第10話 先輩娼婦メイア


 与えられた部屋は三畳半ほどの広さでこじんまりとしていた。備え付けのベッドと机だけで狭く感じるが、それでも衣食住の内、住が満たされただけで万々歳だ。

 ユイは鞄を机の上に置くとベッドに寝っ転がった。ギシリとベッドの木組みが軋み、埃が舞いあがる。カビっぽい臭いが鼻をつき、ユイは眉間を寄せた。


 しかし、身体を起こす元気はとうにない。


 天井を見上げながらユイはこれまでのこと、これからのことに考えを巡らせた。自分が異世界に転移したことに対して、まだ信じられない気持ちを抱いているのは事実だ。

 けれど、これが夢でないこと。

 今の時点で元の世界に戻る方法を知らないこともまた事実。戻る可能性としてはあの神と名乗る少年を探す必要がある。

 それと同時に逸れてしまった四人と再会する必要があった。

 四人の人柄は詳しく知らないがなんとなく彼らはこの世界でも無事で、生きているという確信があった。


 そのためにはまず生きることを優先しなければならない。


 まず、ユイに必要なものは衣服。制服は目立つため、使えない。体操服は寝巻きにするとして最低でも外出用と仕事用で二着分は欲しい。上下を揃えるとなると二百ベニーというところだろうか。

 次に食料。月涙亭では従業員のために朝と夜の二食だけ格安で提供されるが月に三百ベニーはかかる。


「お金が足りない」


 ユージンの好意で最初の一ヶ月は前払いとして千二百ベニー貰うことはできたがどんなに計算しても足りない衣食住をうめるのに使ったらほとんど残らない。それではが買えない。

 何か手持ちを売って貯蓄にまわそうとも考えたが金になりそうな物をユイは所持していない。どうしようか、と考えているとノック音に思考を遮られた。


「ねえ、いるの?」


 扉越しに聞こえた声にユイは急いで重たい身体を起こし、扉の前に駆け寄った。


「ユージンさん?」

「違うよ。オーナーから頼まれたから来たんだ。開けて」


 戸惑いながら扉を開けると桃色の巻き毛が愛らしい少女が腕いっぱいに衣服を持って立っていた。


「ありがとう。入ってもいい?」

「あ、はい。どうぞ」


 ずかずかと中は入った少女は衣服をベッドの上に乱雑に放り投げた。


「あたしはメイア。オーナーから服を持っていないって聞いて使ってないやつ持ってきたよ」

「え、こんなに」


 ユイは驚いた。ゆうに二十着はあろう服の山に。よく見れば帽子や装飾品も紛れている。


「うん。姉さん達の分もあるよ。あんたと歳が近いからあたしが代表して持ってきたんだ」


 嬉しくなり、ユイは「ありがとう」とはにかんだ。おかげで衣服にかけるはずだった二百ベニー、全額貯蓄にまわすことができる。


「別にいいよ。あんたもここ、座りなよ」


 メイアは自分の隣を指差した。

 ユイが座るのを確認してから好奇心が宿る若葉色の瞳をずいっと近づける。


「名前は?」

「ユイです」

「いくつ?」

「十五歳です」

「あたしの二つ下だね」

「メイアさんは十七歳なんですね」

「さん付けはいらない。メイアでいいよ」


 メイアは人懐っこい笑みを浮かべた。

 しかし、笑顔を一転させ急に黙り込む。

 なにか怒らせるようなことをしてしまったのだろうか、とユイが冷や汗をかくとメイアはユイの頬を両手で包み込み、顔を近づけた。


「目が、本当に黒なのね」


 ぽつり、と小さく呟かれた言葉が聞き取れずユイは首を捻る。


「黒の瞳って希少なの」


 もう一度、メイアは囁やくように呟いた。


「希少?」

「うん。黒って初めてみた」


 なんでもこの世界では瞳の色によって魔力の保持量が違うという。薄い瞳なら魔力量は少なく、反対に濃くなるにつれ量が多いとされる。

 それを聞いてユイは納得した。ステータスを見た際に異様に魔力が高かったのはこのためだと。

 黒の目が物珍しいらしく、食い入るように見つめていたが空気を震わす鐘の音にメイアはぱっと顔をあげた。


「仕事の時間だ」

「夜の?」

「そ。オーナーから場の雰囲気を経験させたいから呼んでこいって言われてんの」


 言いながらメイアは衣服の山を漁ると紺色のワンピースを引っ張りだした。ワンピースを拡げ、ユイの体に押し当てると「いいね」と頷く。


「やっぱ、黒には濃い色を合わせたいよね。これ着てみてよ」

「あ、うん……」


 言われるまま制服を脱ぐと渡されたワンピースの袖に腕を通した。姿見はないので自分の姿を確認することはできないがサイズはぴったりだし、メイアが腕を組み自慢げに頷いていたのでおかしくはなさそうだ。


「じゃあ、こっちに来て」


 メイアの案内の元、ユイは一階へ行くために部屋を後にした。

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