泣けない私の代わりに泣いてくれますか?

羊草

第1話

ドッシリと外から重りがのししかかったり、逆に、今度はふわっと内蔵が浮くような、そして、何かに切り裂かれたような、迷宮と化した私の感情の渦に苛まれていた。




私は生まれてこのかた、感情に支配されるということは無かったと記憶している。どうして、今更になって、私の感情は私の心を乱すのか。私はいつだって、感情のない自分を何とも思っていなかった。今では違う。私は私は私が自分のしたいようにする事が許せない。私の平穏を奪う私の感情が許せない。私は感情が有るせいで、人を呪いたくなった。



私の感情が芽生えたのは丁度、1週間前。私はよくわからなかったし、行きなりすぎて自分に追い付けなかった。ほんの些細なことだけだった。そこからは私はどんどんと変わっていった。今までため込んでいたと言っても変なのだが、私になかった分の感情が一気に吸収されていく。それこそ、赤子が感情や言葉等を急速に覚えるように。私の感情レベルもそれくらい。でも、私の感情は18年分。圧倒的的に量が違う。私の18年分の応用能力を生かして感情が一気に入ってくる。そんな時、私の感情で最も育っているのが、恋愛感情、この年の子は大体が経験しているという。私も例の通り、感情が芽生えて真っ先に恋に落ちた相手がいた。彼は気の利く優しいクラスのムードメーカー。そんな彼には、恋人がいた。彼女は正に女子を詰め込んだような子で、一生懸命、自分を磨きあげているタイプの子だった。クラス公認の彼と彼女の交際は私には目に毒だった。感情の渦に苛まれた私の感情メーターも遂に満単にまで達していた。私のなかに溢れる、どろどろとした冷たく、真っ暗な底無し沼のように底の見えない嫉妬と怒りが感情メーターを爆発させ事態は起こった。


私は彼女を階段から突き落とした。彼女はゴロゴロと一番下まで転がり、パタリッと動きを止めた。彼女は血溜まりの海に囲まれていた。私は我に帰った。私の最も少ない罪悪感という感情が僅かだけど渦巻いた。どうして良いかわからず、私はその場を走り、逃げさった。


そんな逃げ去る場面を彼は見ていた。違和感を持った彼が私が来た方向へ急いで行ってみると、彼女が階段の下にいた。彼は真っ先に救急車を呼びつけ、急いで呼びつけた保険医と応急処置をした。彼女は出血量のわりに、急所ははずしていたらしく、一命は取り留めた。


逃げた私は保健室の前を通りすぎ、慌てて引き返した。私の感情はよりもが勝っていた。保険医を引っ張りだし、走りながら、事情を説明した。事がことなので、保険医は坦々と彼女を救うべく、動き出した。そんな時、彼は来た。彼は保健室に向かっていたらしく、保険医を見つけて、私には目をくれずに、保険医に目撃者としての報告をしながら、助けを求めた。


一段落して、彼は私に憎悪を向けた。


私に育った恋愛感情はそれはそれは渦巻いた。彼に憎悪でも私に意識が向いていること。彼に嫌われてしまって狂ってしまいそうなこと。等々………………


それでも、私にはあの血溜まりを目視してしまってからは感情が激しく育ち出していた。罪悪感と悲しみを………………



でも、私は悲しみを泣くということに繋げられるまでの応用力は育っていなかった。


あんなに愚かな恋愛感情、嫉妬と怒りは育っていたのに。


やっぱり、私には感情は必要じゃなかった。私は感情が無かった方が幸せだった。どうして、今更、私が感情を与えられたのかわからない。感情の存在に恨みが生じる。私は泣くこともできない。誰か私の感情を奪って、留めて!



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