第三十六話
「脊椎動物ですらない、とはどういうことですか?」
それまで静かだった記者席から声が上がった。
「A14はアウトプットに特化した型にするためホタルの遺伝子を、メス個体のA13はインプット特化型の為クロロフィルをそれぞれ組み込みました」
「博士……A14って僕のことなの? A13メス個体ってヴェルのことなの?」
初めて口を開くソイに、容赦なくフラッシュが焚かれる。
いきなり大豆生田が車椅子を後ろにひっくり返すほどの勢いで立ち上がった。
「この子たちの前でフラッシュを焚くな、馬鹿者!」
ここへ来て初めて聞く彼の怒鳴り声に、その場に居合わせた全員がビクッと反応した。沙耶でさえ彼のこんな声を聞いたのは初めてだった。
「あんたたちは人の話を聞いていなかったのか! この子たちは光の入出力に特化した個体だとたった今言っただろう、無遠慮にフラッシュを焚く馬鹿がどこにいる!」
彼の言い方に気分を害したのか、一人の記者が愚問を投げかけた。
「でも、単に光ですよね?」
「じゃああんたは、私がこの場であんたの娘を切り刻んで『単に切っただけですよね』と言ったら平然と納得するんだな?」
大豆生田の言い方に、沙耶は言葉を失った。父がこんなことを言うなんて。それは小豆澤や遠藤とて同じ事だった。
正直で気が弱く、研究熱心で争いごとを嫌う、そんな彼が売られた喧嘩を買った。それだけでも歴史に残る大事件だ。
だが、記者はそれだけでは収まらなかった。
「大変失礼いたしました。失礼ついでにもう一つ。私が『単に光ですよね』と申し上げましたことにご立腹のようでしたが、それは『研究対象に対する雑な扱い』に対してでしょうか」
「あんたそれはないだろう!」
声を上げたのは宇佐美だった。
「あの子たちは生きて動いてる。人間としての感情だってある。その尊い人格に対して研究対象という言い方は無礼にもほどがある。誰だって我が子に危害が加えられたら怒るに決まってるじゃないか」
「しかし彼らは博士の子供ではない。コピーですよ。しかもミックスだ。ヒトですらない。あなたは生物学者が実験用モルモットに情けをかけると本気で思っていらっしゃるのですか? 彼らはモルモットやマウスに様々な病気を植え付けて、どんな風に死んでいくのか観察するんですよ」
黙って二人のやりとりを聞いていた沙耶が、不意にその記者のところへと歩み寄った。
「科学者はマウスやモルモットにだって敬意を表するわ。私たち人類のために犠牲になって貰ったことに感謝する。そんなこともわからない人に、科学者の気持ちなんかわからない。父の背中を追って、遺伝学者になろうとしているあたしが、あなたのような素人なんかに科学者をこき下ろされる筋合いはない! それに――」
沙耶はソイとヴェルを振り返った。
「彼らはミックスかもしれないけれど、ヒトなのよ。モンゴロイドとコーカソイドのミックスだっているじゃない。あたしを見てよ、あたしはお父さんの子供だけど、どこから見てもコーカソイドでしょ。母がコーカソイドだからよ。彼らがミックスならあたしだってミックスだわ!」
「だけどお嬢さん、人間同士のミックスと無脊椎動物のミックスじゃ大違いだ。増して植物とのミックスなんて聞いたことが無い。それをヒトと呼んでいいのかな? 君はたまたまお母さんの遺伝子が色濃く出たようだけど、彼らがもし、ヒトではなくて、昆虫や植物の方の遺伝子が濃く出たらどうなっていたんだ?」
「根本的にずれている! 遺伝子工学のことを何もわからない人間が知ったようなことを言うな!」
大豆生田が割り込んだ。自分の研究内容について、素人ごときに口出しなど許さない、科学者のプライドというものがある。
「もともとは完全に私の遺伝子だ。そのごく一部だけを組み替えただけだ。いわゆる物理的な交尾などで交配したものとはわけが違う。彼らは九割方、私のコピーだ」
信じられない。科学者とはこんなものなのか? 宇佐美は目の前の会話を何かの芝居を見ているかのように感じていた。
本人たちが聞いているのに。九割方自分のコピーだなどと。増して自分の体を構成する遺伝子に昆虫や植物が入っていると聞かされた子供たちの気持ちなんかどうでもいいというのか。
「博士にもう一つお聞きしたい。繁殖に成功した個体は十歳から十五歳、ほぼ一定の時期に集中してる。その間に白人種は作ることが無かったのですか?」
大豆生田があからさまに動揺したのがわかった。先ほどまでの元気はどこへ行ったのかと言うほど、青い顔をして視線を泳がせた。
「ありますよ。みんなすぐに死んでしまいましたが」
「成功した個体もあったと」
一瞬、躊躇うような間があって、「無くはないです」という回答があった。明らかにこの話題を早く終わらせようとしている、それが沙耶にも伝わった。
「その成功個体はどうしました? 今どこにいるのですか?」
「それは――」
全員が息を詰めて見守る中で、大豆生田はチラリと小豆澤に視線を送った。その視線は明らかに小豆澤に助けを求めていた。
だが、大豆生田の隣にいる還暦前の男は腕を組んで目を閉じたまま、その目を開くことは無かった。
「C9、コーカソイド九号は」
そこで大豆生田は苦しげに言葉を切った。
「私の……目の前にいます」
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