Good/irresponsible system

フル単@カオスフォレスト

第1話 また君は『現実』から逃げるのかい?(play storeでゲーム版公開中)

(神奈川県 楠木町駅 8番線 新宿行き電車待ち 5番入り口)

「あずまん…」

「姫野…」

彼女と瞳が合い、おれは怒りに満ちた顔でクシャクシャだった。それなのに、憔悴(しょうすい)しきったおれまで包み込む顔を、彼女は未だにしている。くそっくそっ。どうして君はいつだって優しいんだ。だから、足元をどうしようもない「ヤツ」に、君は囚われるんだ。

 おれは彼女の手を離したくない。小さな人形のような手を潰すかのように、ぎゅーと握り尽くす。頼む頼む頼む、あってはならない!

 新宿行きの電車が到着しそうとしている。

「7時50分快速田園都市線新宿行き到着致します。黄色い線の外側までお並びください」

 聴き飽きた無機質な声が聞こえる。ドクン、ドクン、ドクン。

 

 大きい箱のような電車がやって来たー。彼女は、手を放ち、落ちた。


ブォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。


 落ちる瞬間まで、彼女の顔をズッとおれは見た。彼女は、最後までほんわかな雰囲気を壊さなかった。白い肌と黄色がかった髪は赤く染まった。


(神奈川県 つくし野駅 自宅 7時30分)


 ピピピピピッ!

「あーうるさい!」

おれは毎日決まった時間に暴れ出す「社畜時計」を止めた。


(7時30分の社畜時計。焦る顔の西田東)


「あー準備しないと、ち、遅刻だぁぁぁぁ!」


(走りだし、楠木町駅まで向かう。駅内は、仮想通貨の価格確認のため、スマホをズッと見ている人々ばかり)


「おれの名前は西田東。二流私大を卒業したフツーのサラリーマン。サラリーマンだからって、老いていないぜっ!まだ、26歳、四捨五入で「約ハタチ」であるのである。それにおれは、平凡から覚醒するチャンスを持っているー!」



(SNS会社カオス・バム内)


「西田―、また遅刻やな。ははは」

この青みがかった髪で高身長の優男は、川田安(かわだやす)。同期で同じく会社でお荷物扱いであるが、おれと違って律儀に働いている。根は悪くない奴である。

「これは、仮の姿…。世を忍ぶ仮の姿…。本業は、博徒であるんだ…」

川田はキョトンとした顔になった後、呆れた顔になった。しまった。こいつは真面目に聞いてもくれないし、バカにさえしない奴だった。

「バッハッハッハッハ!」

どうみても馬鹿にしている声が後ろから聞こえてくるー。

「ハッハッハッハ。はぁ~、西田!どんな無能でも、喜劇師の才能とかはあるんですねぇ」

笑いすぎて目から涙を浮かべる、ダークスーツの同期の女性、佐藤白(さとうはく)。顔を小さくするために、揉み上げを異常に長くしているオカッパだ。没個性な顔だが、努力して平均より可愛い顔している。同期では、一番成績が優勝であり、周りからの評価も高く、26歳で異例の社長秘書だ。が、それは表の顔。おれや川田を見つけるとイジり尽くすという極悪女が裏の顔である。一言で、カオス社の魔女。

 魔女の後ろにいるのは、権田美嘉(ごんだみき)。背が低く、いつも猫背でヌメヌメしたような目をしていて、半開きだ。一瞬でダラシない奴と分かる顔。しかし、おれや川田と違って、ギリギリの営業成績を打ち出す要領の良さを持つ。

「また、西田さん、白っちにバックチャーフッチャーとか宣っているんですか?」

見るからに、呆れた顔。

「バックチャーフッチャーじゃない!『博徒』だ!ば、く、とだ!おれは一発当てるんだよ!当たってから、『彼女にしてください〜、あずま様』と甘い声を出しても遅いからなっ!」

必死で弁明を、身振り手振りでするおれ。ニヤニヤ笑う性悪な女たちとマジで心配な顔を浮かべる男1名。

 川田がやや強い口調で言い放つ。

「西田~、博徒である前に、昼飯代2200円を返してもらいたいんやけどなぁ~」

続けて、佐藤と権田がサラッと一言。

「私は夜ご飯代、500円」「私も夜ごはん代、500円返してもらってないねぇ」


 息詰まるおれ。それにしても、修羅場って漢字の語源は何だろう。ええい、いつもの事実を今は語るしかない!ダイブッ!


