第20話 「やだ。姉さん、このソースどうやって作ったの?」

 〇桐生院知花


「やだ。姉さん、このソースどうやって作ったの?」


 麗が野菜スティックを食べながら言った。


「ん?麗ちゃんが言うって事は、美味しい物ね?どれどれ。」


 瞳さんがワイングラスを持ったまま、テーブルの上から大根を手にして、特製ソースを付けた。


「あたしもいただき~。」


 聖子もその隣で、きゅうりをパクリ。


「あっ、ほんと。美味しい。」


 そう言ってる聖子の隣で…瞳さんは何度か瞬きをした。


「えーと…美味しいけど…これって…」


「ふふっ。瞳さんは食べ慣れた味でしょ?」


 あたしは三人の前に頬杖をついて言った。


「えっ、どういう事?」


「これ、アズさんに教えてもらったの。」


「…いつの間に…」


「あっ、正確にはコックパッドにね?ふふっ。」


 あたしが笑いながら言うと。


「えー?アズさん、料理してコックパッドに投稿してんの?」


 聖子はすごく美味しそうに音を立てて、次から次へときゅうりを食べた。


「…あいつめ…最近仕事のない日にやたらとキッチンに立ってると思ったら…」


「うふふ。いい旦那さんじゃなーい。料理が出来るなんて、最高。」


「ほんとほんと。もっと感謝して、たまには何か作ったらー?」


 麗と聖子がクスクス笑う。


「麗ちゃんに言われるならともかく、聖子には言われたくないっ。」


 瞳さんはあまり怒ってる風でもなく、ワインを飲みながら『でも知花ちゃんが作った方がまろやか』って言いながら、再びキッチンに立ったあたしを振り返った。


 今日は、小々森商店さんに追加の配達をしてもらってまで…の、ご馳走。

 とは言っても、咲華の好きな物ばかり。

 大袈裟にご馳走って言うより、いつもうちで食べてた物。

 向こうで何食べてたのかなあ。

 料理なんてしてたのかな。


 あたしがそんな事を考えながら、蒸し器の様子を見ようとした所で…


 ピンポーン♪


 下のインターホンが鳴った。


「はーい。」


 意気揚々と応えると。


『あ』


 あ?


『あたし!!ただいま!!』


「わー!!咲華!!おかえり!!」


 つい、あたしがバンザイなんてして言っちゃうと。


「帰った?サクちゃーん、おかえりー。上がっておいでー。」


 隣に瞳さんが来て、あたしの肩に手をかけて言った。

 そして。


「迎えに行かなくていいの?」


 至近距離で、あたしに言う。


「…瞳さんて…」


「ん?」


「やっぱり、こうして見ると、父さんの目と似てる。」


 あたしがマジマジと瞳さんを見て言うと。


「ぶっ。何今さら。」


 麗が立ち上がりながら言って笑った。



 口ではそんな事を言ったけど…

 あたしは少し違う事を考えてた。


 咲華の声の前。

『あ』って。

 …セン?



「お出迎えは?」


 蒸し器の蓋を開けて、中から野菜を取り出してるあたしの背後から。

 聖子が耳元でそう言って…


「くすぐったいっ。」


 あたしは首をすくめて笑った。


「ふふっ。わざとよ。」


「もうっ。同じ事してやるんだから。」


「あ、やってやって。」


「…姉さんと聖子さん、恋人同士みたい。て言うか、瞳さん迎えに行ったわよ?」


 麗にそう言われて、聖子とイチャイチャしてたあたしは…


「だって、門扉から玄関までは距離あるじゃない。」


 首を傾げてそう答えた。

 大荷物で帰って来るのかなあ?って心配な気もするけど…

 もし、あたしなら。

 大袈裟に迎えてもらいたくない気がしたから…


 …でも。


「それにしても…だね。千里に捕まっちゃってるのかな…」


 瞳さんも戻って来ないし…

 あたしは、ここからじゃ見えもしない広縁を覗くようなポーズをした。


 さっきまで大声で喋ってたアズさんの声が聞こえない。

 それに、肝心の咲華の『ただいまー』も…まだ。

 もしかして…玄関までに、何か険悪なムードになるような事でも…



「ちょ…ちょ…」


 玄関に向かおうとしてると、瞳さんが慌てて戻って来た。


「どうしたの?今行こうと…」


「サクちゃんが…サクちゃんが、男の人と…」


「えっ!?」


 瞳さんの言葉に、あたしと麗と聖子は同時に声を上げた。


「おっ男の人とって…」


 麗があたしと瞳さんを交互に見ると。


「お…男の人と手を繋いで…金髪の…」


「金髪の男!?」


「違う!!」


 あたしは…ポカンとしてた。

 瞳さんの言う事は支離滅裂だったけど…

 さっき聞こえた、センに似た声の『あ』の人と…咲華が帰って来たって事よね。


 で…

 金髪…

 金髪の男の人じゃないって事は…


「咲華が金髪に?」


 見に行けば早いのに、あたしはつい…瞳さんに質問した。


「違うのよ違うの…」


 瞳さんは息を切らして、聖子から受け取ったワインをキューッと飲むと。


「サクちゃんが…き…」


「き?」


「金髪の…」


「金髪の?」


「金髪の可愛い赤ちゃんと、イケメンと帰って来た!!」


「……」


「……」


「……」


 あたし達は…顔を見合わせたけど…

 金髪の可愛い赤ちゃん。

 そう聞いたあたしは…


「あっ、知花!?」


 聖子に呼び止められたけど、玄関に駆けだしてた。


 咲華ー!!

