願いを叶える666の法則~Wizzard Hacker~

くろまりも

第1話 恋は落雷のように

 恋が雷と共に落ちてきた。その瞬間、私の世界は変わった。


 朦朧とする意識の中、少女が救急車へと運ばれる。誰かが何かを話しかけているようだが、顔も声もはっきりせず、夢の中にいるようだ。

 まだ十にも届かない少女の顔は、本来ならば愛らしいのだろうが、今は赤黒く腫れあがっていて痛々しい。腕には煙草の火を押し付けられた跡があり、片方は奇妙な位置で折れている。それだけでも目を逸らしたくなる状態だが、胸の中心にある真新しく凄惨な火傷がとりわけ目を引いた。

 少女を乗せた救急車が走り去る様子を、二人の刑事が二階の窓から見送っていた。室内は捜査員たちがごった返し、隅から隅まで調べ上げている。

 部屋自体は広くないが、所構わずゴミが散らかっている。いわゆるゴミ屋敷で、油虫が這いまわる中を捜索する彼らには同情を禁じ得ない。だが、彼らにはがんばってもらわなければならない。この状況を科学で説明してもらわなければ、頭がおかしくなりそうだ。

 こんな奇怪な事件現場は、経験豊かな刑事でも初めてのことなのだから。


「……さっきの子、体中に痣がありましたけど、親に虐待されていたんでしょうか?」

「何度か通報はあったみたいだが、上手く隠されて保護されることはなかったらしい。この様子じゃ、保護されるか親に殺されるか、時間の問題だったろうがな」

「それなら……こんなことを言うのは不謹慎かもしれませんが、不幸中の幸いだったかもしれませんね。彼女が大事に至る前でよかった」


 心からの言葉ではないだろう。子どもに過剰暴力を振るうような屑親クズであっても、人死にが出るような事件を手放しに喜ぶことはできない。ただ、多少でも救いがあったとでも思わないと、こんな怪事件の相手などやってられない。

 刑事の一人が首をひねる。


「だが、どうして親の方が殺されている?」


 状況自体は極めて明白だ。

 妻に逃げられた男が、腹いせに娘に暴力を振るうようになり、やりすぎた結果、警察に発覚した。ロクでもない話だが、さして珍しいことではない。しかし、親の方が死んで、子どもの方が生き残ったというのは初めてのことだ。


「……そもそも殺人なんですか?」

「正確な検死結果はまだだが、見立てでは落雷によるショック死らしい」

「落雷……


 この事件のもっともおかしなところ。捜査員が目を皿のようにして現場を洗っている理由。そして、刑事たちが頭を抱えている要因だ。

 。ところが、周囲に感電死に繋がるようなものは見当たらない。誰が殺したのかフーダニットどうやって殺したのかハウダニットどうして殺したのかホワイダニット。答えは何一つわからない。


「天井はもちろん、死体の周囲にも焦げ跡はなし。外は雲一つない晴天で、雷が落ちたなんて話は、周辺住民に聞きこんでも出てこない。部屋には鍵がかかっていて、中にいたのは被害者と瀕死の娘だけ。……殺人でも、事故でもおかしな話だな」


 殺人では実現不可能。事故であっても再現不可能。『部屋の中で落雷にあって死にました』なんて報告書に書けば、上司から叱責の言葉が飛んでくるのは目に見えている。

 事件が明らかになったきっかけは、一本の匿名電話が警察にもたらされたことだ。巡回中だった警官が通報のあった家に踏み込むと、男の死体と瀕死の少女が見つかった。電話がなければ発見が遅れ、少女は衰弱死していたかもしれない。

 通報者が名乗り出てくれれば、もう少し状況が変わったのかもしれないが、残念なことに未だそんな者は現れない。頼みの綱は科学捜査による現場検証だが、捜査員たちの顔色を見る限り、あまり芳しい結果は得られていないようだ。

 これから報告書を作る作業を考えて、刑事は痛くなってきた頭を押さえる。その時、かたん、と背後で物音が聞こえて振り向く。

 視線を向けた先で、黒猫と目が合った。高貴な財宝を思わせる金色の瞳。賢者のような理知的な顔つきで、頭を悩ましている人間を小馬鹿にしているように見える。


「(この家の飼い猫か?)」


 一瞬そう考えて、刑事はその考えをすぐに否定した。猫は首輪をしていなかったし、自分の子の面倒も見れないような男が、猫を飼っているとも思えなかった。


「おい、野良猫が入ってきてるぞ!」

「あっ、すみません! ……どこから入って来たのかな」


 相方の刑事も、その猫を野良と判断したようだ。捜査員の一人が猫を捕まえようと近づくが、猫はその手をするりと抜けて、刑事が立っていた近くの窓枠に登った。

 刑事が猫を目で追うと、猫もまた刑事の方を見つめ返してきた。


「……おまえが教えてくれればいいんだがな。なぁ、何か知らないか?」


 猫好きだった刑事が話しかけるが、猫はじっと見つめ返すだけで鳴き声一つあげない。刑事が頭を撫でようと手を伸ばすと、猫はそれから逃れるように窓の外へ姿を消した。

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