「おれは博徒だ!いつか金持ち父さんになる!諸君はおれの投資家なのだ!来たるべき未来でまた会おうな!」

いつもながら、速攻で走り、誤魔化すことにした。戦略的な撤退である。未来で莫大にして返す予定なのだ。今話されても、困るしかない。何故だがいつか金持ちになると思ってしまう。


(3人だけになる)


「また逃げたんやねぇ…」

呆れる川田。

「バッハッハッハ!何であんな奴がカオス社に入れたんだろうね。」

冷笑する顔で、豪快に笑う佐藤白。

「そうだね。むしろ仮想信用ポイント「カオスコイン」を運営するこの仕事は、やり甲斐だとは思うんやけどね…」


「だからこそ、やり甲斐なんてないんだよ」

キパッと、ダラけた雰囲気を壊し、真面目に答える権田美嘉。

一方、シンプルに驚く二人。

「世界国家が規定したカオスコインにより、人の評価も全て、このコインだけで全て決まってしまった。お昼の奢りだって、お互いのカオスコイン稼ぎでしょ。

美味しくないカオス・ラーメンを、大行列で高いお金を払って『ありがとう』と喜んでいる。


国が指定した食べ物を食べると、承認されてカオスが増えるんですからね。

西田のような天下を目指す人間は行列の後ろか、行列を見下ろす王しかないもの」フフン


威厳のある怖い雰囲気で語る美嘉。恐る恐る白が返答を返すー。


「結局、西田は行列の最後列ってこと?」


ニヒッと元のダラけた猫の顔に戻る美嘉。

「結局、そうなるのですー!」ニヒヒ

「バッハッハッハッハ!結局、そうよねぇ」

ハハハとつられて、川田も笑う。


(会社から飛び出す西田)

 「あー忙しい!バカ3人組に構っていられないぜ。おれは毎秒、仮想通貨の変化を確認しないとならんのだ」

スタスタと公園へゴミ拾いに向かう。もちろん無課金労働のためだ。空き缶50個で1カオス、燃えるゴミ100gで1カオス、燃えないゴミ50gで1カオス貰えるからな。カオスコインを確認するにも、カオスが必要なんだよな、こりゃあ。


公園へ向かう刹那―、黒い歪な巨体とすれ違った。

ガシッと肩を掴まれた気がする。あれっ、身体が動かない。

パタパタと動かして、やっぱり動かない!

「おい、そこのお前、手を離せ!」「喜べ、少年!貴様の夢は叶うだろう」

「はっ?少年でも貴様でもない!一体なんだ!お前は!?」


振り返ると、青いスーツを肩にかけた不良のような、この中年。どう見ても、「怪しい」を体現したかのような男だ。


「ふぅん、だから、喜べ少年。」


だから、さっきから会話がなってないんですけど〜、一体どうすればいいん…


バラバラバラバラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ


は?辺り一面は、ギフトカードだらけになった。


「1億カオスはある。だから言ったろ。喜べ少年。貴様の夢は叶うだろう」

「いやいやいやいや、怪しいぞ!貰っても、危険なんじゃ?」


「むふん、安心しろ。貴様のことをよく聞いた上で渡すと判断した。ただし、選ばれた人間だけが集まるパブリックに参加してもらう」


「というか既に始まっている」


ババババババ!機関銃らしきものを持った金髪碧眼のチビ少女が、コチラを狙っている。

シューン!シューン!遠距離から、スナイパー銃らしき音が聞こえる。


「ヒッ」「説明は後だ!我と避難してもらう!」

ガシッと彼に掴まれ、ドンドンと表現のしようがない殺人的な走りをする男。

後ろから破茶滅茶な銃声が聞こえながら、おれらはその場を後にした。


(喫茶店)

「ど、どうして喫茶店なんかに入るんだよ!目立つだろうが!」

「もう安心だ。奇襲をしすぎると、目立ちすぎて信用ポイントが減る。あいつらもそこまでバカではない」

「た、確かに。カオスが減るからなぁ。ハァハァハァ。さっきのは何だったんだよ」

「目ざとい女狐め。始まる前に貴様を殺そうとしていた」

「おれはもう関わりたくないね!死ぬのは、うんざりだ!」

キョトンとする男。


「じゃあどうするのだ?」

「それは、その真っ当に日常をコツコツとして…」

「童(わっぱ)に聞いて調べたと言っておろう。それが出来ないから、貴様の人生はダメなんだ」

「西田東、26才、カオスコイン社勤務。会社内の交友は、川田安、佐藤白など。兄弟は姉が一人。母親はアイドルをやっている。父親は承認マスター。どいつもこいつも信用で飯を食っている。


この意味が分かるな?我が誤報を流せば、というかお前の存在自体が彼ら彼女らの評価を下げている。だから、もう厳しいんでは…」


「貴様―!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ドッとおれの右手が動いた。バシューンー。鈍い音が聞こえた。右手を後ろへ弾き飛ばされた。ものすごく痛い。ズシンと痛みが反芻する。い、痛い。

