第九章 再会
第三十五話
頭に血が上った沙耶の叫びに、会議室の中にいた全員が入り口を振り返った。一斉にフラッシュが焚かれ、沙耶とアルビノの姉弟が断続的に光を浴びる。大勢のカメラマンと記者たちの中で一人落ち着かずにいる宇佐美に気付くことも無く、沙耶は記者会見のテーブルについた父の前に大股に歩み寄った。
「お父さん、説明して。この人たちなんかどうでもいい。まずはあたしとヴェルとソイにきちんと説明してちょうだい」
「大豆生田博士、そちらは博士のお嬢さんですか?」
「後のお二人はどなたでしょうか」
「お嬢さん、一言お願いします」
立て続けに飛ぶ質問を背中で聞いていた沙耶は、彼らの方に向き直ると一人一人をねめつけるようにして声を張った。
「うるさいわね、大の大人が雁首揃えて、一人ずつ順番に話せないの?」
よく通る彼女の声に記者たちは一瞬怯む。そこへ続けざまに彼女は言葉を放った。
「あたしは大豆生田沙耶。大豆生田司の娘です。あたしは幼稚園に上がるまでここに住んでました。小学校に入るまでは毎日ここに来てました。あなたたちの知りたいであろうことはあたしの知りたい事でもある。本当のことが知りたいのなら、全員そこで黙ってて!」
中学生とは思えない堂々たる威厳を以って、彼女はそこに居並ぶ大人たちに向かって命じた。そのか細く小さな体のどこからそれだけのオーラが出ているのか、大勢に混じって宇佐美は感嘆の溜息を洩らした。
「お父さん、答えて。ソイとヴェルはお父さんが作ったの?」
「沙耶ちゃん――」
「遠藤さんには聞いてません! 所長も今は黙ってて。あたしはお父さんに聞いてるの。どうなの、お父さん」
大豆生田は蒼白になった顔を娘に向けると、「そうだよ」と小声で言った。その声は肉声なら遠藤と小豆澤と沙耶にしか聞こえなかったであろう、だがその小さな呟きはマイクに拾われていた。
「最初に作ったのはメラだ。いや、成功したのが、と言うべきかな。初めはモンゴロイドのクローンをたくさん作った。みんな培養槽から出す前に死んだよ。全部私の遺伝子だ」
「培養槽って、研究棟の下にあった試験管みたいなあれね?」
「見たのか」
異常な光景だった。法律によって禁止されていることを、そして倫理的にもあってはならないことを続けていたという事実を、大豆生田は科学者としてメディアの前で話している。
「モンゴロイドがダメなのか、私の遺伝子がダメなのか、私には判断がつかなくてね。その時思い出したんだ、遺伝子を提供してくれたネグロイドの友人がいた事をね。彼の遺伝子を使って作った純粋なクローンがメラだったんだよ。メラは私の友人のコピーだ」
「メラは何故死んだの」
「寿命だよ。十五年も生きたんだ、奇跡的だよ」
宇佐美を含む報道陣は、沙耶に話させておいた方が大豆生田が簡単に話すとわかったのか、静かに事の成り行きを見守る方向で一致団結したようだ。
「メラが培養槽から出した第一号なんだ。調子に乗った私はメラが一歳の誕生日を迎えたときにヒトに別の霊長類をミックスすることを思いついた。そうして作ったのがニグだ。ニグもメラと同じ遺伝子から作ったコピーだが、メラは完全コピーでニグはミックスだ。メラはネグロイドの一号でニグは七号だった」
「番号が飛んでいるのは?」
「死んだからだよ。二号から六号は全部死んだ。八号から十五号も死んだ。十六号は生き延びた。それがケニャンだ。彼はニグの三年後に成功した」
遠藤が顔を伏せた。ケニャンを処分したときのことが彼の脳裏に蘇っていた。
あの悲しげな眼。そしてこの苦しみから解放される安堵の表情。一生忘れることがないであろう最後の言葉――エンドウさんありがとう、博士にもありがとうって伝えて。
腕の中で次第に冷たくなっていく彼に、謝ることしかできなかった自分が不甲斐なかった。この仕事を大豆生田がやることになっていたら、おそらく彼はこの仕事を辞めてしまうだろう、むしろ大豆生田が外部の病院に入院してくれたことを幸運に感じた。自分が処置した方がダメージは少ない、そう思っていたのだ。
実際は言葉では言い表せないほどのダメージを受けた。我が子を殺すのは恐らくこのような気分なのだろう。いや、こんなものでは済まないに違いない。
自分は結婚もしていないし、子供もいない。それでもこれだけの気持ちになるのだ、子供を持つ大豆生田がとなれば精神に異常をきたしても不思議ではない。
病院で報告を聞かされたであろう大豆生田の気持ちを想い、遠藤もまた眠れない日々を送っていたのだ。
「ケニャンもネグロイドだが、メラやニグの親個体とは別の個体の遺伝子から作った。ネコ科の大型動物との交配によるクローン個体だ。だが、その前年にモンゴロイドのコピーに成功している。それがヴェルとソイだ」
すかさず沙耶が切り返す。
「ヴェルとソイの親個体はお父さんなの?」
「そうだ。二人は私のコピーだ」
その場で力無くしゃがみこんだヴェルのそばに、記者たちの視線から遮るようにソイが寄り添う。
「大丈夫?」
「わたしたち、博士の子供じゃなかったんだね」
ヴェルの言葉を聞いて、ソイは幼い頃に大豆生田から直接聞いた内緒話を思い出していた。
――ソイとヴェルは同じ遺伝子を持つ姉弟だ。それは沙耶のものとは違う。だけど君たちは私の遺伝子を持っている――
まさかそういう意味だったとは。会ったことのない母と大豆生田との間にできた子供だと信じていた。子供どころか、彼のコピーだったとは。
「お父さんのコピーなのに、どうして二人は揃ってアルビノなの? 二人の遺伝子に何をしたの?」
「色素を生成する機能を意図的に無力化したんだ。それによってアルビノを作ることができる。片方は性染色体も操作してメス個体にした。それがヴェルだ」
呆然とするアルビノの姉弟を視界の隅に捉え、胸に何か大きなものがつかえるのを沙耶は感じた。
「どうして二人をアルビノにする必要があったの?」
「いい質問だ」
彼はすっかり研究者の表情に戻っていた。先ほどまでの血の気の失せた父親の顔はどこにもなく、自分の研究分野への失望に満ちた科学者のそれになっていた。
「色素が邪魔だったからだよ」
「どういう意味? 色素が邪魔?」
「光を入出力するのに色素は無い方がいいだろう」
「光を入出力って……意味がわからない。お父さん、一体何をミックスさせたの? 哺乳類ですらないの?」
彼女の問いに、彼は『遺伝学の権威』という肩書への虚しさをぶつけるように遠い目をして呟いた。
「脊椎動物ですらないさ」
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