第39話:八坂 見音、再び

 広志がようやくワールドスタジアムの観客席に着くと、グランドの隅の方で制服姿の凜とジャージ姿の伊田さんが、何やら立ち話をしている。


 ふとこちらを見た伊田さんが、広志の姿を見つけたようで、急ににっこりと笑顔になる。そして隣に立つ凜のブレザーの袖を引っ張って、こちらを指差した。


 凜もこちらを見て、にこやかに笑う。


 広志が二人に笑顔を返すと、突然伊田さんは両手を上げて、広志に向かって大きく手を振り始めた。


(いやいや伊田さん。そんなことしたら目立つって……)


「おーい、空野くーん! 見に来てくれたんだねー ありがとー!!」


 手を振って目立つどころか、伊田さんは満面の笑みで大声を出してる。当然周りにいる陸上部員の何人かが、何ごとかと広志の方を向いた。


(うっわ、まずいよ)


 一番驚いた顔をしてるのは、真田だ。伊田さんと広志の顔を何度も見比べて、何が起こったんだって顔をしてる。


 凛が伊田さんの肩をポンと叩いて、何か言ってるのが見える。伊田さんはペロっと舌を出して、てへっと笑った。お茶目な感じの伊田さんも可愛い。


 きっと『やり過ぎだ』って、凛にたしなめられんだろう。


 真田が伊田さんに近づいて何か言って、伊田さんは何か答えたけど、何を言ってるか全然聞こえない。だけど真田の顔が引きつってるのはわかった。


 横にいる凛は苦笑いをしてる。あとで凛に、何の話をしたか聞こうと広志は考えた。


(でもまあ伊田さんは凄く楽しそうだし、凛と伊田さんは思った以上に仲良くなってて良かった)



 それからしばらく広志は、伊田さんの練習を見守った。伊田さんは活き活きとしてて、走るのが楽しそうだ。


 このまま伊田さんが楽しく練習を続けたら、高校生活の集大成とも言える全国大会で、きっと良い成績を残せるに違いない。


 結果的に、伊田さんから受けた『陸上の記録が伸び悩んでる』という相談に応えた形になって良かったと、広志はホッとした。




 部活の終わり時間になって、広志は凛と伊田さんを待たないで帰ることにした。凜にはスマホメッセージで、『先に帰るよ』と送っておいた。


 待っててもいいんだけど、何となく三人で帰るのもどうかと思った。それにもしも真田が一緒に出てきて自分の姿を見たら、余計に何か変に思うかもしれない。



 広志は一人で帰路につく。遊歩道を歩いて校舎の横を抜けて、校門の方に向かった。校舎の角から前に出た瞬間、横から来た人がどんと広志の肩にぶつかった。


(イテっ!)

「きゃっ!」


 校舎の角で死角になってて、人が来てることに気づかなかった。それにしても今日は、よく人にぶつかる日だ。厄日か?


 ぶつかった相手の方を見たら、女の子が仰向けに倒れてる。広志の方に向いて、足を大きく開いてるから、スカートの合間から真っ白に光るパンツが目に入った。


 それにしてもすらりと長い、綺麗な足だ。


(うわっ、またパンツを見ちゃった。今日はパンツをよく見る日だ。ラッキーデーか? んんっ? どこかで見た景色。デジャブだ。)


「あっ、また八坂やさか 見音みおん!」


 倒れた制服女子の後方に、取り巻き一号、二号が呆然とした表情で立ちつくしているから間違いない。


 見音は地面に手を付いて起き上がると、制服のスカートとジャケットに付いた砂埃を両手でパンッと払って、広志を鋭い視線でキッと睨んだ。


「空野君、私になにか恨みがあるの?」


 その時取り巻き一号二号、いや鈴木と佐藤がズイっと前に出てきて、二人とも広志を睨みつける。二人とも彫りの深いイケメンだから、割と目力がある。そして鈴木か佐藤か、どちらなのかわからないヤツが怒鳴り始めた。


「こら、またお前か! 見音様になんの恨みがあるんだ!?」

「いや、別に恨みなんて……たまたま偶然だよ」


 鈴木か佐藤か、どちらなのかわからないヤツの、もう一人の方も怒鳴ってきた。


「同じ日に二度も、こんな偶然なんてあるか? わざとだろ!? 見音様に痛い思いをさせやがって、許せん!!」


 広志は自分でも、こんな偶然があるものなのかと驚くけれど、実際にそんなことが起きたのだから、仕方がないとしか言えない。


「お前もしかして、見音様にアプローチしようとしてるな? そういう輩から見音様を守るのが俺たちの目的だ! お前なんて、成敗してくれるわっ!」


(なんだか大げさな奴らだなぁ。時代劇じゃないってのに)


「いや、アプローチなんて、全然思ってないって」

「嘘つけ! お前も見音様が好きなんだろっ!?」

「いやだから、別に好きなワケじゃないし」

「なーにーっ!? この世の男で、見音様を好きじゃないヤツなんているものか!? さてはお前、男じゃないな!?」


 取り巻き君の理屈は、おかしな方向に向かってる。普通そんな発想になるか? 広志は苦笑いしながら答える。


「いや、男だよ」

「それならばこのように美しい見音様を、好きじゃないハズはない!」


 鈴木と佐藤が交互に広志に向かって口を開いて、暴論を吐いてくる。どっちが鈴木でどっちが佐藤なのかは、わからないけど。まあどっちでもいいか。


 でも「好きじゃないハズはない」なんて言われても、ホントに見音のことをなんとも思ってないんだから、広志は困ってしまう。


 ──というか、この二人。よっぽど見音のことが好きなんだな。世の男性ならみんな彼女を好きなはずだなんて、本気で言ってるのか? それとも冗談?


 広志が困って固まってると、さらに鈴木だか佐藤だかが言いがかりをつけてきた。


「あっ、わかった。お前モテないもんだから、見音様に触りたくてわざとぶつかったふりをしてきたんだろ? なんてスケベなやつだ!」


(おいおい、スケベだなんて、決め付けないでほしい。まあ別に僕がモテないのも、スケベなのも否定はしないけど……八坂さんにぶつかったのはそんな意図じゃないし)


 でも言い合っても仕方ないし、とりあえずぶつかったことを謝ろうと広志は考えた。

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