華の文学少女

 ―― 旧市街


 旧市街は古くから菅原市に存在する城下町で、正式には和泉いずみと呼ばれる。旧市街と呼ばれるようになったのは戦後からで、それは戦後に発展した新市街との対比からである。

 その旧市街の一角にある古書店『はいかいどう』の入口で太は整然と並べられた本棚を舐め回すように見ていた。

「ふーむ」

「太さん?」

 一人の世界に片足を突っ込んでいた所に不意に背後から声をかけられた。太は内心ビクリとしながらも、静かにその声の主を確かめる。

 声の主は弓納であった。

「ん? あ、ああ、こんにちは弓納さん」

「どうも、こんにちは。珍しいですね、こんな所で会うなんて。お一人ですか?」

「うん。ちょっとね。それにしても意外だね。弓納さんもこういう所来るんだ」

「はい。この辺りは本が多いので」

「確かにそうだね。ここらへんは学生街にもなってるから、俄然そういう系列の本を取り扱っている店も多いし。でも本の品揃えだったら、新市街の三善書店に行った方が本は揃ってる筈だけど……ひょっとして、古書を探しに?」

「いえ、本を読むのは好きですが、古書はあまり分からないです。ただ」

「ただ?」

「なんと言いますか、この辺りは本の匂いとか雰囲気を感じるんです。だから、好き」

 弓納は少し照れくさそうに言った。

「へえ。それはちょっと嬉しいな」

「どうしてですか?」

「自分と意外な共通点があったからだよ。弓納さん。あまりこういうことに興味はないのかなって勝手に思ってたからさ、余計に」

「一応、神社の中でも本は読んだりしていたことはあったのですが」

「あれ、そうだったっけ。ごめんなさい」

 太が謝るのを見て弓納はぷっと笑う。

「そんなことで謝らなくてもいいですよ」

「そう? なんか悪いことした気がして」

「それより太さん。前々からお伺いしたいことがあったのですが、大学とは一体どんな所なのでしょうか?」

「大学? あーそうだね~。一括りに言おうとすると、ちょっと難しいかも。モラトリアム? 人生の夏休み? ああ駄目だ、堕落した例えしか出て来ない」

「モラトリアム。人生の夏休み……」

「弓納さん。それは覚えないでいいから」

「そうですか? 貴重な本音が聞けたと思ったのですが」

「それは否定は出来ないけど、あくまで一面でしかなくて……ああ、そうだ」

「?」

「混沌だ」

「混沌?」

「うん。いる人も雑多だし、そこで行われていることも本当に多種多様。ある意味小さな一つの国、といっても過言ではないくらい」

「壮大ですね」

「よかったら今度来てみるといいよ。少しは分かると思う」

「は、はい。是非」

「反対に僕からも質問なのだけど」

「なんでしょうか?」

「高校生活はどうかな? 楽しい?」

「はい。それなりに楽しませてもらっています。こんなですが、仲の良いお友達もいるんですよ」

「そっか、それはよかった。ここらへんの高校なんだっけ?」

「はい。清道館高等学校。ご存知ですか?」

「ああ。昔男子校だったあの。そういえば、あすこの卒業生が先輩にいたな」

「そうなのですか? なんという名前の方でしょうか?」

「宗像という大柄の男の人だけど」

 むなかた、弓納は何かを思い出すように反芻した後、「あっ」と声を出す。

「その方、名前を聞いたことがあります」

「へえ、そうなんだ!」

「学校では結構有名な人です。何でも、遠回りする鯉事件を始め、多くの不可思議な事件を解決した人だとか」

「へ、へえ。そうなんだ。知らなかった」

「それらの事件の顛末はまるで小説を呼んでいるみたいで、聞いた時は人知れず興奮したものです」

(一体どんな高校時代を過ごしていたんだ。宗像さんは)

「まさか清道のポウが太さんの先輩だったなんて」

「よ、よかったら今度大学に行った時に紹介するよ」

「それは願ったりです。よろしくお願いします!」

 弓納はペコリと頭を下げる。

 弓納さんとの共通点があったのは嬉しいけれども、つくづく自分の周りは変わった人が多いな。そう太は思った。


 太は何の気なしに道路側を見やると、宗像が恨めしそうに半目でじーっとこちらを見ていた。

 持っていた携帯端末に連絡が入る。宗像からだ。


『太、一体そのミステリアスな美少女は何者なんだ。ちくしょう、このはれんちやろうめ』


 本当に変わった人が多いな、太は改めて思った。

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