僕と学園のアイドルの間には子供がいる

@karusium

第0話降りしきる雨の中、少女と二人きりで…





それは、僕がまだ中学一年生で、春が終わりに差し掛かっている頃。


現在は梅雨の真っ最中で、3日前ほどから雨が降り続き、今日もそれは例外ではなく、窓からのぞくと暗い雨雲から地面に向かって激しい雨が降り注いでいた。


時は放課後、うちのクラスはホームルームが異常に長く、よくわからない長話を聞かされているころには他のクラスは皆帰り始めていて廊下からはすでに複数の足音が入れ替わりのように聞こえてきた。

その後ようやく長かったホームルームが終わり、僕は手早く帰りの支度を済ませて、誰とも会話することなく自分の鞄を持って教室を出た後、そのまま僕は学校の校舎裏にある人の気が一切ない物置倉庫に向かった。

近くにあるし面倒だからと、僕は物臭にも傘を差さずに傘を手に持って倉庫のほうへ走っていったが、あまりの雨の激しさに、倉庫に着く頃にはあっという間に僕はずぶぬれになってしまっていた。

倉庫はコンクリート製の壁に囲まれた小さな小屋だった。倉庫の少し赤茶にさびた両開きの扉は開いており、僕はそこへ逃げ込むように入っていった。

倉庫の中に入ったときには、身にまとった夏服はべったりと体に張り付き、体から零れ落ちた雫がコンクリート製の灰色の地面を黒に染めていた。


倉庫の中は薄暗く、目を凝らしてやっと奥のほうが見えるくらいで、その中にはサッカーボールを入れたかごや石灰で運動場に白い線を描くためのライン引き、

その他運動場で使うための野球道具やハードルなどさまざまなものがあり、奥には棒高跳びで使用するための、地面に接した部分が土で茶色く汚れた分厚いめのマットが敷いてあった。

コンクリ7割、土のにおい2割、ゴムのにおい1割を足したような独特なにおいが辺りを漂い、僕の中で倉庫の中に入ったという実感が沸いた。

耳には倉庫の天井に当たるくぐもった雨音と外から聞こえる鮮明な雨音が混じるように聞こえてきて、僕はまるで狭い世界に閉じ込められたかのような錯覚に陥った。


なぜ僕がわざわざこんなところに来ているのかという理由は、濡れ鼠になって髪の先からポタポタと雫を滴らせている僕よりも先に来ていた、青藍色という暗い青のような色の髪を携えた少女に手紙で呼び出されていたからだ。


「ごめんね、急にこんなところに呼び出しちゃったりして。」


その少女は僕を視覚すると、口に笑みを携えて慈しむかのように僕を見据えていた。

クリクリとした瞳に童顔なその顔は小動物のようであり、身長は女子中学年の平均以上はあるはずなのに何故だか幼く見えていた。

ボブカットの青藍色の髪は湿気で僅かに湿っており、薄暗い倉庫、僅かに漂う水の匂い、整った容姿や中学生にしては大人に近いスラッとした体つき、そして少し濡れてしまったのかピッタリと張り付いた夏服の大きな膨らみの上に浮かぶ水色の下着と相まってどこか色気を感じた。


「いいよ、別に用事があったわけでもないし。」


僕はバレー部に所属しているが、今日はたまたま午後の部活が無かったため、学校内でトレーニングのために階段を上り下りする野球部の脇を抜けてすぐにここまで来ていた。


そういって僕は優しく少女を見つめて先を促すような視線を送ると、少女は頬を赤らめてもじもじとし始め、下を見つめながら必死に言葉を選んでいる様子だった。


「あの、その、えと…。」


やはり少し緊張しているのか、うまく言葉が浮かんでこずにしどろもどろとしていた。ふわふわとしたやわらかそうな髪の毛が、もじもじと体を動かす度に動きに連動してそっと揺れていた。


