いつか出逢ったあなた 41st

ヒカリ

第1話 『泉、中の様子はどうだ。』

『泉、中の様子はどうだ。』


 兄貴の声がイヤホンから聞こえた。

 あたしは通気口から部屋の中を見て、素早く瞬きを二度してアイスコープの通信機能をスタートさせた。


 昔の二階堂の中には、物を擦り合わせて通信する…なんていう脅威の耳の良さと受信脳みたいなのを持ち合わせてた人もいたみたいだけど。

 文明の利器によって通信は便利になったし…その分他の能力の高さを求められるようになった。


 例えば…

 とんでもない集中力…これは昔も今も変わんないと思うけど。

 …果てしない体力とか。

 …臨機応変に素早く闘う術とか。

 …絶対に的を外さない銃の腕とか。



『無理はするなよ。』


 兄貴は…現在アメリカの二階堂を仕切ってる。

 本当なら父さんが来るはずだったけど、兄貴がどうしても…って。

 …ま、色々あるんだよね…きっと。


 想い合ってた紅美と別れて。

 許嫁だった朝子と婚約破棄して。

 …兄貴…

 女運なさ過ぎだね。

 カッコいいんだけどなあ。



 あたし、二階堂泉は自他とも認めるブラコン。

 兄貴が大好き。

 小さい頃から能天気に、兄ちゃん兄ちゃんってくっついて歩いてたけど…

 ある日、これまたあたしの大好きな父さんの血が兄貴には流れてないって知って…

 グレた。


 だって…

 兄貴と姉ちゃんとあたしには、二階堂環っていう右に出る者はいないほど世界一カッコいい父さんの血が流れてないと…

 嫌だったんだもん。


 だけど…血…なんて、関係ないや。

 って思えるようになった。


 そして今は…



「誰っはっ!!」


「銃っなっ!!」


「がはっ!!」


「やめ…っ!!」


 部屋に飛び込んで、七人いた男を次々と蹴り上げたり殴ったり…

 基本、あたしは部屋の中では銃は使わない。

 できれば…それが悪党でも、誰も殺したくないから。



『…終わったか。』


「うん。」


『…相変わらず早いな。』


「誰か応援よこして。銃の入ったトランク、相当あるよ。」


『富樫達が向かってる。』


「サンキュ。兄貴の方はどう?」


『こっちも片付いた。』


「さすが。」


『下で落ち合おう。』


「了解。」



 姉ちゃんが整形外科医のわっちゃんと結婚して、子供が産まれて。

 二階堂は、兄貴とあたしが頑張ってる。


 兄貴はアメリカで。

 あたしは、日本とドイツとアメリカ…

 あちこちに行って…暴れてる。


 両親も兄貴も、あたしには…普通に恋愛して結婚しろなんて言うんだけど…

 …無理だなって思った。


 うん。

 無理だ。


 普通に恋愛なんて…。





「え?兄貴帰ったの?」


「はい…」


 あたしの問いかけに、富樫は少しバツの悪そうな顔をした。

 …あたしがブラコンだってみんな知ってるもんな…


 現場が片付いた夜は、みんな飲みに行ってて。

 だけどあたしらみたいな上の立場の者が行ったら気を使わせるから…って、兄貴は行かない。

 だったら、あたしと飲みに行こーって誘ってたのに…


「…ちぇっ…」


 小さく唇を尖らせると。


「私達と行きますか?」


 姉ちゃんにフラれた事のある富樫が、あたしの顔を覗き込んだ。


「…気使わせるからやめとくよ。」


「大変申し訳ございませんが、泉お嬢さんにはさほど気を使ってないかと…」


「うわっ、それはそれで腹立つなあ!!」


「お嬢さんも息抜きされてはいかがですか?この現場、かなり神経お使いになられたのでは?」


「……」


 それは…そうなんだよね。

 だけどそれがあたしの仕事。

 だから…別に、大変とも思わないけど…


「今夜は志麻も合流します。」


「え?志麻こっち来てたの?」


「今朝ジェットで。現場を二つ終わらせたそうです。」


「…優秀な男だ…」



 志麻とは…

 物心ついた頃から一緒だった。

 志麻と瞬平と薫平…三人はいつも『僕が泉ちゃんをお嫁さんにする!!』なんて言ってたけど…

 志麻は、桐生院家の咲華さんと婚約中。

 瞬平はドイツを拠点にしてて…滅多に会う事がない。

 薫平は…二階堂を辞めた。


 将来の事なんて何も考えなくて良かった頃、あたし達は家族のようで…

 すごく、大事な仲間だった。


 …あの頃が…懐かしいな。

 何も考えなくて良かった…あの頃が。



「でも、あたし強いよ?」


 あたしが腕まくりして言うと。


「自分もかなり鍛えております。」


 富樫は柔らかく笑いながら答えた。


 …志麻や瞬平達とは小さな頃から同じ敷地内で育ったけど…

 富樫は、一般的に言うと中途採用?

