術学私考

「というわけで、今日は貴方に術の体系について教授でもしようかと思います」

 高台に立つ菅原神社の社務所の一室で、望月は太に言った。彼女らは机を隔てて向かい合って座っているが、望月のすぐ後ろにはホワイトボードが立っている。

「どうしたの?」

「いえ、少し唐突だったのでビックリしただけです」

「細かいことは気にしない。まああえて言うならば、丁度いい機会だと思っただけよ」

「そうでしたか。というかそもそも、呪術みたいなものに体系があったなんて知りませんでした」

「やっぱり知らずに今まで使ってたのね」

「それはもう、全く知りませんでした」

「それはまた、とんだエブリデイ・マジックね」

「え、何ですか? えぶりでい――」

「いいえ、何でもないわ」


「まず術というのは、何だと思う?」

「一般的にあり得ないような現象を起こす技術、でしょうか?」

「まあそんなかんじね。術というのは種類が一杯あって、この国に存在しているものだけでも十近くの分類があるわ」

「え、そんなに種類があるんですか!?」

「ええ、代表的なものだと太君も使ってる呪術とか、陰陽術、鬼道、妖怪が使う妖術がそうね。他には巫術、法術なんてものも存在するわ」

「ふむふむ。奥が深いんですね」

「そうね、解釈や説によっても異なったりするし、無駄に奥が深いわ。ちなみに、太君が使っている呪術はね、今挙げた術の中でも原始的な部類に属するものなの。理由は簡単で、ずーーーーーっと昔から使われていたものだから」

「これまた随分と延ばしましたね」

「それは本当にいつから使われだしたか判然としないからよ。で、原始的なものだけにほとんどの呪術の行使には複雑な技術や体力は必要なくて、やり方さえ知っていれば常人でもすぐに行使可能なものばかり」

「ああ、だから僕でも使えたんですね。特に何か研鑽を積むようなことしてないですし」

「ちなみに、よく聞く丑の刻参りも呪術の一つね」

「あ、ああ、あれも……」

 太は丑の刻参りの様子を想起して密かに身震いする。


「――というわけで、妖怪なんてのもあまり体系化されたような存在じゃないので、彼らが使うものも性質的には呪術にかなり近いのよ」

「ふむふむ」

 一時間は経っただろうか、ホワイトボードには少しずつ体系図のようなものが出来上がってきていた。

 太は徐ろに手を挙げる。

「あの、質問なのですが」

「ん、なに?」

「その術の分類ってどういう基準でされてるんですか? 一般的な目から見てどれも常識的でない現象を起こすという点でなんら変わらないような気がするのですが」

「ふむ、いい質問ね。太君の言う通り、どの術の体系も常識から外れた現象を起こす点では同じよ。そもそも、違う系統に属する術同士でも同じ現象を起こしたり出来るものもあるし」

「それじゃあ、一体何が」

「手段の違いよ」

「手段?」

「ええ、これって身近に使われているものと同じようなことなの」

「どういうことですか?」

「太君、言語というものが使われているのは何のためだと思う?」

「それはもちろん、他者とのコミュニケーションを取るためです」

「そう、その通りよ。他人に自分が嬉しいことを伝えたい時、自分の主張を伝えたい時、反対に他人がどう思っているかを知りたい時、人は言語を使うわよね。でも”貴方に恋をしています”だなんて気持ちを伝えたい時、その方法って日本語しかなかったりするかしら」

「まさか、そんなことはないです」

「そうよね。その気持ちを伝える手段は日本語だけでなく、英語にも、中国語にもあらゆる言語に存在するわ。でも、その伝え方は異なる。これらの言語が生まれた背景は様々でしょうけど、どれもコミュニケーションの円滑化という目的を達成するために生まれたものの筈よ。術も似たようなもの。あえてその関係性を比較するなら、日本の呪術と西洋の魔術の関係は日本語と英語の関係にあたるでしょうし、呪術や妖術などの違いは日本語の方言みたいな関係性ね。要するに、”常識”から考えられない

ような現象を起こすという点は一致しているけど、その文法や発音にあたるものが異なっているだけなの」

「へえ、よく考えられてますね」

「あら、結構適当に考えられているものだと思った? まあ、そうは言いつつも、呪術でしか出来ないものもあるし、巫術でしか起こせないこともあったりで、それぞれ特色はあるのだけどね」

「僕も頑張れば、こう、ばああん、みたいな派手なことが出来るようになったりするんでしょうか?」

「なに、ばああんって」

 望月はキョトンとした顔をした。太は徐々に頬を赤くする。

「ああいえ、気にしないでください」

 望月はその様子を不思議がっていたが、やがてその意味を理解したのか、うっすらと笑みを作る。

「ああなるほど。そうねー、出来なこともないんじゃない」

「本当ですか?」

 太は思わず身を乗り出したが、太の意外な反応に望月は思わずたじろいでしまう。

「お、男の子ってホントにそういうの好きね。天野君はともかく」

「ええ、それはもう」

「まあ出来るわよ。外国語をネイティブと遜色ない程度に喋れてかつ物も書けるようになるくらいの頑張りがあれば」

 それを聞いて太は静かに自分の席に着席し、冷静にこう言った。

「望月さん、続きをお願いします」

 諦めたな、望月は静かに悟った。

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