僕はすでにその雰囲気だけで、少女が何を言いたいのかをなんとなく感じていた。

しかし、まだ他の可能性も残ってはいるため、次に彼女の口から発せられる言葉を想定するかのように、僕は静かに少女の一挙一動を見守っていた。


願わくば、次に発せられる言葉が僕の想像とは違う物であってほしい。でなければ、僕はこれからその少女を悲しませてしまうから……


「えっと……。スー…ハーー…。…よし!」


どうやら言うべき言葉が見つかったようで、息を整えてからぞいのポーズで気合を入れて、そして少女は下を向いていた視線を上に上げた。どうやら覚悟が決まったようで、真剣味を帯びたその大きな瞳は静かに佇む僕の姿を捉えていた。


「樋口くん!ずっと前からあなたのことが好きでした!私と付き合ってください!」


彼女は声を張り上げて上の言葉を叫んだ。腰を大きく曲げ勢いよく頭を下げて、その状態で右手をコチラに差し出していた。

やはり、それは僕が予想していた通りだった。であるならば、僕が話すべき言葉はもうすでに決まっていた。僕は表情を変えることなく、手を握る素振りも見せずに用意していた言葉を彼女に投げかけるために口を開けた。


「ごめん、僕はその気持ちに答えることは出来ません。」


罪悪感からか、それとも悲しみを帯びた表情が見たくないからか、僕は彼女を真似るように自然と腰を小さく曲げて、暗黒に染まったコンクリ製の地面を見つめながら僕はそう告げた。

僕の頭上では、少女の顔が勢いよく上がる気配がした。今彼女はどんな表情をしているのだろうか。


しばらく地面を勢いよくたたきつける雨音だけが響いていた。数秒ほどお互いに無言の状態が続き、間をおいてから頭上の方からしゃくり上げる喉を抑え込むかのような僅かに震えた小さな声が囁くように言葉を紡いだ。


「そっか…ちなみに理由を聞いても…良い?」


理由か。それはもちろんある。一応そのことを聞かれる可能性も考えてはいたため、僕は胸の中にある素直な気持ちを彼女に告げた。


「僕は、今は部活が大事だから、そういったことは考えていないんだ。あと、僕は彼女は大人になるまで作るつもりはないし。

なによりも、君は才能があって、顔もすごくかわいくて、運動も僕より出来るから、僕にはもったいないし、釣り合わないよ。君にはきっと、もっとふさわしい人物がいると思うから。」


僕が顔をあげると、そこには僅かに目に涙が溜まり、口を無理やり笑う形に変えようとしているがかえってそれが口を不完全な形に作り上げてしまっていた彼女の表情が目に映った。僕は必死に泣き出すのを堪えている少女が目に映り、罪悪感から咄嗟に後ろを向いて彼女から顔を背けていた。


部活が大事。確かにそれもある。僕はバレー部に所属しているが、元々クラブでやっていたこともあり1年生の中では1番出来る自信があるし、先輩方からも期待されていて、おそらく今の3年生が引退する頃には僕はほぼ確実にレギュラーに抜擢されているだろう。別に部活に命を掛けたいわけでは無いが、期待されているからにはしっかりと応えられるように頑張りたかった。

大人になるまで作る気が無いというのは、単純に今後期待を持たれる可能性を潰すためでもあるし、実際に今後も彼女を作ることについては今のところは一切考えていない。もしかしたら昔起きたあるトラウマが未だに僕を蝕んでいるかもしれない。なんにしても上2つの理由は、嘘をついているわけでもなく本心からの思いであることは間違いなかった。

