第34話最終話 前編 簡単なようで難しいこと
ツクモに力を貸した影響で少し気だるさを覚えた体で茂みを歩く。
前を歩く白猫のツクモも目的の場所が近づいていることで、口数少なく顔も険しくなっている。
目的の場所、禁領地は3人の老人たちと出会ってから20分ほど歩いた場所にあった。
鬱蒼と生える草木を手で退け、ほとんど人の通行がないため獣道のような地面を歩いてきた。
しかし、禁領地の入り口はタイヨウにも直ぐに分かった。
何故なら2本の縄が木に括り付けられ通行を遮断するその先、そこからは草木の生育が悪く一帯が広く開かれていたからだ。
気のせいかもしれなが、風も凪いでいる。
重く肌にまとわり付くような空気は生暖かく気分のいいものではない。
「私がここに住んでいた時とは別物ね……」
警戒心を強めたツクモが悔しそうな、悲しそうな声音で呟く。
長いこと山を守り、人と動物と植物を見守り続けていたこの場所に強い思い入れがあるのだろう。
僅かな時間ツクモは歩みを止めていたが、縄を潜り抜けると禁領地へと進んで行く。
タイヨウも縄を跨ぐようにして禁領地へと足を踏み入れた。
ここまでの道のりで随分と自分たちの口数が少なくなっていることに気が付いた。
それはここへと通じる脇道を通りはじめていた時には聞こえていた鳥や虫の声が今ではなくなり、あたりを静寂が包んでいるせいなのかもしれない。
ウロも身構えるようにタイヨウの肩に乗って大人しくしている。
ひょっとしたら自分よりもツクモとウロは多くの異変を察知しているのかも知れない、とタイヨウは思った。
禁領地はそれまでと比べて見通しの良い場所だった。
しかし、草木が伸びても直ぐに腐ってしまうのか土はどこもジュクジュクと湿っている。決して日が当たらないわけではない。
一歩、一歩踏みしめる度にグチャ、グチャと足の裏を伝わる感触が気持ち悪い。
村を出る時に適当に草鞋を見つけたタイヨウは履くことにしたのだが、それでも水気を含んだ土が沈む感触はタイヨウを不快にせさた。
……最初タイヨウは遠目に大きな岩があることに気が付いた。
土気色した2メートルほどの岩が前方にあり、その近くには小さは祠が建っている。
2つ合わせてこの山を守る主を祀るものなのか思った。
そして祠の背にある壁からはチロチロと濁った湧き水が流れ出ていた。
しかしどうも様子がおかしい。
何か岩の形が変化しているように見えるのだ。
眉間にシワを寄せジッとうかがってみる。
やはりそうだ。
先程岩の角と思われた場所が丸みを帯びている。
間違いなく岩の形が絶えず変わっている。
前を歩くツクモが立ち止まる。
「あなたも気付いたと思うけれど、目の前のアレが現山の主よ。犠牲になった人たちを飲み込んだことで肥大化してしまっているわね……」
「え…」
タイヨウは奇妙な岩としか思っていなかったため、山の主と言われ困惑する。
ウロは分かっていたようで前屈みに重心を置き警戒心を最大にしている。
「恐れることはないわ、もう少し近づきましょう」
ハッキリとツクモはそう言うと再び歩き出す。
タイヨウは躊躇ったものの、その後に付いて行く。
この時タイヨウはその得体の知れない岩が不気味でしょうがなかった。
そしてその岩の輪郭がハッキリと分かった時、タイヨウの全身からドッと汗が吹き出した。
そして全身が痙攣するようにカタカタと震えだした。
岩ではなかったのだ。
それは何と形容すればいいのだろうか?
人の集合体それが一番近い言葉だろうか?
見上げる程に大きな塊は無数の人の腕や足や胴、頭部でできている。
その1つ1つの体が呼吸に合わせて流動するような動きを見せている。
腐敗する直前の血の気のない色は吐き気を催すほど不快であった。
タイヨウはそれが何であるか視認してしまうと、そこから先一歩も進めなくなってしまった。
今、山の主と思われる大きな口はミギテと思われる人を丸呑みにしている。
頭を丸呑みにされているミギテは、僅かに手や足を振って抵抗しているようだが、山の主には大して効いているようには見えない。
もし、この世界にやってきたばかりのタイヨウが同じ目にあったのならば、このミギテと同じ様な抵抗しかしていなかったかもしれない。
そんなことを考える力の失われた脳で思いながら、立ち尽くして見ていることしかできなかった。
「タイヨウ、意識をしっかりと持って」
いつの間にかタイヨウの足元に来ていたツクモが、見上げるようにして言う。
その目は何かを訴えかけるような切実な光を宿していた。
「残念だけど、私とウロは山の主にしてあげられることはないの……」
その言葉を聞いてタイヨウの目が驚愕に見開かれる。
「何を言って…る……の?」
「ここからはあなたにしかできないことなの。あなたがあの山の主に向き合うの」
どこか悔しげで悲しげな声。
本来なら自分がしたいであろうことができない苦しみを抱えているようだった。
まるでその口振りはすべき事が分かっている風でもあった。
「ツクモは何かを知ってるの?何をすればいいの?」
ショックと恐怖で肉の塊から目を逸らすことができないまま、抑揚無く呟く。
「本当にごめんなさい。それは言えないわ。でも大切なのはどうすればいいか?じゃないの……あなたがどうしたいかなの」
情けなく頭を下げてそう言うツクモは泣いているのかもしれない。
(どいういうことだろう……)
呆然と立ち尽くす俺が最初に考えたことは
(ああ、俺に犠牲になれって言ってるのか)
という結論だった。
(何だ。結局こいつは自分と山のために俺が自主的に山の主に食われることを望んでいたのか。血の契約も結局は目の前の肉の塊を浄化させるために必要だったんだろうな……)
と思った。
(ウロも同じなのか。一生懸命俺の力になると言ってもこいつもツクモの使い魔だしな……回りくどいことをして俺をここまで連れてきたもんだな)
そう考えれば考えるほどタイヨウの胸は冷えていき、顔の表情も恐怖とは別に硬くなっていく。
(クソ!クソ!クソ!!クソ!!クソ!!くそ!!!くそ!!!!)
前方を見たまま全身に力が入り両腕がプルプルと震える。
悔しさで涙が溢れ視界が霞む。
タイヨウの心にはもうこの世界も自分の命もどうでもよくなっていた。
ただ、アホくさい茶番を自分の命で終わらせることができるのであれば、それで良いとしか思えなかった。
そんなタイヨウの姿にツクモは驚愕しウロも動揺している。
怒りに任せてタイヨウは一歩踏み出す。
そのまま加速させて次の一歩へと向かう。
「ちょっと待ってタイヨウ!?進まないで!!」
タイヨウの右足にしがみついたツクモが両手を絡ませて一生懸命追いすがる。
「タイヨウ様!!止まって下さい!何をなさる気ですか!?」
ウロもキーキー声で喚く。
その両方がタイヨウには煩わしく感じられた。
(お前らの望む通りのことをしてやってるんだろうが!)
タイヨウの胸にあったのはその気持だけであった。
「待って!お願い!!一度止まってーー」
一向に止まる気配のないタイヨウにツクモが叫ぶ。
そして暖かな光がタイヨウを包むように瞬く。
それと同時にタイヨウの体は重くなりドッと倦怠感が広がっていく。
自分を支えることができず膝立ちになる。
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