第10話 大地震

 それは突然のことだった……。






 放課後になり、いつも一緒に帰っている慎太は颯爽と帰ってしまい、いつも琴葉と一緒に帰っていた千鶴も珍しく一番乗りで帰ってしまった。


 教室に残っているのは現在俺と琴葉のみ。琴葉と仲直り? をして以来、あの嫌だった重い空気は一切なくなった代わり、気まずい雰囲気が教室中を漂った。


 琴葉はというと、席に座り込みながらじっとしている。何もせずただ普通に……。実は俺もだ。慎太も千鶴も先に帰ったのは、きっと口裏を合わせ俺に試練を与えているためなのだ。


 ──一緒に帰るお誘いをしろという試練を。


 俺が席から立ち上がるためにギギッと椅子を引くと、琴葉の肩はビクンっと跳ねた。


 横顔は髪に隠れてしまっているため表情は読み取れない。


 俺は意を決し、小さな足取りで琴葉に近づく。それに比例するように琴葉の肩の震えが大きくなってゆく。


 怖がられている。怯えている。嫌がっている。俺のことがそんなに……。


『私は絶対に人を嫌いになったりしないから』


 あの時の琴葉の言葉を思い出す。真意にしか聞こえなかった言葉を俺は疑わない。琴葉は嫌がっていない……だとしたらなんだろう?


「琴葉」

「はいっ!!」

「おっ!!」

 

 返事にもなっていないほどその声は荒ぶっていて、俺も驚いてしまった。見つめてくるその瞳は宝石のようで吸い込まれそうだった。結ばれた口はプルプルと震えていて、なんというか可愛かった。


 そこで気づいた。夕焼け空をバックに存在している琴葉の頬は陽光に勝っていたようで、しっかりと赤らんでいた。


 照れているのか? まさかな……。


「あのさ……よければ、俺と帰──」

「うんっ!!」

「おっ!!」


 地面を突き抜けんばかりの金槌のように彼女は強くうなづいた。またも驚いてしまった。


 まだ誘ってないけど、琴葉は肯定したということでいいんだよな?


 



 とりあえず教室を出ようとし、振り返ると琴葉は餌を求める子猫のような瞳をむけてくるので俺は「行くよ」と目で訴えた。

 

 テクテクと小さな足音を鳴らして隣に並んだ。


 高校に入って一緒に並んで歩くのはこれで2回目だけど、帰りに一緒に帰るのは初めてなんだよな。


 昇降口に着き、俺が下駄箱の前に立ったところで気づいたが、琴葉は5歩ほど後ろで俯きながらその場に佇んでいた。


「どうしたの?」

「あ、あのさ! 一つ気になってることがあるんだけど……聞いてもいいかな?」

「いいよ」


 妙に真剣だと思い、何かと耳を澄ましていたが琴葉が口開くと同時に、体全体に揺れを感じた。


「地震!?」


 結局琴葉のから出された言葉はそれだった。数秒経って、その地震が大きいものだと気付いた。外はすぐそこで、琴葉に出るように促すが、いよいよピークを迎えている様子の地震は俺達の足を自由にしてくれない。


「きゃ!」


 結局琴葉は倒れ込んでしまった。ふと聞こえてきたギシッという音元を辿りると、琴葉の頭上──天井についていたはずの蛍光灯は、傾くように外れていた。


 落ちる……。このままじゃ……琴葉が!


「危ないっ!!」


 複雑な足取りのまんま走り出し、乱暴に琴葉に向かって飛び込んだ。


「えっ! ちょっと!?」


 目を見開くも、琴葉は両手を小さく出し、優しく受け止める体制を作っていた。


「ごめんっ!」

「むふん!」


 結局琴葉の華奢な手では俺を受け止めることができず、突っ込んでしまった。琴葉の口からは謎の効果音が出された。両手両足の重力をうまい具合に木の床へ着地させることによって分散させたが、胴体は琴葉のふところだった。


 あるものはあった……。


「ちょっと!? こんな時に……ダメだっ──」


 ガシャンとガラスが割れるような音が響き、背中に大きな衝撃を感じた。


「血がっ! 綾──」


 琴葉の表情を読む暇もなく、俺の意識は遠のいていった。

 











 嘘……嘘でしょ。そんな……。


「綾斗くん! しっかりして!! ねぇ綾斗くん起きて!!」


 血が止まらない。やだ、綾斗くんがいなくなるなんて!


 地震はすっかり治ったが、焦りが治らなかった。


「そうだ! 救急車を呼ばないと!」


 私は俗に言う携帯及びスマートフォンというものを待っていない。こういう時はどうすれば……。


「大丈夫かっ!!」


 背後から聞こえてきた声で、振り返ると担任教師が駆け寄ってきた。


「綾斗くんがっ!」


 すがるように目一杯で言う。


 そのあと、先生は綾斗くんを手当てしながら携帯で電話をし始めた。


 私はどうすればいいのか分からなくて、先生の言われるがままに従った。


 先生は凄い。どうしてこんなにも冷静でいられるのか分からない。


 とやかくしているうちに救急車のと思われるサイレンが聞こえてきた。あまりにも早くてビックリした。


 私は校門にてタンカーによって運ばれる綾斗くんを佇んで見届けていた。


 綾斗くんを乗せた救急車は、あれよあれよと言う間に消えていった。


「きゃあああ!!」


 後ろから悲鳴が聞こえてきた。


 千鶴だった。その横には慎太くんもいた。


「あんた! 血が出てるよ!!」

「え?」


 言われて気付いた。私の服は真っ赤だった。これは綾斗くんの血。綾斗くん……。


「千鶴……千鶴!! 綾斗くんが!」


 私は不安を消すために千鶴に抱きついて、そのまま事の説明をした。

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