 まあ、志麻のお母さんである舞さんみたいな感じで…

 小さな頃から『友達のふりをして護衛をする』って立場だった。


 舞さんは、あたしの母さんと陸兄の幼馴染って設定で、ずっと仲良くしてて。

 高校卒業と同時に二階堂入り。

 富樫も同級生としてずっと姉ちゃんを護衛してたけど、大学では何とかお近付きになれて…

 相思相愛ならば結婚も許される。って掟を実行するべく、告白したらしいけど…玉砕。


 あたしと兄貴には、護衛なんていなかったなあ…

 …あ、あたしの場合は瞬平と薫平がそうだったのかな。

 学校でもずっと一緒だったもんな。


 …だから、薫平が夢を持って二階堂を出て行ってしまった事…

 本当はすごく寂しかった。


 …夢。

 夢なんて…



 ろくなもんじゃない。





「お久しぶりです。」


 あたしが富樫に連れられてその店に入った時、すでに志麻はそこにいた。


「大活躍して来たらしいね?」


「普通の事です。」


 あたしが店に入った事で、少しだけ遠慮して席を移った輩もいたけど…ま、いっか。


「どうぞ。」


「あ…ありがと。」


 富樫が椅子を引いてくれて、そこに座る。

 気が付いたら、志麻と富樫に挟まれてて…あまりこういう飲み方ってする事ないから変な感じがした。


 だいたいあたしが飲む相手って言ったら…

 華月とか。

 …今までなら、聖…だったかな。



 三人並んで乾杯した。

 飲みながら仕事の話はしたくないんだけど、やっぱこういう面子で集まると…自然と仕事の話になる。


「瞬平が作った新しい装置、現場デビューしたんだって?」


「はい。大活躍でしたよ。」


「さっき本部でも噂になってました。今度こちらの現場でも使ってみたらどうでしょう?」


「そうだねー…父さんに話通して、兄貴が許可したら、だね。」


 みんなそれぞれ頑張ってる。

 だけど、頑張っても上手くいかない事はある。



 …兄貴の現場で一般人が死んだ。

 誰のせいでもないんだけど…兄貴は自分のせいだ…って。

 むしろ、犠牲者が一人だったのが不思議なぐらいなんだけど…

 あたしらの仕事は、それを出さない事。

 だから…

 責任感の強い兄貴には、かなりのダメージだった。


 そのせいか、あれ以来兄貴はすごく暗くて。

 一時期は声もかけられないぐらいだったんだけどー…

 去年の秋、兄貴に転機が訪れた。

 救いの神みたいなもんなのかな。

 あたしも詳しくは知らないんだけど…


 精神衛生上良くない小汚いアパートから、何だか雰囲気のいい一軒家に引っ越してた。

 おまけに…人生初?

 友達も出来たらしい。

 どれも姉ちゃんからの又聞きなあたしは、その辺の話、詳しく聞きたいと思って…の、今夜だったのに。



「で、志麻はいつ結婚すんの。」


 コロナからウォッカの三杯目になった頃、その話を切り出してみた。

 反対側では富樫も気になってたみたいで、身を乗り出して志麻の顔を見てる。

 あたし達は仕事で顔は合わせても、プライベートな話をする機会は全くない。



「えーと…俺の話は別によくないですか?」


 志麻、酔ってるな?

『俺』になってるよ。


「だって、婚約して二年以上経つよね?いい加減咲華さん呆れてるんじゃない?」


「……」


 あれっ。

 あたしの言葉に志麻が無言になったもんだから、富樫とこっそり顔を見合わせる。


「…あたし、今のヤバかったかな…」


「い…いえ…自分もそう思いますので…」


 富樫とコソコソと話してると…


「…色々複雑なんです。」


 志麻が低い声でそう言って、ウォッカをおかわりした。


「……」


 富樫、あんた何か気の利いた事言いなさいよ。


 えっ…自分無理です…


 恋愛した事ないわけじゃないよね?


 そ…それはそうですが…アドバイスになるほどの恋愛では…



 富樫と視線でやり取りして。


 …仕方ない。

 ここはあたしが…って思ってると。


「…お嬢さんは、どうしてお別れになったんですか?」


 若干目の座った志麻が、斜に構えてあたしに言った。

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