三曲目:MARETU(極悪P)『ゴキブリの味』

 先日ニコニコ動画のマイページを確認したら、懐かしい人が新曲を公開していた。

 ボカロPとして人気の高い、MARETUさんだ。

 私は中学の頃、毎日の様にボカロ曲を聞き漁っていた。MARETUさんは、その過程で知ったボカロPの一人だ。

 この方が書く曲は、どれもこれもネガティブで、暗い雰囲気に包まれている。そして、激しいギターやドラムなどで生み出される激情が、そこに混ざってくるのだ。

 私はMARETUさんの作風が好きで、当時はよくリピート再生して聞いていた。『コインロッカーベイビー』も『脳内革命ガール』も『ホワイトハッピー』も『スヂ』も『スクラマイズ』も『マインドブランド』も……とにかく何回も聞いた。

 まあ、この方はよく暴走するので、中には『P名言ってみろ!』だったり『可愛くなりたい(メタルアレンジ)』だったりと、笑うしかない曲もあるにはあるのだが……。これに関しては機会があればまた書こうと思う。

 そんなわけで、私はMARETUさんの発表した曲は例外なく好きになっていた。そして今回投稿されたのは『ゴキブリの味』という、見るからにネガティブの塊のようなタイトルの曲。サムネイルも往年の言葉で作られた絵のもので、期待は否応なく高まっていった。今回はどれだけ私をぞくぞくさせてくれるんだ、と。

 そして、再生して拍子抜けしてしまった。MARETUさんらしくない、明るいメロディーが流れたからだ。

 いや、少し聞けば確かにMARETUさんらしさはある。『そりゃやっぱり傷つく事もあるけど』の直後に、合いの手で『こんな風にか?』と言って現れるハートマークが、生々しい音と共に切り裂かれて画面が真っ赤に染まったり、『くだらない個性は矯正しましょう』という歌詞だったりだ。それに何より、ミュージックビデオが凶悪だった。歌詞でする人はいるにしても、ミュージックビデオでいじめ調査アンケートをする人はそうそういないのではないか。私は小学校のころを思い出して心が抉れた。あれは凶悪だった。

 ただそれでも、明るいメロディーという印象は全くと言って良いほどないわけで、正直がっかりしていた。

 しかしそれも二番の途中まで。『誰誰かの不幸せには』と歌った直後、急に演奏が止まって初音ミクの早口が始まったところで、おっ、となった。この妙に生生しい言い回しは、明らかにいつものMARETUさんだと。

 そしてその後、『思い切り哂うんだ!』とミクが歌って、MARETUさんのネガティブな世界が広がったとき、私は『これは名曲だな』となった。それは最後の最後まで、変わることはなかった。

 曲中で幾度となく曲調が変わるのだが、その不安定さが狂気じみていて、ただネガティブなだけの曲にはない独特の雰囲気を醸し出している。最後の重低音と意味不明な言葉の羅列から、急に簡素なメロディーだけになるところも、すっと抜けていくような爽快感がありながらも、ねちっこく心に絡みついてくる不快感がある。矛盾しているようだが、実際そうなのだから仕方がない。

 あの狂気は、作ろうと思って作れるものではないだろう。『スクラマイズ』も『スヂ』も『うまれるまえは』も『うみなおし』も、そして『コインロッカーベイビー』も狂気に満ちているが、今回の曲はその比ではなかった。

 私は、この『ゴキブリの味』こそMARETUさんの本領を発揮した名曲だと、勝手に思っている。

 MARETUさんの本領を遺憾なく発揮した狂気の新曲。ぜひ一度聞いてみてほしい。

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