第44話 「邪魔者が入るわ。」

 〇桐生院咲華


「邪魔者が入るわ。」


 マリア様がそう言って…あたしと海さんは、ポカンと口を開けてしまった。


 邪魔者……?


「えー?邪魔者って男?女?」


 あたし達の後から、野次馬的な感じで身を乗り出したのは、曽根君だった。


「曽根さん…遠慮ないなあ…もう…」


 沙都ちゃんがビールを片手に首をすくめる。


「まさか…志麻の事では…」


 富樫さんが小声のつもりで言ったのかもだけど、あたしと海さんに見つめられてる事に気付いて。


「はっ…すっすみません!!」


 慌てて頭を下げた。


「あたしは何となく…父さんかと思っちゃったけど…」


 あたしが声を潜めて言うと…


「あなた、女性関係は大丈夫なの?」


 マリア様は…海さんを指差して言った。


「えっ?」


 海さんだけじゃない…

 沙都ちゃんも曽根君も、富樫さんも…あたしも…同時に驚きの声を上げた。


「あ…あるわけがない。」


「ニカが動揺してる…」


「トシ。」



 海さんに…女の影…?

 それって…許嫁だった朝子ちゃん…は、もう結婚してるし…

 …紅美ちゃんは…華音と付き合ってるし…

 それ以外に?


「咲華。」


「えっ?」


「思い当たる事なんてないから、考えるな。」


「……」


 あたし、そんなに顔に出てたのかな。

 考え込んでたのがバレて、ちょっと恥ずかしくなった。



「とにかく…邪魔者に気を付けて。それを乗り越えられなければ、あなた達に明るい未来はないわ。」


 マリア様の言葉にあたしが青くなってしまってると…


「…咲華とリズと幸せな家庭を築けたのは、あなたの助言のおかげかもしれない。それは感謝します。だが…幸せな人を不安にさせるような助言は要らない。」


 海さんが、マリア様に…言った。


「私は感じたままを正直に…」


「人の脳は、気にかかる事をずっと考えていると、思い込みでそう動いてしまう事だってある。不安を勝手に大きくして不幸になるのは本人の豊かな想像力のせいかもしれないが、わざわざ種をまく事もないでしょう。」