しかし、1番の理由は、僕なんかじゃもったいから、であろうか。

情けないと思うかもしれない。僕だって思っている。


彼女は学校で多分一番人気のある少女。見た目が整っているのはもちろん、成績も馬鹿みたいにいいし、スポーツだって僕なんかよりよっぽどできる。

それに凄く明るくて、女の子の友達もすごく多い。確か学級委員もやっていたはず。

中学生がよく馬鹿みたいにやっている好きな人ランキングなるものではほぼ確実に名前が挙がるし、学校でトップクラスに人気のある男子たちはこぞって彼女に告白している。そんな引く手あまたな彼女はすぐに良い人と付き合うことができるだろう。片や、僕はどこにでもいるいたって特徴のない平凡男子。成績や部活は人並み以上にできる自信はある。それでも、彼女を前にするとそんなの霞んでしまう。そもそも自分に自信の無い僕が彼女の横にいて良いとはとても思えないのだ。僕よりもはるかに高いレベルを有している彼女がどうして僕を求めるのかは分からないが、少なくともこんな僕なんかよりももっと良い人がいるのは確実であろう。ぼくなんかと隣を歩いていても、きっとお互い息苦しいだけだと思う。仮に彼女と付き合って、彼女とつり合いが取れないのが原因で彼女が変わり者だと後ろ指をさされるのは嫌だった。


もっとも、僕がこんなに女々しい思考をするようになったのは、昔あったトラウマが引きずってのことだと思うと笑えてくる。あの時の出来事のせいで、僕は人に何かを求めることができなくなって、人と接していても息苦しさしか感じなくなってしまった。自分がだれかに愛される姿が、どうしても想像できなくなってしまった。


今回断るに至った理由は、すべて僕自身の自分勝手なエゴに他ならない。どうして僕を好きになったかは今更聞けないが、こんなしょうもない理由で彼女の告白を断ることは僕の中にある罪悪感をいっそう増長させた。


僕は彼女に最後まで言い終えると、彼女はそのままうつむいてしまい、顔が隠れてしまって表情を伺い知ることは出来なくなってしまった。きっと彼女は泣くのをこらえて非常に悲しんだ表情をしていることだろう。


僕はもうここから去ってしまおう。彼女の泣く姿は心の底から見たくはなかった。

しかし、僕がこの倉庫を後にしようと、そのまま僕は歩みを進めるためにそっと足に力を入れようとしたところで、後ろからは想定外の言葉が投げかけられた。


「そうなんだ。つまり樋口君はどうあがいても私と付き合う気はないんだね?」


ん?突然少女の纏う雰囲気が変わった。さっきまですぐにでも泣き出してしまうような様子だったのに、まるですべてを諦めたかのような、強気で無機質な声がして、僕は咄嗟に振り返って彼女の姿を確認した。


「あーあ、本当は手荒な真似はしたくないんだけどなぁ。でも、もう仕方ないよね?」


瞬間、僕はすべての毛が逆立ち、まるで下から順に撫でられたかのようにゾクリと全身に寒気が走った。それはどうしてか。それは彼女の、尋常ならざる狂気の表情を見てしまったからだろうか。

彼女の目からは光が消えて、まるで光のひとつも通さぬような闇が彼女の瞳を支配していて、その表情からは一切感情を感じることができなかった。無表情と呼ぶには、その死んだような瞳が明らかな異常を示していた。

彼女は確かに僕に語り掛けていた。でも、僕以外の第三者に聞かせるかのように言葉を紡いだようにも感じた。

ドクン、ドクンと胸の鼓動が大きくなり、僕は冷や汗か髪の毛から伝ってきた雨水か分からない水の雫が、僕の頬をつたってポトリと地面を濡らした。


一体何が起きているんだ。僕は底知れない恐怖を抱きながらも、その疑問を解決しようと脳が働いていた。

先程の彼女はまるで演技だったのではないかと錯覚させられる。流石に全くの嘘ではないとは思うが、なんにしても、彼女の次におこなうであろう行動を予期することが出来ず、その普段の明るい彼女からは想像することができないような狂気の表情と相まって、僕はただただ行き場のない恐怖を感じることしか出来なかった。

