第52話:バーベキューへのお誘い
広志へのお礼として、自分の家でするバーベキューに招待すると
「いや、彼女たちの都合も聞かなきゃいけないし」
凛と伊田さんが都合悪いということにして、断わろうかと広志は考えた。そしたら見音が平然と答える。
「そうね。二人には私からお誘いするわ」
「えっ? でも八坂さんって、凛や伊田さんとそんなに仲がいいってわけじゃないよね?」
「同じクラスなんだからお友達でしょ? 私からお誘いしたらダメなのかしら?」
「いや、ダメなことはないけど……」
見音は極めてまともなことを言ってる。広志はウグっと言葉に詰まってしまった。
「じゃあそういうことで」
「えっ? あ、ああ」
凛と伊田さんはどう思うだろうか? 行くっていうのか断わるのか。
それに見音はなぜそこまでして、お礼をしようというのか。凛と伊田さんまで誘ってのバーベキューって、既に自分へのお礼という範疇を超えてるんじゃないのか。
広志がぼんやりとそんなことを考えてたら、見音のクールな声が聞こえた。
「空野君、もういいわよ。早く教室に戻ったら?」
(ありゃ? お礼をするための約束が取れたら、もう用済みって感じ?)
相変わらず冷たい感じの見音に広志は戸惑う。
「あ、ああ、そうだね」
その時見音は急に、ふっと優しい笑顔を浮かべて、羽毛のように柔らかな声を出した。
「せっかくの昼休みなのに、こんなところで時間を無駄使いさせたら空野君に悪いから」
いつもはクールな整った顔がとても和らいで、包み込むような優しい笑顔。広志はその見音の笑顔に、一瞬ドキッとした。
広志の顔を見て笑いかけた見音は、恥ずかしそうに少し視線を下に落とした。そして何かに気づいたような感じで、顔を赤らめる。
(うん?)
見音はもじもじしたような素振りを見せてる。いったいどうしたんだろうか? それにしても、整った美形の顔でもじもじと恥ずかしい表情をされると、可愛くて広志はドキッとしてしまう。
「あ、ありがと。じゃあ先に帰るよ」
見音はコクリとうなづいた。赤らめた顔でその仕草は結構可愛い。こうして可愛いところもあるのに、なんで普段は高飛車なんだろう。もったいない。
広志は見音の顔をチラッと見て、保健室から出た。
教室に戻ると、健太が声をかけてきた。
「八坂さんはどう?」
「湿布とテーピングで、だいぶマシになったって。ちょっと保健室で休んでから戻ってくるらしい」
「そっか。それにしても、近くで見たら八坂さんって、やっぱ綺麗だなぁ」
健太は遠くを見る目で、ぽぉーっとした顔つきになってる。
「それはそうだけど、そんな顔してたら、お前
「えっ? ああ広志、祐美ちゃんには言わないでくれよぉー」
「そんなのいちいち言わないって」
健太はあたふたしだした。でもまあ確かに見音はかなりの美人だと、広志も思う。
(だけど僕は、やっぱり凛の顔の方が優しくて可愛くて好きだなぁ)
広志は凛の顔を思い浮かべて、ぽぉーっとした。
「ねえ、ヒロ君」
「どわっ!」
「えっ? どうしたの?」
いきなり横から凛に話しかけられて、めちゃくちゃびっくりした広志は、思わずひっくり返りそうになった。
「いや、ちょっと考えごとしてたからびっくりした」
「考えごと?」
凛が可愛いなぁって考えてたなんて、恥ずかしくて言えない。
「あ、うん。あっそうだ凛。八坂さんがさ……」
そこまで言いかけて、目の前に健太がいるから、バーベキューのことをここで言うのはマズイと思い直した。
「あ、なんでもない。また後で言うよ」
「うん、わかった」
「凛は何の用事?」
「あ、私も別に大したことじゃないんだけど……」
凛は少し声をひそめて、広志に耳打ちした。
「ズボンのチャックが全開になってるよ、って言いたかっただけ」
「うわっ! あ、ありがと、凛」
広志が慌ててチャックを閉めるのを見て、凜は何ごともなかったように立ち去った。広志の横で、健太が「わははは」と大笑いしてる。
「相変わらず広志はおっちょこちょいだな」
(も、もしかして八坂さんは、このことに気づいてたのかな?)
そこで広志はあっと気づいた。保健室を出る直前。見音が少し目線下にした後に、もじもじと恥ずかしそうにしてたのは、これが原因だったのだと。
(うわ、恥ずい! ああ、穴があったら入りたい)
ああ、自分のおっちょこちょいが恨めしい。
それからしばらくして見音が教室に戻ってきた。軽く足を引きずるようにしてるけど、痛みはかなりマシになってるようで、知らない人が見たらわからないくらいの歩き方だ。
広志はほっとして見音の顔を見たけど、彼女はチラッと広志を見ただけで、何ごともなかったかのように席に着いた。
次の休み時間に、凜と伊田さんに見音のバーベキューの話をしようと思ってたら、休み時間になった途端に見音が凜と伊田さんに声をかけて、三人で廊下に出て行ってしまった。
(八坂さんに先を越されてしまった。まずったなぁ。凜と伊田さんは、ちゃんと断わってくれるだろうか?)
休み時間が終わるチャイムが鳴ってから三人が教室に戻ってきた。隣の席に着いた凜に、小声で「バーベキューの話?」と訊くと、凜は「うん」と笑顔で答えた。でも授業が始まってしまうから、細かなことは聞けない。
凜からちゃんと話を聞くのは、その次の休み時間を待つしかなかった。
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