツは、いつの間にか荒れた地面の上でくるんと身体を丸めながら、首を覆う被毛っぽいライトエフェクトに尻尾と頭を畳み込んで『ミュウー……ミュウー……』と気持ちよさそうな寝息を立てていた。

 さながら、年末にコタツの中で微睡む家猫のように。


「ユニ避けろ!ユニ!おい!!」


 一泊遅れて指示を出すも、ユニはまるで聞こえていない様子でぴくりとも動かない。あるいは、尻尾だけはぴょこぴょこと控えめに動いているので、聞こえてはいるが、僕の指示を無視して昼寝を優先しているという可能性もある。

 こんな事があるのか!?ストラグル中に寝るArtsアーツなんて聞いたことがない!


 パニックになりかけの僕の耳に、ビシュっと冷たく鋭い音が届く。

 反射的に視線を上向かせた一秒後、殺到してきた光の矢が吸い込まれるようにユニの華奢な体に命中して、綺羅びやかなライトエフェクトを宙に散らした。


 ヘッドセットのスピーカーから、ユーリが「あ……」と気の抜けた声を漏らす。


 大量の土煙と光の粒子が巻き上がる中、視界の右隅でユニの体力ゲージががくんと激減し、あっけなく消滅した。

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