なにか話しかけたほうがいいだろうか。

そう思った僕は、勇気を振り絞って、目の前にいる何を考えているのか分からない少女を見据えて言葉を紡ごうと口を開いた。


しかし、僕が言葉を発そうとした次の瞬間、僕の真後ろのほうから気配がした。おそらく人の気配であろうと感じた。

丁度良いタイミングで人が来たと思った。一刻も早くここから逃げ出したいという気持ちもあった。体からは僅かに緊張がほぐれて、その異常な光景から目を背けるかのように、その人物を視界に入れるために僕は後ろを振り向こうとしたが、そんな僕よりも早くガガガ!と倉庫の錆びた扉が勢いよく閉まっていき、ガチャンという大きな音の次に『ガチャリ』という金属製の施錠音まで聞こえてきた。

意図的に第三者から閉じ込められてしまった。僕は瞬時にそう判断した。


扉が閉まったことにより、それまで一番の光源であった扉からの光が無くなり、ただでさえ暗く分厚い雨雲のせいで昼か夜か分からぬほど薄暗かった倉庫中が、

扉が閉められたことにより、ものの輪郭が薄っすらとしか見えない程にまで暗くなってしまい、倉庫の上部に空いた換気用と思われる小さな横長の穴から差し込む光だけが唯一倉庫の一部を照らしていた。


しばらく、倉庫の上に降り注ぐ雨のくぐもったような音と、その空いた穴から聞こえる鮮明な雨音だけが倉庫の中に響いていた。

閉じ込められた。その事実に理解が追い付かずただ茫然と倉庫の扉を見つめている僕の後ろで、『シュルリ』というスカーフをはずすような衣擦れの音が聞こえ、次に『プチ、プチ』と夏服のシャツのボタンを開いていく音が聞こえた。


僕は後ろを振り返ることができなかった。それは女子のあられもない姿を見るのが恥ずかしいからか。

はたまた彼女の目的が分からずに、次に自分の身に降りかかる出来事から目を背けるためか。


「こういうのを確か、『きせーじじつ』って言うんだっけ。ふふ、安心して。ここには朝になるまで誰も来ないよ。この雨音のせいで助けを呼ぶ声だって聞こえない。大丈夫、ちゃんと明かりも持ってきたから。」


『パサリ』。ついに後ろから衣服が床に落ちる音が聞こえ、それから『ジー』というチャックを開く音がして、しばらくするとまた『パサリ』と服が地面をたたく音が背後から聞こえた。


後ろで何が行われているのか。脳がそれを理解しようとしているうちに、『トス、トス』と背後からコチラに歩み寄る音が聞こえ、

しばらくすると僕は後ろから『ギュッ』と抱きしめられ、手は腰に回されており、肉が少し圧迫されるほどに力が込められた。

濡れた夏服越しに伝わるぬくもりが、雨によって冷やされた僕の身体を温めていた。

人肌のぬくもり。僕はその温かさに嫌悪感を抱くことは出来なかった。

先ほどまで彼女に抱いていた恐怖心が嘘のようになくなっていき、僕は抱きしめられた行為に安心感さえ感じてしまっていた。


「だからさ……しよ?」


僕は先ほどまで強張っていた体から力が抜け、力を入れていた両手も、行き場をなくしたかのようにダラリと下におろされた。

彼女はそんな僕の手を握って倉庫の奥へと誘導した。僕はされるがままに彼女についていき、そのまま僕は『ボフッ』と高跳び用のマットの上に押し倒されてしまった。


「ふふふふふ。」


彼女は僕の上で妖艶な笑みを浮かべていた。普通ならばこの状況で身を任せるなど異常なことだと誰もが思うだろうが、僕自身もどうしてそんなことをしていたのか今でも分かっていない。先ほどの得体のしれない恐怖が嘘のようで、むしろなぜか愛おしささえこみ上げていた。もう僕に何かを考える余裕はなくなっていた。



その梅雨の日の出来事が、僕と学園のアイドルとの出会いだった。

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