クマという名の犬の物語

@LazyLadies

第1話 出逢い

 雷の音が激しく鳴り響き、雨が滝の様に降り注ぐ夏の日、僕は生まれた。

産まれて一番最初に僕が目にした物は、僕のママの優しい微笑みと、彼女の背後で鋭く光る雷の光だった。そして、自分の周りをせわしなく歩き回る人間達の足音と話し声が、徐々に僕の意識を目覚めさせ、ボンヤリとしていた頭の中にハッキリと聴こえ始めた。

「おかーさーん、一匹だけ真っ黒い子犬が産まれたよー」

「あら!珍しいわねー!きっとこの子は特別よ。何か特別な力を秘めてるかも」

「ホント!!」

「ウフフ。どうかしらねー。この子が大きくなってからのお楽しみね。」

そんな親子の会話を聞きながら僕は、深い眠りの中に引き込まれていった。


 ママのおっぱいは世界一美味しい。そう僕は犬。ポメラニアンという、まぁ、なんて言うの?人間に愛されるとっても可愛い犬種の一つってやつ?照れるけど。

 僕の他に兄弟は三人。周りの兄弟はみんな、綺麗な白や金色にかがやく毛並みなのに、なぜか兄弟の中で僕だけ黒色。なので僕は今、人間達からはクロと言う相性で呼ばれている。一度ママに、その事を訪ねてみた事がある。ママは少し寂しそうな顔をして

(ママにも良く解らないの。もしかしたら、お父さんの血が強く影響しているのかも。でも悪い事ではないのよ。ボウヤのお父さんはとても立派な犬だったのだから。)

 よく人間達が話している遺伝子の不思議というやつか、などと思いながら

(悪い事じゃやないなら、僕は大丈夫!)

と笑顔でママに答え、また大好きなおっぱいを飲み始めた。しかし、美味い!!

 

 季節が変わり、見た事の無い人間達が僕の住む家にも訪れる様になり、僕の兄弟達も一人、また一人と新しい家族が決まっていった。そんなある日、一人の若い男の人が僕の家にやってきた。玄関先で、家の住人が、

「あいにく、もう黒い仔犬しか残っていないんですよ。」

と、申し訳無さそうに言うのが聞こえた。

「そうですか。でも折角訪ねてきたので会わせてください。」

と、その若い男の人は丁寧にお辞儀をして、家主の狭い家ですがどうぞと言う声と共に、僕が寝ていたリビングルームに入ってきた。その瞬間、僕は今までに味わった事の無い恐怖(と偉そうに言ってもまだ生後8ヶ月なのだが)を感じ、思わず彼の方に振返った。なんと、彼の背後には、得体の知れない黒い塊がフワフワと浮いてた。

ワンワンワンワンワン!

(なんだお前は!!へっ、変なもん連れてきやがって!!こっ、こっちに来るな!!)

と、僕は力の限りに吠えた。

「こら!クロ!静かにしなさい!どうしたのかしら今日は、普段は滅多に吠えないのに」

と首をかしげる家主。

ワンワンワンワンワン!

(静かにしろってお前にはこの黒い塊が見えないのか!!やばいってやばいって)

と吠え続ける僕。

「この子が先程の黒い仔犬ですかー。元気があっていいじゃないですか。触ってみても大丈夫ですか?」

と、男の人。家主に構いませんよと促され、嬉しそうな顔でその黒い塊と一緒に僕に近づいて来る。

ワンワンワンワンワン!

(ギャ〜〜〜〜だから来るなって言ってんの!!触るな!!僕に触るな〜〜〜!!)

僕の気持ちなど全く知らないその男の人は、

「やっぱり男の子は、これくらい元気があったほうが良いです!」

と変に納得して

「この黒い犬、クロって呼ばれてるんでしたっけ?俺が引き取ってもいいですか?」

と満面の笑顔で家主に聞いて、家主も気に入って頂けたのならと、首を縦に振っていた。それを見ていた僕は遠吠えに近い鳴き声でママを見た。ママは、僕を真っ直ぐに見つめながら

(ボウヤとあの男の人の関係は、切っても切れない関係なの。あの人は必ずボウヤを大事に育ててくれる。だからあの人について行きなさい。)

と僕に語りかけた。

 何でママはそんな事が解るの?という疑問をぐっと飲み込み、恐る恐る彼の方をもう一度振返った。相変わらず、彼の背後にはさっきの黒い塊りがフワフワと浮いている。一瞬、僕の方を見た気がしたので、急いでママの所へ逃げていった。若い男の人と家主はしばらく何かを話していたが、彼がまだ犬を育てられる様な状況では無い事を告げ、一ヶ月後に戻って来る事を約束して帰って行った。もちろん黒い塊も一緒に。


 僕は暫く、あの黒い塊の事を考えていた。なぜ僕に見えたのか?なぜあそこに居た人間には見えなかったのか?ママは何故あんな事を言ったのか?色々な思いが頭に浮かんでは消えて行った。

 そろそろ一ヶ月が経とうするある日曜日、例の若い男の人が僕を迎えに来た。玄関先で何やら話す声が聞こえ、お邪魔いたしますと、彼はリビングルームに入って来た。また黒い塊と一緒に来たのか!?と、身構えていた僕だったが、彼の背後に例の黒い塊は存在しなかった。訳が分からすにポカーンとしている僕の所に歩み寄って来て、僕をヒョイと顔の前まで持ち上げると

「今日から俺とお前は家族だ。ヨロシクな!これから二人で楽しい生活を送ろうぜ!」

と、僕を抱きしめた。何かとても懐かしい匂いに包まれ、僕はママの方を見た。ママは相変わらずの優しい微笑みで僕を見つめていた。

「悲しいけど、ママにお別れの挨拶をしておいで。」

彼は僕をママの近くにそっと降ろしてくれた。

(ボウヤはこれから色々な事を経験するはず。でも、頑張って生きるのよ)

ママの声が頭に響いた。クゥーンという鳴き声とともに、ママは優しく僕の顔を舐めてくれた。何故だか解らないけど、これで二度とママに会うことも無いんだなっという感情が僕の頭を掠め、僕もママの顔をいっぱい舐めた。

「さぁ、旅立ちの時間だ。寂しい思いをさせてごめんな」

と彼が僕を抱き上げた。彼は、家の住人にも僕を抱いたまま一通り挨拶を済ませた。家の人も、頑張るのよ〜、元気でね〜と僕の頭を撫でてくれ、別れの寂しさが僕の胸を突き上げた。

 家の外に出て、彼はもう一度大事に育てますと、家の住人に頭を下げた。いつもの見慣れた景色が、今日の僕には少し違って見える。僕は、彼に抱かれたまま彼の車に乗り込んだ。車のガラス越しに、もう一度、自分が生まれた家を見上げた。過ごした時間は短かったけれど、僕にとっては最高の家だった。家の人に見送られながら車はゆっくりと走り出した。ママとの別れは辛かったけど、これから始まる生活に、何故か胸のワクワクが止まらない。振り返ると、自分の生まれた家が小さくなっていくのが見える。郊外の静かな道を、僕を乗せた車はゆっくりと走っていく。


つづく



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