第22話静寂の中で孤独を感じ、友人の有り難みを知る
その後のホームルームを告げるチャイムが鳴るまでの短い間B組は騒然となっていた。
クラスの大多数の生徒の前で告白された衛は、顔を真っ赤にしながら俯き大人しく自身の席に座っていた。
衛は結衣が去った後、B組の弓道部員にプリントを手渡すと直ぐに座先に座った。
どうやら手紙は椿が丁寧に折りたたんでくれたようで、机の上に置かれていた。
手紙も衛同様好奇の対象になっていたため、直ぐにバックにしまった。
椿と志信の2人が衛をガードをするような位置で他愛ない会話をしてくれていたお陰で、クラスメイトから絡まれることはなかった。
ホームルームのチャイムが鳴った時椿が一言”良かったじゃない”と言ってくれた。
周囲は好奇の目を放りガヤガヤと遠慮のない音量で話に興じていた。
中には2人が付き合う可能性ができたことで、少なからずショックな顔を浮かべる者いたようだった。
光流も結衣が立ち去ると、いつの間にか自分の席で友人たちを談笑をしていた。
何度か「衛」の名も聞こえてきており、盛んに話題にしているようであった。
光流は爽やかな笑顔を周囲に向けていたが、結衣が告白し去った直後振り返った衛を見る光流の目は、驚愕に満ちていた。
衛と目が合うと激しい増悪の光が灯ったように見えた。
「公開処刑にならなくて良かったな」
衛にだけ聞こえるよう呟く光流の顔は、美味しい食べ物を前に舌なめずりしている獣のようであった。
光流のその表情を見て以降、結衣の告白で膨れ上がり形容し難い胸の鼓動へと昇華し始めていた気持が、途中で空中分解してしまったように感じた。
それはみるみる素直に喜べなないものへと変貌を遂げていき、ついにはどす黒い不安へと予冷を待つ間に変わっていった。
現在、1限目の授業を受けているものの、全く集中できていない。
それは開始する前から分かりきっていた。
衛の心臓はドクンドクンと脈を打ち興奮を表しているものの、頭はどこか冷静であり、心と身体のバランスがどこかチグハグになってしまっていた。
例えるなら自分と結衣とで一つ一つ確認し合い・段階を踏み・少しずつ醸成されていくべきものを、ズカズカと侵入した部外者たちに乱暴に掻き回された結果、本来なら美しい飴色と光沢で輝くべきものが、醜悪で排水受けに残ったカスのようなものにされてしまった。
そんな気持と呼べるだろうか。
いずれにしろ衛は混乱し素直に座っていることが苦痛でしょうがなかった。
依然として自分に向けらる好奇の視線もそれに拍車をかけていた。
(結衣と一度ゆっくり話をしたいな・・・)
心の底からそう思った。
昼食の時間になった。
午前中の休憩時間は酷く苦痛な時間だった。
毎度のこと告白の返事についてクラスメイトから質問された。
その回答を濁すことにひたすら休憩時間を費やされてしまった。
普段なら話すことのない女生徒や男子生徒とも話すことになり、気疲れしてしまった。
多分志信も隣のクラスで同じような立場で、ラブレターの内容について質問攻めにあっていることだろう。
椿も同様に事情を知らない友人にあれこれと尋ねられ、珍しく押されている場面を多く見かけた。
そして衛は一人で食事をしていた。
流石に1時間もある食事時まで追及する生徒はいないようだった。
むしろどこか腫れ物にでも触るような扱いのようでもあった。
椿は別の友人と食事するため席を外しており、志信はスマートフォンにクラスの友人に捕まった旨の連絡を、先ほど衛にくれたばかりだった。
正直、衛は心細かった。
登下校を一人でしても気にしない性格をしている衛は、トイレや昼食を友人と歩調を合わせて行う必要を普段は感じていなかった。
しかし、朝から落ち着かない気持が継続しているこの状況下では、流石に1人でいたくなかった。
酷く孤独を感じ、まるで自分だけ言葉の通じない国に来たかのような気分だった。
朝早くから起き作ってくれた母親には申し訳ないが、冷えたご飯が喉を通るたびに衛の心も一層冷えていくようだった。
普段の自分の振る舞いが、こういう形で反ってくるとは夢にも思わなかった。
また、気を遣って衛に話しかけてくれる友人も教室にはいなかった。
自分はやはり冷たい性格であり、それをクラスメイトたちはしっかりと分かっているのだろう。
自嘲気味に薄く笑うと情けなくなった。
まさか告白された日の昼食が、こんなに無味乾燥としたものとなるとは夢にも思わなかった。
「お~~っす!衛君いますか!!悟が一緒に食べに来たよ~」
そんな衛の気持ちを吹き飛ばす大きな声。
教室の後方の扉から聞こえた声の主は佐藤悟だった。
(・・・ああ、渡りに船とはこのことか)
と衛は思った。
「ここの席空いてるかな?座らせてもらいますね~!」
弁当を下げた悟はズカズカと教室に入り衛の隣の席の前で言った。
衛の隣の生徒は昼食の時間中クラスから離れて過ごすのだが、知らない悟は本人が教室にいる前提でしっかり聞こえるよう、大きな声で宣言するのだった。
「ここの人はギリギリまで帰ってこないから大丈夫だよ」
と悟に伝え衛は椅子を引いて悟の着席を促した。