「……」


「邪魔者が入っても、乗り越えてみせますよ。邪魔者だけじゃない。どんな困難があっても、越えてみせます。」


 そう言ってる海さんの周りに、みんなが集まり始めて…

 富樫さんが拍手をすると、みんなもそれにつられたように…手を叩いた。


「どうか、みんなをハッピーにする助言をお願いします。」


 海さんがそうマリア様に言うと。


「…そうね…あなたの言う通り。私自身、幸せを見落としていたのかも。」


 マリア様は首にかけていた、たくさんのペンダントを重そうに持ち上げて外すと。


「今夜はもう休業。みんなで祝いましょう。」


 立ち上がってカウンターに向かった。



「…結局邪魔者って誰だよー…」


 曽根君がブツブツ言いながら沙都ちゃんにもたれ掛る。


「もう、曽根さんてば…海君が関係ないって言ったばっかなのに。」


「俺は知りたいのにー。」


「そんなのいないってば。」



 気にならないと言えばうそになる。

 だけど…あたしは信じる力を大事にしたい。

 この事が小さなシミにならないよう…





 〇朝霧沙都


「じゃ、そろそろ…サクちゃん、あっちに。」


 僕がそう言うと、サクちゃんは『えっ?』って驚いた顔をしながらも、ペギーに連れられて店の奥に向かった。

 ついでに海君も何だ?って顔してる。


「リズちゃんもこっちおいでーっ。」


 ほんっと人見知りしないリズちゃんも、お客さんに連れられて店の奥へ。


「さ、海君も準備しなくちゃ。」


「準備?」


 Lizzyでの馴れ初めを聞いていた僕と曽根さんは、この日のためにコッソリ準備してた。

 だってさ…まだサクちゃんの家族に打ち明けてないって…大問題だよね。

 神さんなんて、絶対怒ると思うし。

 その時に、二人の心が折れちゃわないよう…

 …ま、折れる事なんてないと思うけど。

 折れちゃわないように、ちゃんと僕らの前で誓ってもらおうかなって。



「海君、サクちゃんと結婚して変わったね。」


 僕が海君の胸にコサージュを着けながら言うと。


「…そう見えるか?」


 海君は苦笑い。


「うん。最初にサクちゃんとリズちゃんにキスしてるのを見た時は、別人かと思った。」


「ははっ。人目をはばからずって所が俺じゃないって思ったのか?」


「…今までの彼女にもしてた?」


 少し悪戯っぽい目で問いかけると、海君は首をすくめて。


「まあ、確かに…今までは『先がない』気持ちが強かったからな…その点咲華とは、目覚めた時には覚悟をしなきゃいけない状況だったから。」


「あはは。ある意味酔っ払って結婚は正解だったね。躊躇しなくて済んだんだから。」


「…まったくな。」


 二階堂のトップって事で…紅美ちゃんの事も諦めざるを得なかった海君。

 ノン君と三人で紅美ちゃんの事を想って、正々堂々想いをぶつけたあの頃が懐かしいな。

 最終的に、紅美ちゃんはノン君を選んだけど…

 僕としては、紅美ちゃんとノン君の幸せも。

 そして、こうしてサクちゃんにメロメロになってる海君の幸せも。

 本当に…自分の事みたいに嬉しい。


 今の僕は、みんなの幸せが僕の幸せみたいな感じになってて。

 曽根さんなんかは『沙都君、お年寄りかい?』なんて言うんだけど。

 でも、長い長い紅美ちゃんへの想い…

 それが幕を閉じた今、恋する気持ちを忘れちゃいそうだ。


 楽しい事があって、みんなで笑っていられたら…

 それでいいんだよって。



「いつから企んでた?」


 サクちゃんの指輪の内側に、日付と名前が彫られたみたいで。

 それを手にした海君が、僕の隣に立って言った。


「惚気を聞いてからずっと、何か恥ずかしい思いをさせてやるって曽根さんが言ってたからさあ。」


「恥ずかしい思い?」


「あー…幸せいっぱいの海君には、恥ずかしくなんかないよね。みんなの前でキスなんて。」


 僕の嫌味に、海君は少し目を細めたけど。


「おまえの時には倍返しにしてやる。」


 そう言って、僕の肩を抱き寄せた。


 …僕の時…ね。

 そんな時が来るかな。



 しばらくすると、まずはドレスアップしたリズちゃんが連れて来られて。


「おお…赤子がグレードアップしてる…」


 曽根さんがそう言いながら、写真を撮る。


「リズ、すごいな。」


 海君はリズちゃんを抱っこして、頭についてるリボンをチョンと触った。

 あー…ほんと可愛い!!

