心想の伝達者
大和大和
騒霊のフェルミコン編
第零話 伝達屋
それは雪がさんさんと降り積もる静かな夜の刻だった。
ほつほつと灰色の空から降り注ぐ細雪は大地を一面銀世界へと変え、時折、降り積もった雪を舞い上がらせる冷風は肌を撫でる度に僅かな痛みを伴っている。
静かで幻想的な世界。
そんな世界で不意に響いたのは穏やかで温もりのある優しい男の声だった。
☆☆
母さんへ
元気にしてますか。
俺は、辛いです。
仕事はいつも失敗ばかりで、うまくいきません。
もう五年になります。
今になってどんなに母さんが必死になって働いていたのかわかりました。
母さん。
今は友達も、お金も、何もありません。
でも、頑張ってます。
いつか、母さんのところに行った時に俺、こんなに頑張ったんだよって言えるように今必死に頑張ってます。
だけど、とても辛いです。
時には死んでしまいたいと思うぐらいに辛いです。
でも、頑張ってます。
だから母さん。
どうか、俺が死ぬその時まで見守ってください。
そしていつか、どうか、俺のことを抱きしめてほしいです。
子供の時のように、また、抱きしめてほしいです。
今は、ただ、それだけを夢見て頑張ってます。
だから、お願いします。
あなたを愛し、また、あなたが愛してくれた馬鹿息子より
☆☆
「う、うぅ」
手の中にあるのは一枚の小さな小さな紙切れ。
そこに書かれていた想いを全て伝えた青年は優しく挟むように手紙を閉じると、そっと目を細めた。
目の前にいるのは一人の女性。
側目から見ても美しさと優しさを感じさせる雰囲気を放っている。
だが、どこか奇妙だった。
外は今もなお冷気が駆け抜け、黒一色に染まった夜空からは月明りに煌めく青白い雪が降り続けている。
それにも関わらず、装いは家の中にいるような質素な恰好で、寒さをしのぐための道具は何一つ身に着けていない。
まるで寒さを感じさせないその姿は、今、この場においては異常としか言いようがない。
しかし、彼女に限って言えば、それは異常でも何でもなかった。
何故なら、
--目の前で泣いている女性はもうすでに死んだ人、すなわち『霊』なのだから。
「……あなたの息子さんは、私が見ても確かに苦しそうでしたし、辛そうでした。……でも、確かに頑張っていました。あなたの息子さんは必死に『生きて』いました。だから……息子さんがあなたの元に来た時は母親として、息子さんのことを抱きしめてあげてください。優しく、抱きしめてあげてください。」
「うぅ、はい……」
腰を屈め、静かにこらえながら泣き続ける女性の背に手を添えた青年は、おもむろに口を開くと穏やかな声色で囁くような声量でそう優しく語りかけた。
その言葉に力を取り戻したのか、留まることを知らぬ涙を拭い、目元を押さえた女性は小さく頷くとその場に静かに立ち上がった。
それから、赤く晴れ上がった瞳を青年に向けた女性は小さく口を開いた。
「息子は……私の息子は……元気、なんですね?」
「ええ、元気です」
「今も……頑張って……いるんですね?」
「ええ、頑張っています」
「……わかりました」
そう言葉を切り、目を閉じた女性は胸の上に両手を重ねると、そっと瞼を開いた。
そこから覗くは死者とは思えないような強い光を宿した真剣な眼差し。
「おかげで、私自身の迷いを振り切ることができました。……今なら何の憂いもなく行けそうです」
返事は、なかった。
しかし、先程とは打って変わって穏やかな表情を浮かべた女性は、ただ悲しそうな瞳を向ける青年に小さくお辞儀をした。
--ありがとう、ございました。
そう別れを切り出した瞬間、突如女性の身体から幾つもの小さな光が空へ舞い上がり始めた。
少しずつ色と形を失いながらも安らかな表情の女性と、さんさんと降り注ぐ粉雪とは真逆の方向へ舞う小さな光たち。
この現象を、この不思議な光景の名を、青年は知っている。
その名はーー『浄化』。
迷いや悩みなどといった未練がなくなった死者が、この世を旅立つことを示す明確なる証。
「……あなたの『想い』。確かに伝えました」
フードを深く被り、そう小さく呟いた青年ーーレイニス・アキルダは、踵を返すと一面に広がる銀世界を踏みしめるように去っていったのだった。
☆☆
この世界には死んだ者たちーー『霊』と呼ばれるものが至る所、至る場所に存在する。
そんな彼らに『心』と『想い』を伝えたいと願う者たちがいた。
だが、『霊』とは霊と交わる力を持つ者ーー通称『霊能者』と呼ばれる者たちでなければそれを伝えることはできない。
そこで現れたのはそんな人たちの代わりに『想い』を伝える霊能者だった。
『心』を『伝え』、『想い』を『
そんな彼らにいつしか感謝と畏敬の念を抱いた人たちはこう呼んだのだった。
--伝達屋、と。
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