第30話俊介 対 衛・志信・悟

体操着から制服に着替え終わり昼食時となった。

いつものように衛の席を囲むようにお弁当を食べる。

そこには常連の伊藤志信の他に佐藤悟と出口俊介の姿もあった。

志信と悟に体育の授業後の俊介とのことを掻い摘んで話した。

志信は体育後の衛が気掛かりだったこともあり、ホッとした表情を浮かべた。

体育の授業などで顔見知りということもあり志信と俊介とは直ぐに打ち解けたように見えた。

そして意外なことに悟も将棋に対して興味を強く示し、駒の動かし方などを俊介にしきりと質問するなど友好的だった。

衛はてっきりアニメ以外に悟は興味を示さないと思っていたので、悟に対して少し罪悪感を感じた。

どうやら一つのことにのめり込むという俊介の姿勢に悟は共感が湧いたのかもしれないなと衛は思った。

座席は衛の左通路を志信が椅子を移動し座り、右隣の机に悟が座った。

何かと椿が利用する機会の多い正面の机には俊介が座り、椅子ごとこちらに向いている。衛の机には俊介手製のノート将棋盤が置かれ、各々は弁当を胸に抱くようにして食事をする格好となった。

出会って15分ほどでそれぞれの紹介と悟への将棋のルール説明も終わり、さっそく弁当を食べながら将棋を1対3ですることになった。

志信はお世話になっている空手の先生と将棋をするということで、志信が衛と悟の大将となった。

衛と悟はアイデアを出すという立場で見守り役に回った。

衛は内心3人で考えれば拮抗した試合になるのではないかと楽観的に思っていたのだが、開始僅かな時間で盤面はみるみる俊介側に傾いていった。

気が付けば3人で考えることと言えば、いかに駒を取られずに済むかの会話ばかりになっていた。

自信を見せていた志信もこんな展開は予想していなかったことらしく「バカな!」「その手があったか!?」などと悲鳴を上げてばかりだった。

漫画的表現で言えば、この短い時間だけで志信のメガネのレンズは何枚も割れていたことだろう。

俊介はそんな情けない3人を馬鹿にする風でもなく、早々に弁当を平らげると腕を組んで基盤を睨み続けている。

こいつ将棋になると容赦がないなと衛は心の中で思った。

しかし、それまで口数の少なかった悟が黙る俊介に対し


「ねぇ、ここに指されると嫌に感じる?」


と質問したことで、それまでの緊張感のある雰囲気が変わった。


「ん・・・・そ~だな、その一手だけならなんとも言えないが、今までよりはマシな手かな。何か基盤の見方を変えたのか?」


「え、いや~将棋の事は分かんねぇけど、全体を見渡したらさここに指すのが良い気がしたんだよね」


「その発想はいいんじゃねぇか。少なくとも石田と伊藤よりはセンスがありそうだな!」

俊介がこちらを見て意地の悪い笑みを見せる。


「はぁーーーーん!!俺が初心者の悟にO・TO・RU(劣る)だと!!そんなはずはない!」


「俺もそう思う」


俊介の笑みに反射的に志信と衛が応じる。

特に志信はなんとか打開しようと頭を悩ませていたところをバカにされ、リアクションが大きい。

ここでもレンズは割れたことだろう。


「お前たちは逃げ腰だから全然怖くねぇ。堅実な性格がでてるな」


と俊介に言われてしまい2人とも反論できない。

見事に自分たちの性格を言い当てられてしまった。


「Shit!将棋がこんなに奥の深いものだとは思わなかった。まさかこんなゲームで性格を言われるとは」


プライドが傷ついたのか志信は少し暴走気味になっていた。


「もし出口が俺たちの立場ならここからどう巻き返す?」


何事もなかったように悟が出口に聞く。

悟の意外な一面?に衛も志信も驚く。

まさか悟がここまで将棋に興味を持つとは思っていなかった。


「それならここから一手一手皆で議論していくか!そういうのも俺は好きだぜ」


悟の熱心な姿勢が嬉しいのか俊介は喜んで応じる。

そこからは俊介の”俺なら~”という言葉を聞き、”それなら~”と3人が質問や意見を出すという形式に変わっていった。

俊介の意見に志信が即座にを言い返す、それを踏まえて衛が質問し、悟が新しい提案をするというかたちで昼食の時間が終わるまで続いた。

勝負は関係なくなっていたものの俊介の表情は明るかった

「まさかお前らがここまで真剣に臨んでくるとは思ってなかったぜ。部室で部員と適当に話してるより有意義に感じたくらいだよ。なんか新鮮だった。良かったらまた将棋しようぜ」


「結局討論になってしまったが、やるからには俺は勝つつもりだからな!ただ、今はお前に手も足も出ないのは認めるよ。俺もいい頭の体操になった!いつでも歓迎だ」


弁当を片付けつつ話す俊介に志信も将棋盤ノートと駒を片付けながら答える。

全く歯が立たなかったことが悔しかったらしく、言葉に力がこもっていた。


「俺も楽しかったから全然構わないよ。同じ将棋盤を見てるのに皆全然違う意見が出るのって楽しいしね」


「こんなに将棋が楽しいとは思わなかったもんな。こう・・・・盤面を見てると色々と物語ができあがっていく感じが俺は楽しかったな」


衛の無難な感想に対して悟は一人だけ極端に見方が変わっているのか、変な感想を漏らした。


「・・・もう時間がねぇから聞かないけど、明日物語の意味を教えてくれ。新しい見方ができるかもしれないからな」


どこまでも将棋に対して貪欲な出口は悟の意見に興味津々だった。

正直衛も悟の言葉に興味を惹かれた。

俊介を含む楽しい昼食を過ごせたことで衛はすっかり昼食後の授業を平常の気持ちで受けることができた。

また、休憩中の揶揄も気にならなくなった。

俊介が話相手になってくれたからだ。

帰宅は悟と帰りここでも笑い合いながら帰宅の途に着くことができた。

自室で一息つく。

怒涛の一日だったと言えるだろう。

体育の授業が終わった時にはどうなることかと衛には思えた。

まさか自分がイジメの対象にされるとは夢にも思っていなかった。

羽柴結衣とのことで茶化される程度と考えていた。

人はおよそ想定もできない出来事にぶつかると、本当に先の見通しが立たなくなるのだと痛感させられた。

出口俊介が昇降口に立っていなければ、あの時B組の教室のドアを空けることができただろうか?

想像しただけでもゾッとする。

それだけにやはり心温かな気持ちにさせてくれる友人たちには、感謝の気持ちしかない一日だったと満たされた思いにもなれた。

もしこの先今日の自分と同じ様な境遇に彼らが立たされた時は、隣で寄り添う優しさを持ちたいと衛は強く思った。

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