第22話挨拶と目覚め

見知った教室の教壇の前にタイヨウは立っていた。

そこは高校の自分の教室のようであった。

一月も通っていなかったので確信は持てないが。

何もかもがただ静かであり、窓からはただ透き通った光が教室を照らしている。

静謐な雰囲気は背筋が伸びるような、トロンとまどろみたくなるような気持ちにさせる

ふと気付くと座席に数名の知り合いが座っている。

彼らは中学の時の友人であったり、幼馴染であったりと、タイヨウの限られた交友関係の中でも比較的良好な人たちだった。

最初からそこに座っていたのかは分からない。

何も喋らずにこちらをじっと見ている。

彼らの表情な無機質であり主張をする気も、何かを期待するようでもなかった。

タイヨウも何も話さなかった。

ただ、居心地は悪く感じなかった。

そしてまた気付く。

教室後方に両親と妹が立っていた。


(まるで授業参観みたいだな)


と思った。

両親たちも初めからいたのだろうか?

それとも気付いたから現れたのだろうか?

彼らも友人たち同様に表情からは何もうかがえなかった。

ただ、だからといってマネキン人形のようではなく、確かに血が通っている何かが感じ取れた。

それは同級生たちも同じだった。

なんとなく教壇は自分のいるべき場所ではないと思う。

しかし、どうも自分の座席が思い出せない。


(あれ?俺ってどこに座ってたっけ・・・)


不思議と不安はなかった。

ここではないどこかそこに自分の居場所があるように感じた。

タイヨウは教室全体を左端からゆっくりと右端へとぐるりと見回す。

見たい人を見ることができた。

その満足感にタイヨウは包まれた。

そしてタイヨウの足は自然とドアに向かう。

そこに残された人たちに何も告げることなく、教室から出ていくことにした。

そこに寂しさはなかった。


「うあ!?」


うめき声と同時にタイヨウは目を覚ました。


(あの夢はなんだったんだ!?俺はここで死ぬのか?)


まるで別れを告げる夢にザワザワと心が締め付けられる。


「タイヨウ様!!目が覚めましたか!!」


キーと高音の声が耳をつんざく。

気を失う前をと同じ場所で横になっていたようだ。

ウロはタイヨウの頬で前足を広げて喜んでいる。


(こいつあぶねぇな)


思わず蚊と間違えて叩いてしまうところだった。

いつの間にか夢の内容は忘れてしまっていた。。


「体調はどう?飢えや喉の渇きはある??」


囲炉裏で丸くなっていたツクモが前足を立たせ質問する。

何故かツクモは頭から後ろ足のふとももあたりまでビショビショに濡れている。


「・・・・・!?」


聞かれて驚いたがあれだけ感じていた空腹と渇きがなくなっていた。


「あれ、なんかお腹空は微妙だけど喉は渇いてない」


「そう。それは良かったわ。それは絆が深まった証拠よ」


ツクモは安心したようそっけなく答え、目をつむり再び丸くなる。

ツクモの近くには干し肉のあったしめ縄がボロボロになって放置してある。


「・・・・?俺が寝ている間に何かあったのか?」


ツクモの様子や周囲の様子に違和感を覚え質問する。

よく見れば水の入った瓶のあたりから、ツクモのいる位置まで水滴が続いている。


「・・・・変なことを聞くのね。あなたが寝てる間は何もなかったわよ」


目をつぶったまま答えるツクモ。


「そうだよ・・・な」


「変なタイヨウね」


いまいち腑に落ちないが、落ち着き払ったツクモを見ると勘違いかと思う


それをぶち壊したのはやはりというか、ウロだった。


「ツクモ様はタイヨウ様が意識を失ってから、猛烈な喉の渇きに我慢できず瓶の水目掛けて飛び込んで、頭から瓶に突っ込んでしまったのです」


俺の肩にいるウロがとんでもないことを打ち明ける。

すまし顔だったツクモは嫌な汗が流れている。


「・・・・・確かにタイヨウの絆で喉が乾いたけど、ちゃんと柄杓を器がわりに飲んだわよ」


(恥ずかしくて目が開けれないのかな。ってか元山の主も嘘つくんだな)


少し震える声でツクモが明らかな嘘をつく。


「それだけじゃ満足できなので、ツクモ様はしめ縄に残った塩を猛烈にペロペロして、ガジガジしてしまったのです」


「「「・・・・・・・・」」」


囲炉裏の前に変な沈黙が降りた。

ツクモの澄まし顔が酷く可哀想に映った。

タイヨウは自分の代わりに渇きを満たしてくれた感謝を口にすることにした。


「えっと・・・お前が俺の飢えを肩代わりしてくれたんだから・・・感謝しかないからありがとう・・・ただ」


「・・・ただ、何よ」


ツクモが目だけをこちらに向けジドっと睨む。

タイヨウは思ったことをどうしても我慢することができず、口にする。


「お前が夢中で瓶の水を飲む姿や、しめ縄をガジガジする姿が見たかったなって」


「にゃぁーーーーー!!」


羞恥の限界だったのかツクモは両前足で顔をすっぽり覆うと、しばらくの間タイヨウとウロの言葉に反応しなかった。

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