第33話:茜が告られた

 あかねが「こくられた」なんて、あまりに突然のカミングアウトをするもんで、広志は一瞬理解が追い付かない。


「あの……こくられるって言うと……」

「好きだって言われた」


 え? えぇっ? えええーっ?


 兄妹揃って同じ日に、異性から告られるなんて。そんなことがあるんだろうか?

 そうは思ったものの、いやいやと広志は考えを打ち消す。


(茜は凄く可愛いし、いつ告られてもおかしくない。告られておかしいのは僕の方だけだ)


 とは言うものの、さすがに二人揃って同じ日に、というのはやっぱりレアだ。


 いやいや、そんなどうでもいいことより──


 もしも茜に彼氏ができたら、茜の精神を癒して、そして兄離れを促す助けになるかもしれない。こっちの方が重要だ。


「ど、どんな子から告られたんだ?」

「えっ?」


 広志の言葉を聞いて、茜はぴょんっと立ち上がって、広志の目の前に立った。そしてにやにやした顔になって尋ねる。


「広志君、気になるぅ~?」

「あ、ああ。そりゃまあ」

「ふーん、気になるかぁ。どうしよっかなぁ、言おうかなぁ……」


 茜は腰の後ろで手を組んで、少し屈んだ姿勢から見上げるように広志の顔を見つめて、意地悪そうな顔でにやにやしてる。


「教えてよ」


 広志は兄として、妹に告白したのがどんな男なのか気になる。ましてや茜は精神的なダメージを受けて、まだ完全には回復していない。


 いい加減な男だと困るけど、逆にしっかり茜を想ってくれる男の子なら、茜の回復にプラスになるかもしれない。


「やっぱり広志君は妬いてるのかなぁ」


 広志を恋人のように想う茜は、勘違いしてるようだ。広志に妬いてほしいっていう想いが、ビンビン伝わる。


 ここはいきなり茜を突き放すような態度は取るべきじゃないと、広志は考えた。


「そ、そうかな? ちょっと妬いちゃうな」

「ちょっと?」


 茜は不満そうな表情を浮かべてる。


「いや、めっちゃ妬いちゃう! 僕もいいカッコして、ちょっととか言ったけど、ホントはものすごーく妬いてる」

「そうでしょ、そうでしょ」


 茜はニンマリと笑って、広志の胸を人差し指でツンツンつついてる。茜の仕種、可愛いじゃないか。


「でも安心していいよぉ、広志君。茜はその子のこと、ぜーんぜん好きでも何でもないから」


 そうなのか。

 まだ茜は、他の人を好きになるとか、他の人からの告白を受け入れるとか、無理なのかも?


 そうかもしれないけど、茜の本音は少し違うかもしれない。もう少し茜のホントの気持ちを知りたいと広志は考えた。


「そうなの? どんな人なの?」

「ん〜どういう人っていうか……おんなじクラスになったことがないから、よくわかんない」

「見た目はどうなの?」

「あ……まあまあカッコいいかな。優しそうではある」

「ふーん。で、茜はその子を断わったの?」


 突然茜の動きが、ピタリと止まった。


「いや、あの、えっと……」

「ん?」

「断わったっていうか、別に付き合ってくれって

ハッキリ言われたわけじゃなくて、単に好きだって言われただけだから」


 茜は顔を真っ赤にして、ちょっとうつむいた。本音では茜も満更じゃないかもしれない。


「あっ、そうなんだ。でもやっぱ茜はモテるなぁ。凄く可愛いもんな」

「ご、ごめんね広志君。広志君はやっぱり嫌だよね? ちゃんと断わった方がいいよね?」

「付き合ってって言われてないなら、断わるってのもおかしいよな」

「あっ、そっ……そうだね」


 茜の顔は、なんとなくホッとしてるように見える。やはり告白してきた相手を、満更ではなく思ってるようだ。


 だけどきっと、兄のことを恋人のように想ってる自分の気持ちと葛藤があって、まだ心の折り合いがつかないんだろう。


「まぁあんまり気にするな茜。その子を邪険にするのは彼に悪いし、別にすぐに付き合ってほしいって言うんじゃないなら、友達として付き合えばいいよ」

「広志君は嫉妬しないの?」


 茜は不安そうな顔をしてる。嫉妬してないって言ったら、茜はきっと広志が自分のことを好きでもないんだと思って、落ち込んでしまうに違いない。だから広志はあえて、こう答えた。


「バーカ。嫉妬してるよ。でも茜の友達付き合いを狭めるのは、僕は嫌なんだ」

「そ、そっか。わかったよ」

「なぁ茜」

「ん? なに?」

「僕の目をじっと見て」


 広志は低めの優しい声を出して茜に語りかける。


「うん」


 そして茜の意識を自分の瞳に集中させて、更に優しく語りかけた。


「僕は何があっても茜の味方だ。世界中の人が茜の敵になったとしても、僕は茜の味方だ」

「う……うん」


 茜は少しとろんとした目つきになっている。

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