 目の色と同じドレスのリズちゃんは、すごく笑顔で。

 その可愛らしさがお店中の人を笑顔にした。



「さ、サクちゃんもそろそろかな?」


 僕がそう言うと、お店の照明が暗くなって。

 奥にある部屋の入口から、サクちゃんが現れた。





 〇二階堂 海


 店の中が薄暗くなって。


「ぱっ?あー。ぷぅーぱっ。」


 リズが俺にギュッと抱きついてきた。


「大丈夫。怖くない。」


 すると、みんなが手拍子を始めて。

 それに合わせて、店の奥から咲華が出て来た。


「うおー!!馬子にも衣装!!」


 トシの大声に、富樫が咳払いをしながら身体をぶつけた。


 ふっ…


「まっまっ、ぱっ。」


 リズが咲華を指差す。


「うん。ママ綺麗だな。」


 …本当に。


 動画に残っていた教会での結婚式は…

 そこに用意されていた物なのか、小さなベールを頭に着けていただけだったが。

 今日は…白いドレス。


「…海さん、こんな事…」


 俺の隣に来た咲華は、恥ずかしそうにうつむく。


「これは俺も今知った。沙都とトシが企んだらしい。」


 俺がそう言うと。


「ガシも昨日から参加してるけどねー。」


 トシが笑って、富樫は深々と頭を下げた。


「んまっ、あーっ。」


 リズが咲華に手を伸ばして。

 咲華がリズを抱える。


「……」


 つい、二人に見惚れた。


 俺がポケットからスマホを取り出して二人を撮ると。


「ぶっ!!ニカ!!そんなの俺が撮るから、並べよ!!」


 みんなに大笑いされてしまった。

 いや…自分で撮りたかっただけだ…。



「それでは、これから皆さんの前で誓ってもらいます。」


 富樫が俺達の前に立ってそう言うと。


「サクちゃんのお父さんに反対されても、くじけないと誓いますか?」


 沙都がそう言って、俺と咲華は顔を見合わせて笑った。


「誓います。」


「これから家族も増えると思うけど、何かの記念日にはここに家族で来るって誓いますか?」


 ペギーがそう言うと。


「自分が会いたいだけだろ?」


 周りからそう突っ込まれたけど。


「誓います。」


 俺と咲華は笑顔で答えた。


「サクちゃんが今のペースで食べ続けると、間違いなく何年後かには太ってると思うんだけど、それでも愛し続けると誓いますか?」


「あははははははは。」


「もうっ!!曽根君!!」


 トシの言葉にみんなは笑ったし、咲華は頬を膨らませたけど。


「もちろん、誓います。」


 俺が咲華を抱き寄せて言うと。


「ごーちそーさまー。」


 トシはそう言って…カウンターの向こうからケーキを取り出した。


「ひゃあ!!」


 それに反応したのはリズで。


「赤子やべーな。サクちゃんそっくりの食いしん坊だぜ。」


 トシにそう言われて、咲華は苦笑いをした。



 指輪の交換をして、ケーキカットをして、みんなで飲んで食べて。

 ちょっとしたパーティーのはずが…本当に改めての結婚式のようで。


「みんな、ありがとう。」


 俺がそう言うと。


「それじゃここで、僕から一曲プレゼント。」


 沙都がギターを手にした。


「えっ、何?あなた歌える人なの?」


 ペギーの言葉に、沙都は笑顔。


「あまり上手くないけど、聴いて下さい。海君とサクちゃん、そしてリズちゃんの幸せが、ずっと続くといいなあと思って作りました。」


「え…作ってくれたの…?」


「短いけどね。」


 そして沙都は、マイクも何もない状態で、歌い始めた。

 ワールドツアーをするようなシンガーが。

 俺達だけのために作ってくれた歌。



 Be Happy


 恋は簡単じゃないって

 きっと臆病になってた

 だけど見付けたんだね

 そこに咲いてた花を


 想いは複雑で

 きっとたくさん泣いた

 だけど辿り着いたね

 そこに広がる大きな海に



 二人で見上げる空はいつもと同じようでも

 少しだけどこか違うんだよ

 ケンカしたり泣いたりして少し手を離しても

 天使が笑うから…仲直りできるよ



 二人で見上げる空はいつもと同じようでも

 少しだけどこか違うんだよ

 迷う事があっても信じる事をやめないで

 それだけでいいから…約束して



 迷う事があっても信じていれば叶うから

 今みんなに誓って…「幸せになる」って




 〇桐生院咲華


 沙都ちゃんの歌ってくれた『Be Happy』は、手拍子の似合う明るい歌なのに…涙が出た。


「咲華、泣き過ぎ。」


 海さんがそう言って、ハンカチを当ててくれるんだけど…


「だって…すごく…いい歌…」


 感激して、涙が止まらない。


「そうだな。お互いの名前まで入れてくれてた。」


「ほんと…すごく嬉しい…」


 そこに咲いてた花は…あたし。

 そして、そこに広がる大きな海は…海さん。

 それだけでも感動してたのに…


 迷う事があっても、信じる事をやめないで。


 あのフレーズに…あたしの涙腺が崩壊した。

 しーくんの時に出来なかった事…

 あたし、絶対海さんの事…何があっても信じてる…。



「そんなに泣いてくれるなんて、嬉しいけど…花嫁には笑顔がいいよ。」


 沙都ちゃんが申し訳なさそうにそう言って。


「リズちゃん、ママを笑わせてあげてよ。」


 あたしの手からリズちゃんを抱っこすると。


「いないいない、ば~って、してあげて。」


「ば~っ。」


「…ふふっ…もう…何、このコンビネーション…」


 二人で…あたしを笑わせてくれた。



「それにしても…君、歌上手いなあ。シンガーになれるんじゃ?」


 サムがそう言って、曽根君が首をすくめる。


「ワールドツアーに出て、出す曲全てがヒットチャートに上がってんのに…まだまだだなー。」


 マネージャーである曽根君が沙都ちゃんの背中をポンポンとして言うと。


「えっ!?あなた有名なの!?」


「ワールドツアー!?そんなシンガーに…悪かったなあ!!」


「名前もう一度聞いていい!?」


 みんな、それぞれ沙都ちゃんにそう言って詰め寄って。


「…サト・アサギリです。」


 沙都ちゃんがゆっくり、聞き取りやすいように自己紹介すると…


「えー!?もしかして…サティ!?」


「雑誌で見るより子供!!」


「ほんと!!」


「……」


 みんなの『子供』意見に、沙都ちゃんは目を細めて。

『気にしてるのに…』と小さくつぶやいて、うなだれた。


 うーん…

 確かに沙都ちゃん…22歳でも…年相応には思えない…

 可愛いんだよね…。




「二階堂のジェットでお帰りくださいと言っているのに、ボスはどうしても一般の飛行機でと。」


 いい気分で飲み過ぎたのか…富樫さんが、饒舌になり始めた。


「ガシがニカの悪口言ってる。」


「これが悪口なら、曽根さん毎日大悪口だ。」


「トシ、毎日どんな事話してんだ?」


 ふふっ…楽しい。


「仕事で帰るんじゃないから、別にジェットじゃなくていい。」


 海さんらしいなあ。


「曽根さん達は、いつ日本へ?」


「あー、俺らはニカより少し早い便。」


「え?同じ便じゃないの?」


 あたしが身体を乗り出して問いかけると。


「…ずっとイチャイチャされるの分かってんのに、一緒に乗る気になんかなんねーよなあ、沙都君。」


 曽根君は…ニヤニヤしながら言った。


 ずっとイチャイチャなんて…


「……」


 隣にいる海さんを見ると。


「ん?」


 首を傾げて…優しい笑顔。

 …ああ…この笑顔大好き…

 うん…イチャイチャしちゃうかも…

 それをいちいち言われるなら、別便で良かった。



 それから、みんなで記念写真を撮った。

 ほどよく酔っ払った皆さんは、すごく楽しんでくれたみたいで…

 あたしもこんなサプライズ、胸がいっぱいで…


「…うん。頑張る。」


 あたしが両手を握りしめて、一人で決意表明をしてると。


「一人で頑張らなくていいぞ?」


 海さんが…そう言ってあたしの頬にキスをして。


「あーもー二人とも帰れよー。」


 曽根君に、しっしってやられてしまった。

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