第15話:伊田さんが好きな人は誰?

 伊田さんが好きな人は誰? 凛はあくまで自分の想像だと言って、その人の名前を口にしようとしてるのを、広志は固唾を飲んで待っている。


「伊田さんが好きなのは、陸上部の真田さなだ君だと思う。たぶん片想い」

「えっ? そうなの?」

「うん。でも本人から聞いたわけじゃないよ」

「じゃあなんで凛はそう思うの?」

「個人的に伊田さんとも真田君とも付き合いはないけどね。一年生の時からサッカー部と陸上部は同じグランドで部活をしてるから、二人が接する態度とか、たまに会話を耳にすることもあるんだ」

「なるほど、そうだよな」

「伊田さんの真田君との接し方を見てるとさ、たぶん一年の終わりくらいから、きっと真田君を好きなんだろうなぁって思ってた」


(そうなんだ。だけど凛は『たぶん片想い』って言った。ということは、三年生になった今でも伊田さんの恋は成就してないってことか)


「でもね、なんか真田君は伊田さんに対して、いつもつれない感じなんだよねぇ。それで伊田さんは真田君に、凄く気を使ってる気がする」


(そうなんだ。あんなに人気者で、モテモテの伊田さんなのに、恋愛が思うようにいかないことってあるんだな)


「あ、そう言えば……真田君が、『せめて全国優勝するくらいじゃないと、俺に相応ふさわしくない』なんて言って、伊田さんが『頑張るから!』って答えるのを、たまたま聞いたことがあったなぁ」

「それって陸上競技の話?」

「うん、そうだと思う。伊田さんは笑顔だったけど、なんだか無理してるような感じだった」

「ふーん。真田がそんなこと言ったんだ」

「真田君ってプライドがめっちゃ高くて『俺様』ってキャラだからねぇ。割とよくそんなことを伊田さんに言ってたんじゃないかな」


 広志は真田のことはあまりよく知らないけど、いつも人のことを割と冷静に見るタイプの凛が言うのだから、当たらずとも遠からずなんだろうと思った。


(そう言えばカフェ・ワールドで『伊田さんと真田が良きライバルとして高め合っていけたらいいね』と僕が言った時、伊田さんは歯切れが悪かったな。伊田さんは真田とのことで悩みを抱えてる可能性が高いってことか。あんなに明るく振る舞う伊田さんだけど、心の内では苦しんでるのかと思うと、なんだか伊田さんが可哀想だ)


「ありがとう凛。伊田さん本人に聞いてみないとわからないこともあるけど、伊田さんが抱えてる悩みが真田に関することかもしれないって、わかっただけでも進歩だよ」

「でも真田君のことは、伊田さんはヒロ君には言ってないんだよねぇ」

「うん。だから凛に聞いた話をこっちから言う訳にはいかないけど、伊田さんの悩みの背景がわかってる方が、良いアドバイスができそうな気がするよ」

「そうだね。でも伊田さん、あんなに明るい子だけど、真田君のせいで、かなり無理してる気がする。可哀想だなぁ」


 凛は顔を曇らせた。伊田さんのことを本気で心配してるようだ。


「私は好きな人が、優しいヒロ君で良かった!」


 凛が広志を見て、照れ顔で微笑んだ。


「えっ? いや、あの……」


 そんなにストレートに言われるとは。


「ぼ、僕も、好きな人が凛で良かったなぁ〜 あはは」


 広志も照れくさすぎて、あたふたしてしまう。そんな広志の顔を、凛は優しい笑顔で見つめてる。広志は思わず凛の整った顔に見とれてしまった。


「おわっ!」


 あまりにあたふたして凛に見とれてたもんだから、広志は足が絡まって前のめりにコケそうになった。


「ヒロ君、大丈夫!?」


 凛が両手で広志の左手を握って、引っ張ってくれたおかげで、なんとか倒れずに済んだ。


「あ、ありがとう。僕はこのおっちょこちょいなところを、直さないとダメだね」

「そんなおっちょこちょいなところも、ヒロ君のいいとこだよっ!」


 凛がニコッと笑って言った。凛はホントになんでも前向きに捉えてくれるから、ありがたい。広志が凛の顔を改めて見つめると、凛は黙って微笑んだまま──



 両手でしっかり広志の手を握ったままだ。凛の手の温かさと柔らかさが、広志の手に伝わる。凛の手の感触が気持ちいい。 だけど照れ臭い!


「あ、あの……凛」

「なに?」

「もう大丈夫だよ」


 広志はそう言いながら、自分の手を握る凛の両手に視線を向けた。


「えっ? あっ、ごめん!」


 凛は慌てて手をパッと離して、二、三歩後ずさりした。両手でチェックのスカートをぎゅっと握って、身体を固くしてるのが可愛い。


「いや、こっちこそごめんな。助かったよ」

「えへっ」


 凛はまた照れ顔になって、顔を耳まで郵便ポストみたいに……いや、ポストは可愛くないな。トマトみたいに真っ赤にしてるのを見て、広志も顔中が熱く火照ほてるのを感じた。


 お互いに好きだとわかってる間柄だけど、これはさすがに照れ臭くて、その後下校の間中ずっと二人ともギクシャクしてしまった。

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