第一話 依頼




 煉瓦造りの家々とアスファルトで舗装された大通り。

 それらがどこか古めかしい雰囲気を醸し出す街『ミルメレオ』は大陸の南部に位置する小規模な街だ。

 城はなく、治めているのは有権者によって選ばれた権力者。

 商品の並べられた市場もあり、人たちが集い憩うことのできる広場もある。

 そんなごく普通の街にどんな時間であれ一際賑わう場所があった。

 それはーー酒場だ。

 他の例におぼれず、野郎どもで賑わうその場所は夕暮れになった今も真昼のように輝いていた。




☆☆




「っはぁ」


 木製ジョッキに口をつけて中身を一飲み。

 そうするや否や、乾いた喉へ刺さるような鋭い冷たさが沁み込んでいく。

 レイニスは感慨深そうに息を吐くと持っていたジョッキを机の上に戻した。

 それから手元に置かれていたフォークを手に取ると、目の前にあった一口サイズに切り分けられた肉の一つへ突き立てた。

 そして、それを口の中に放り込むと目を細め、その味を噛み締めるように咀嚼しながら呟いた。


「久しぶりだなぁ、これ食べるの」


 切り分けられた後に焼かれているため肉汁はあまり出てこない。

 しかし、塩や胡椒によって味付けされた大雑把な塩辛さが飢えた舌をさらに刺激する。


「うん、うまい」


 多少粗はあるが供しているのは料理店でなく酒場だ。

 酒のおまけとして作られている以上その点を指摘するのは野暮というものだろう。

 自分好みな安い味に舌鼓を打ったレイニスは机の上に備え付けられていた布で口元を拭うと、どことなく嬉しそうに言葉を漏らした。


「どうしようか、もう一皿注文してみるかな?」


 頬杖を突き、財布の中身と今後の予定を脳内で照らし合わせるレイニス。

 今を取るか、それとも未来を取るか。

 激しい板挟みに苦しむレイニスが何の気もなしにもう一刺ししようと手を伸ばした。

 その時だった。


「随分と良い身分だなレイニス」

「うげ、何で来たし……」


 突如現れ、レイニスの手を遮るように皿の上へフォークを突き立てたのは長身瘦躯の若い青年だった。

 後ろで結わえられている炎のように赤い長髪と、見るだけでも射殺すことのできそうな程に鋭い目つき。

 どこか棘を感じさせるその青年は突き刺した肉を口の中へ入れると、レイニスの反対側にあった椅子へドサリと腰を下ろした。


「ちょ、俺の肉を勝手に食ってんじゃねえよカルマ!」

「知るか。どうせもう一皿頼む算段をしていただろうて」

「う、ようご存じで……」


 自分の考えを的確に見抜かれてしまい、思わず口を窄めるレイニス。

 カルマと呼ばれた男はつまらないとでも言いたげに鼻を鳴らすと、見せつけるようにフォークを突き立ててから肉をもう一口放り込んでみせた。

 それは、あからさまな挑発だった。

 レイニスは自分を差し置いて供された料理を堪能する目の前の男の姿に顔をしかめたが、何をするのでもなくただ不機嫌そうな表情を浮かべながら口を開いた。


「で、何だよ。ただ俺の肉を食いに来たってわけじゃないんだろ?」

「そうだ、と言ったらどうする?」

「おい!」

「冗談だ阿呆」


 心外だ、とでも言いたげな表情で嘯いたカルマはフォークを置くと、ポケットから一枚の紙を取り出した。

 そこに描かれていたのは文字ではなく、絵だった。

 黒く大きな巨体と血のように紅い双眸をした人の型をした何か。

 それを見たレイニスは紙から目を離すといぶかし気な表情でカルマを見た。


「おいカルマ」

「何だ」

「これって『霊』じゃなくて『騒霊』……だよな?」

「そうだ」


 レイニスの疑問に返ってきたのはただ一言の答えだった。



 強い未練を抱えながらその命を終えた者は例外なく全員が『霊』となってさまよう。

 その未練を解決し、彼等が安らかに旅立てるよう『浄化』するのがレイニスを筆頭とする『伝達屋』と呼ばれる者たちの役目だ。

 だが、その役目を果たしているのは人間だ。

 故に彼等とて全ての『霊』を『浄化』させることなど到底できることではない。

 そうしてあぶれてしまった『霊』たちは時間を経ると共に理性を失っていき、果てには狂暴化して無関係な人たちへと牙を剥くようになる。

 そうなってしまった『霊』のことを彼等は『騒霊』と呼んでいる。


 閑話休題。


 レイニスは毅然とするカルマに向かって胡散臭そうな目をすると、心底不思議そうな声色で話しかけた。


「なあカルマ。俺は『伝達屋』であって、お前らみたいな『退治屋』じゃあないんだが」


 『退治屋』ーーそれは狂暴化した霊である『騒霊』を無理矢理『浄化』させる役目を果たしている者たちのことを指している。

 だが、その『退治屋』であるカルマの口から二の句も継がせぬ勢いで放たれたのは完全なる否定の言葉だった。


「ほざけ。貴様のようなそこいらの『退治屋』よりも強い『伝達屋』がそうそういてたまるか」

「えぇ……」

「……まあいい」


 あまりの物言いに言葉を失ったレイニス。

 カルマは呆れたような表情でため息を吐くと、机の上に広げていた紙をレイニスの目の前に差し出しながら口を開いた。


「浄化しろ、とは言わん。ただ街の郊外にある『魔の森』でこれらしき影を見たという噂を聞いた。その真偽を確かめてほしい」

「お前が行けばいいじゃん」

「俺は別口の依頼があって時間が取れん。だから貴様に頼んでいる」

「ふーん……まあ、それくらいならやってやるよ」


 レイニスはおもむろに立ち上がると残っていた肉を纏めて突き刺し、一気に頬張った。

 そして、その場を去ろうと足を外に向けたが、それに待ったを掛けたのはカルマだった。


「一応とはいえ依頼だ。金は出す」

「いい、ダチのよしみだ。無料で受けてやるよ」

「……すまない」


 手を出してまで拒否の意思を示すレイニス。

 その姿と言葉に偽りがないことを感じ取ったカルマは申し訳なさそうな声色で呟くと外へ向かうレイニスの背中を静かに見送ったのだった。



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