「あんがと、それにしても衛は寂しい絵面で飯食ってんのな。朝の出来事を聞いて心配してきたけど、想像した通りになってやんの」
悟は普段親しい友人たちとD組で弁当を食べている。
B組の大半が悟の性格を嫌って不躾な視線を寄越すので、悟もそれを嫌ってB組に入って来るのは稀なことであった。
今も笑いながら話す悟は、努めて好奇の目を集める衛の防波堤になってくれているのだろう。
自身も決して居心地のいい場所ではないはずだろうに。
そんな優しすぎる友人に深い感謝の気持ちを込めて
「さとっちには俺感謝してばっかりだよ。俺が女性なら好きになってるところだよ」
と本音を漏らした。
すると悟は頭を机にぶつける直前まで腰を折り、プルプルと肩を震わせ始めた。
「・・!・・・・!お前止めろよ!腹が捩れるって!お前告白する相手を間違えんなよな~!?朝から気が動転しててまだ変になってんじゃないのか?」
と声にならない笑いをしながら、悟はゼイゼイ苦しそうに言った。
「いや、確かにその通りなんだけど、告白とか今言わないでくれる?」
「馬鹿野郎!!デリケートなことだから笑いに変えてやってんだろ!それにこの話題はお前が始めたことだろうが!俺は深夜アニメの話をしようと思ってたのによ!」
「・・・・・・」
確かにその通りだった。
衛はぐうの音もでず沈黙してしまったが、さっきまでの一人で食事していた時とは雲泥の差だった。
唇の端が僅かに持ち上がり心が軽くなっている。
「なんだ悟も来てたのか。賑やかで安心したよ」
毎度お馴染の黒縁メガネ大男。
志信も教室前方からやって来てくれた。
「自分のクラスで食事をするんじゃなかったの?」
まさか志信が現れるとは思わず、衛は口をポカンと開けて驚く。
「いや、休憩の度に同じ質問ばかりだったかな。いい加減飽きてきたのと衛の心配もあったから切り上げてきたんだ」
志信の返事に再び悟の時と同様に衛の心に温かな風が吹いた。
「因みに、羽柴さんの方は仲のいい友人が休憩時間中ずっとガードをしていて、今も弓道部の部室で食べてるはずだ。お前心配だったろ?」
どこまでも優しい上に気の利く友人だった。
「ありがとう!様子が聞けて少し安心したよ。俺はいい友人を持ったな」
「いや、元を正せば俺が茶化したせいで衛も羽柴さんも注目を集めることになってしまったからな、罪滅ぼしのようなもんだ」
と衛と志信はお互いにはにかんだ笑顔を向ける。
「お前らひょっとして毎度そんな会話をしてるのか?うげ~」
悟の顔からは男同士で気持ち悪いという侮蔑の表情が隠しもせずに表れていた。
「衛!お前俺に対してもそうだったけど、朝の事件でそっちに目覚めたんじゃないだろうな!いつも以上に素直なこと言うから、誤解を招くぞ」
「・・・・いつか椿が言っていた噂話が本当になりつつあるということか!?衛、あの時は仲良くしようと言ったが、俺にその気はないからな!本気にするなよ!?」
と悟の忠告にすかさず志信が茶化しはじめる
。一気に衛の周囲が賑やかになり弁当の箸もみるみる進むようになった。
「そういえば今年の夏は衛どうする?例年通り道場に顔を出すか?」
箸を止め思い出したように志信が言う。
「うん。今年も参加させてもらうよ。志信も部活よりも道場の方を優先するんでしょ?」
「ああ、顧問の先生にはもう報告済みで了承してもらえたよ。今年は体を鍛える一環で高尾山に皆で上る予定もあるぞ。・・・・衛も良かったらどうだ?」
「そうだな・・・今のところ遠慮しておきたいかな」
「そう言うと思ったよ。お前は子供が苦手だもんな。ただでさえ壁を作るタイプだからな。まぁ、だからこそ参加して欲しい気持ちが俺はにあるんだがな」
「・・・?さっきから何の話をしてるんだ」
衛と志信の会話についていけず大人しく聞いていた悟が口を挟む。
「2人だけで話しちゃってごめんね。毎年、夏休みになると志信が通ってる空手の道場に俺も参加させてもらっているんだ。志信の友達ってだけで信用してもらえるみたい」
「ほぉ、それは楽しそうだな!」
「お前が真面目に鍛錬するから信用されているだけなだがな」
「毎年新鮮な気持ちでできるからただ楽しいよ。俺は夏の間だけだから毎年基礎の繰り返しになっちゃうんだけど・・・良かったら悟もどう?志信に丁寧に教えてもらえるよ!」
「おい!お前らその譲り合いの会話気持ち悪いからを止めろ!!それと誘ってもらえて嬉しいいけど俺はいい。俺は夏の間に録画したアニメを鑑賞する使命があるからな!それにコミケという一大イベントも待ち受けているから、軍資金を貯めなければいけないしな!」
「お・・おう。お前はお前で楽しそうな夏休みだな」
志信が悟の剣幕に押され感想を口にする。
2人の友人に囲まれ会話に花が咲く。
食べ始めた頃とは打って変わって楽しい気持ちになる。
教室の風景もモノクロから鮮やかな色が生じたように感じた。
心地のいい友人たちの会話を聞きながら、自分は幸せ者だなと口にはせず衛は思うのであった。
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