最後のブレス

囲会多マッキー

第1話 最後の練習

 久しぶりに部室に来た。最後に来たのは何年前だっただろう。今ではもう見られない型番の古い楽器たちは、埃をかぶり眠っていた。これが最後のここでの演奏になるだろう。俺がこの部活の顧問になったときには、廃部寸前に追い込まれていた。いや、廃部同然の状態になっていた。俺の代も部員が20人で多くはなかったが、しっかり活動していたのに。


「……ここも、見納めになるのか」


 俺はシロフォンに積もった灰色の物体を、虫の屍骸しがいが転がっている絨毯じゅうたんの上に落とした。この鍵盤けんばんも全く変えていないのだろう。木のへこみや傷が昔のまま残っていた。俺が叩いていた時よりもピッチがずれており、もはや使い物にならない。


「こんにちは」


「佐藤君、車からほうきを持ってきてくれる?」


 現在の部長が来た。部長といっても、部として存続させるために形だけの部長である。しかし、彼にお願いした年に廃部することが告げられた。最後に演奏をしたいと部長が相談してきたために、俺の知っている先輩たちにも連絡を入れてある。さて、あの人が来る前に掃除を終わらせなければ。


「こんにちは。久し……掃除手伝うか?」


「お、いいところに来ましたね。手伝ってください」


「お前、昔から俺に対するあたりが強いよな……」


 佐藤さとう君から箒を渡された秋山あきやま先輩も含めて3人で掃除を終わる頃にようやく他のみんなも来た。40人が来てくれたが、俺がのである。こうして集まってみると、意外と低音域が多い。来てくれた人の中には自分の楽器を持ってきている人もいたので、バランスは悪いがこのままで演奏するつもりだ。


 俺は指揮台に立って手を三回くらい叩く。すると、さっきまで音出しでうるさかった部室が葉っぱの躍る音が聞こえるくらいまで静かになった。


「皆さん、今日はお忙しい中……」


 ごく一般的な挨拶をしようと思っていたのだが、人ごみの後ろの方の声でそれすらも遮られてしまった。


「お忙しいのが分かっているなら、早く吹かせろ!」


「じゃあ、吹き終わったらすぐ帰るんですね?」


「え……? いや、帰らねぇけど……」


 周りから笑いや、ツッコミが出た。きっと俺に気を使ってくれたのだろう。帰らないことは依然聞いていた。なぜなら、この後に近くの焼き肉屋さんで打ち上げをするつもりだったからである。そこの予約をするために先に人数を把握していたのだ。


「今日は、私がこの後のお金を出しますのでもう少し話させてください」


 なにを話していただろうか。記憶が全くない。しかし、多分とんでもないことを話していただろう。そして、短いようで長い挨拶が終わった。


「で、今日は何をやるんだ? 何にも聞いてないから、多分叩けないぞ?」


 今日演奏するつもりの曲は決めてある。きっとこの曲なら叩けるはずだ。だって、この曲は吹奏楽に携わったことのある人間ならだれでも知っている。俺が最後の部室で演奏したかったのはたった3曲だった。すると、俺の5歳上の廣田ひろた先輩が手を挙げて一言。


「……それだけでいいのか?」


「じゃあ、ほかにやりたい曲があれば言っていく形で……」


「わかった。もし、俺の腕がもげたら代わりにお前が叩けよ?」


 相変わらず冗談を言ってくるこの先輩。だったら、こっちも少し無茶ぶりをお願いしてみようか。


「わかりましたよ。その時は、廣田ひろた先輩が指揮してくださいね?」


「あ、お前が指揮するのか」


 俺は一度横に首を振り、アゴーゴを手にした。そして、その行動を見た演奏者……ブラスバンドの皆はそれに納得し演奏する準備をする。ドラムが最後に準備を終わらせると、俺はアゴーゴを一定のテンポで叩いた。さて、最後の直前練習が始まる。


 ――カン、カン、コン。

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