 おかえりー!!


 心の中でそう言いながら、玄関を出ると…


「……」


 広縁の前に立った、咲華と…あれは…



「二階堂海です。報告が遅れて申し訳ございません。アメリカで咲華さんと結婚して…この子を養女に迎えました。」


「えっ…?」


 あたしの後で、麗と瞳さんと聖子が小声を上げた。


 …結婚…養女…

 咲華と……二階堂海さん…が?


 海さんは陸ちゃんの甥っ子さん…

 で…

 センの…



「おま…」


「やめて!!」


「咲華、リズを。」


「えっ…海さん…ダメ!!父さん!!やめて!!」


 当然のように千里が海さんを殴ろうとする。

 あたしは、もうそれは仕方ないのかなあ…なんて傍観してたんだけど…


「てめえ!!俺の妹に何しやがる!!」


 そう言って、海さんを殴ったのは…華音だった。

 すると、その騒動に驚いた赤ちゃんが泣き始めて。


「ああ…ビックリしちゃったね…ごめんね…」


 咲華がなだめる。


「…説明しろ。」


 千里が、立ち上がった海さんに低い声で言った。


「バーで出会って、酔っ払って結婚してしまいました。」


「!!!!!!!!!!」


 広縁にいるみんな、目を見開いて驚いてる。


 あたしは…

 あたしは、そんなに…驚かないかな。

 だって…

 あたしなんて、家を出たいからって…偽装結婚したんだもん。


 …あそこで、怒りまくってる千里と。



「ですが、今は愛し合ってます。」


 海さんの言葉に、あたしは少し…ドキドキした。


「…酔っ払って結婚して…酔っ払ってその子を引き取ったのか?」


「はい。」


 なのに、頭を抱えたそうな顔で溜息をつく千里に…少しウンザリした。

 …あたし達だって、キッカケは偽装結婚だったのに…想い合ったよね?

 酔っ払って結婚しても、今は愛し合ってるって、今…二人は言ったのよ?

 どうして溜息なんてつくの?


「てめ…」


 華音がまた海さんに殴りかかりそうになって、それを陸ちゃんが止める。


 …華音、アメリカで海さんと友達になったって言ってたのに。

 これとそれとは別。って言うのかなあ…

 何でだろ。

 咲華が幸せなら、それで良くない?


 もう…

 千里と華音には…ガッカリしちゃう…


「海…織と環は知ってんのか?」


 陸ちゃんが海さんに問いかける。


「先代の所に集まった時に紹介した。」


 て事は…もう海さんのご家族は、この結婚を認めてくださってるんだ。


「…志麻には。」


「言った。」


「……」


 志麻さん…

 咲華の…元、婚約者。

 そっか…

 海さんの部下だもん…

 色々…気持ちが難しい…ね…



「全てが事後報告になった事を、お許しください。」


 海さんが、千里に土下座する。

 そして…


「大事な娘さんと、このような形で結婚してしまった事、深くお詫びいたします。ですが、どうか…この結婚を認め」


「ダメだ。」


 海さんの言葉の途中。

 千里が遮った。

 あたしは…少し冷めた目で、千里と…海さんを殴った華音を見た。


 どうしてダメなのかな。



 まだ未成年だったあたしと、すでに有名人だった千里。

 ゆえに極秘結婚でもあった。

 だけど…祝福された。

 千里のおじいさまと篠田さんの笑顔を思い出すと、今も胸が痛む。

 あたしと千里は、たくさんの人を騙した。


 それでも…想いは通じ合って。

 気が付いたら、大事な人になってた。

 …そして、苦しくなった。


 あたしは…


「……」


 ゆっくりと一歩踏み出すと、後ろにいた麗達が息を飲んだ気がした。


「やだ…可愛い~…」


 あたしは咲華と海さんに駆け寄った。

 咲華が抱っこしてる金髪の女の子…

 近くで見ると…本当、すごく可愛い…!!


「目パッチリね。名前は?」


「…リズ…」


「リズちゃん。はじめまして。おばあちゃんよ~?」


 咲華から『リズちゃん』を受け取って、柔らかい頬に触れる。


「あー…柔らかい…癒されちゃうわね。」


 本当…癒される。

 癒されるし…強くなれる気がする。

 あたしに抱っこされたリズちゃんは、涙の溜まった大きな目であたしを見てたけど。


「ビックリしたわね。ごめんね?もう大丈夫よ?」


 あたしがニコニコしてそう言うと、少しずつ歪んだ唇を普通に戻してくれた。

 そして、あたしにつられたのか…少し笑顔になった。

 …ああ…ほんと可愛い…


「二人とも、中に入って?時差ボケない?疲れてるでしょ?」


 あたしが咲華と海さんにそう言うと。


「知花。」


 千里の低い声が背中に刺さった。

 刺さったけど…

 あたしは、千里を振り返って言った。


「幸せの何がダメなの?」


 幸せは…人を強くする。

 守るものがあるって、そういう事よね?

 あなたには…分からないの?


「華音も。」


 あたしは続けて、そばで陸ちゃんに腕を掴まれてる華音にも言った。


「自分が結婚したい時、反対して欲しいの?」


「なっ…」


 あたしは…千里と華音、二人に強い目をした。

 あなたには、あなた達には…分からないの?って。


 幸せって…



 勝手にずっと続くものじゃないのよ…。

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