第19話 叱責(2)
「私も、ここの人達も最初は娼婦っていう職業に抵抗があったんだ。メイアもそうだった」
「メイアも……」
意外だ。人と話すのが好きなのか楽しそうに客と話に花を咲かせていたのに。
ユージンは咳払いをすると「で、考えたんだけど」と真面目な表情でユイを見据えた。
「娼婦にならなくていいよ」
意味が分からず、「えっ」と言葉をもらす。レベルが足りず新しいスキルを習得できない自分は今の職業と所持スキルから娼婦になるしかないのに、ならなくていいとはどういう意味だろうか。
「いや、ちょっと訂正。娼婦にはなってもらうけど客はとらなくてもいい。うちは気に入らない客はふってもいいんだ」
「お客さんをふり続けるってことですか?」
「それも考えたんだけど、ふり続けると客側の
「3です」
「なら二、三日だけ娼婦として働こうか」
もっと意味が分からない。ユイは眉根を寄せた。
「明日までにレベルを5にあげて、そこから一ヶ月かけて初級スキルを獲得する。レベル上げに使った日数分、娼婦として働くことになるけど客はとらない。必要なら私の知人に客のふりをしてもらおう。法律に触れないギリギリの範囲で攻めてみよう」
「すみません。わがままを……」
「気にしないで。ここだけの話。ユイくんのお陰でけっこう儲かっているんだよ」
ユージンは右手でお金のジェスチャーをしながらウインクをした。なんでもレアスキルと黒瞳持ちの人間が働いているということで集客率は普段の二倍近く跳ね上がっているらしい。
それを聞いてほっと安心する。身元不明者なのに自分勝手な行動をとって迷惑ばかりかけているものと思っていた。理由が見世物だとしてもこの店の利益になるのなら嫌ではない。
「ボーナスは期待し——」
話は最後まで続かない。ノックなしに勢いよく扉が開け放たれた。
思いの外、大きく響いた音にユイとユージンは二人揃って肩を跳ね上げる。
「メイア。扉が壊れるからもっと優しく閉めなさい」
「オーナー、いたんだ」
メイアはユージンを見て「ごめんね」と軽く謝罪すると廊下を指さした。
「はい、出てって」
「待って、まだ話が途中で……」
「明日でもいいじゃん。怪我したままほっとく気?」
「いや、そういうわけではなくてね」
「そんなに大切な話なの?」
「それはもう終わったよ」
「なら出て行って。ほら早く」
雇用主なのに怯まず部屋から出て行くように命じる姉に、背後に控えていたアリスが遠慮がちに「姉さん。落ち着いて」と宥めようとする。けれど、ユイの無謀な挑戦により激怒中の姉の猛攻を止めれるわけもなく、
「アリスは早く怪我を治してやりな!」
その一喝で戦うのをやめた。無理だと悟った。
アリスはユージンに申し訳なさそうに
「ごめんなさい。姉さん、いつもより怒り気味で言うこと聞かなくて……」
アリスは魔導書を顕現させるとユイの手をとり、傷の具合を確かめる。
「酷い怪我。皮膚が溶けてる。出血も少し」
「見た目ほど酷くはなくて、あんまり痛くもないし。大丈夫だよ」
「スライムとかの粘性かな。レベルが低いとこんな怪我になるのね」
どうやらユイの言葉は聞こえてないようだ。ぶつぶつと呟きながら魔導書のページを捲るアリスを見て、そう判断する。敬語も外れている点から怪しいな、とは思っていたが集中すると周りが見えなくなるタイプらしい。
話しかけて邪魔をするのもな……とユイはまだ言い争いを続けている二人を見た。
「オーナーなのに冷たい」
「私に優しくして欲しいの?」
「そう言う意味ではなくて……」
「じゃあどういう意味なの?」
「深い意味もないよ」
言い争いというよりもユージンが一方的に捲し立てられていた。
メイアが次に口を開こうとするのを見て、ユージンは慌てて両手をあげた。
「分かった。私は出て行くよ」
「分かればいいのよ」
腕を組んだメイアはふっと鼻で笑うと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「メイア。さっき言った通り、明日はよろしくね」
「はいはい。分かってるよ」
「ユイくん、今日はゆっくり寝て休みなさい。今の君の仕事は傷を癒すことだ」
「すみません。お言葉に甘えて休ませてもらいます」
「メイアはそばにいてあげて。仕事はしなくていいよ」
「オーナーに言われなくてもそばにいるわよ」
「こんな時間に来てくれてありがとう。アリス。君がいてくれて本当に助かるよ……って聞こえてないか」
ユージンは苦笑をこぼすと「お休み」という言葉を残して出て行った。
同時に三度目の鐘の音が響き渡る。開店の時間だ。一階からは活気にあふれる声が聞こえる。
ユイはちらっとメイアを盗み見た。
(とてつもなく怒っている……)
話しかけていい雰囲気ではない。背後に修羅が見えるのは気のせいではないはずだ。
どう話しかけようかと迷っていると急な眠気に襲われた。草原であれだけ動き回ったせいなのか、腕や背中を撫でるアリスの手が暖かいのか、どちらかが原因か分からないが眠たくて仕方がない。ユイは欠伸を噛み締めた。
「横になりなよ」
うとうと船を漕いでいるとため息混じりにメイアが声をかけてきた。
「横になったら寝てしまうから……」
またもや欠伸がでてしまう。どうにか起きていなければ、と目を擦るがこんなことで眠気が治らない。
「寝てな。アリスの治癒は眠たくなるの」
優しく褥に横たえられ、眠気は限界を迎えている。
階下から聞こえる賑わいをBGMにユイは重たい瞼を閉ざした。
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