 悲しい顔だが真摯に話そうとする男がそこにいた。

「落ち着け、西田東。本意じゃねーよ。本意じゃない、おれだって!親族がポイントを稼ぎたいがために、カオス悪化させる家族を切る皮肉を、もう我は見たくねぇ」

落ち込んでいるのかイライラしているのか、ポケットからチョコを取り出し、水で流し込む男。

「座れ。貴殿。ここからが、我の本意。


お前におれの1億カオスを貸す。だから、偶像戦争に参加しろ。場所は、鎌倉のある

避暑地だ。勝てば、1億カオス、いや賞金もやるつもりだ。勝って、全てを精算しろ、東!」

バーン!机にいつ回収したのか、さっきのポイントカード1億を置く男。真摯な目でコチラを覗いている。

「ま、待ってくれ。その偶像戦争っていうイベントはどう戦うんだ?負けたら、どうなる?誰が主催者なんだ?」

え?っていう意外そうな顔をする男。

「それがよく分からないのよ。公平さを出すために会場に行かないと分からないらしい」

「分からないって…」

「むふん、まあ今が死んでいるようなものじゃないか。お前、毎日、道ですれ違った人に挨拶できるか?電車や飲食店で、頭の悪そうな夫婦とその赤ん坊のために席を譲れるか?」

思わず顔を赤くしてしまうおれ。情けないが、そんなことしたい気がさらさらない。

「だろ?これは初歩の初歩。これすら出来ないなら、もう分かっているだろ!」

ガシッ。両手の手首を掴まれる。

「この手は何のためについている?貴様の苦手な承認を作るためじゃない!


未来を切り開くためだ!


貴様は非生産な負け癖が染み付いている。元資金を貸してくれるチャンスが目の前に来ても、言い訳にすぐ走る。貴様は、仮想通貨が当たればいいなっていう気持ちでいたいだけだ。だったらいいなじゃない!やるしかないんだよ!アズマァ!」

「や、やるぜ!貸してくれ!オッサン!」

誇らしげな顔をし、フッフッフと笑うオッサン。

「その承諾完全に記載した!」

パッとスクリーン映像で撮影された。2100年現代では映像もサインと同義扱いであるんだ。

いきなり始めの頃の図々しい態度に豹変し出したオッサン。言葉は生き生きしているが、目はやっぱり死んでいるぞ。飄々とした態度でおれに言い放つ。

「オッサンではない。正美だ。喜べ、少年。貴様の夢は必ず叶うことを、我は保証する。貴様のIDに早速、場所や時間の詳細は送ったぞ。では、用事があるので、さらばだ」バッ

おれはオッサン、正美の殺人的な走り姿を見送った。何だが、吹っ切れた感じになったのか、晴れ晴れしい気持ちになってきた。来たるべき吾妻館へ!


(鎌倉 吾妻駅 吾妻館 午前0時)


「しっかし、真っ暗じゃないか!」

三日月がよく見える山奥に、吾妻館はそびえ立っていた。鎌倉は観光地として有名でカオスコイン受けしやすいお店がズラッと並んでいる。しかし、静寂の夜には、騒がしい声も飛び散らかされるコインもない。あるのは、静寂とおれの吐息だけ。吾妻館は歴史を感じる和風のお屋敷で、本物の忍者がいそうな威厳を醸し出している。

「へへっ。博徒として、腕がなるぜ!」

キイイイイイ 木製の3mに及ぶ扉を開ける。

「お待ちしていましたぁ!アズマ様!」ピラーン

な、何だか、ピンクピンク全開な声優声が聞こえるぞぉ。お、おれは闘いをしに来たんだぞ!ふ、雰囲気を壊さないでくれ!

アニメに登場するピンクの髪を揺らす妖精の美少女がそこにいた。目は過剰に大きく、デフォルメされた二頭身だ。頭には触覚のようなものが付いている。羽がついていて、ふわふわ浮いてもいるし。

いや、映像ということだろう。何だVRcarか。球体の移動機に映像を映し、本体はそこにいなくてもいい。身体苦手者を救うためにカオス・ボム社が作り、現代ではアイドル産業に使われている。アームも出るので、身体はもはや必要ない。承認さえあればいいのだ。

「紹介遅れました!橋本キララと申します!」

彼女はスカートの裾を持ち、ペコって頭を下げた。

「というか知っている。アーン!」

 おれが口を盛大に大きく広げる。目をクシュと閉じて笑顔の彼女は、ムキムキマッチョな手を口に突っ込む!

「ハッハッハッハッハ!いってなぁ。楽しいな!おい!まさか、スパムじゃない有名人にやってもらうとは!」

 録画のコピーではやったことがあるが、生身の機械であるキララちゃんにやってもらうなんて!アーンからの「拳」!!!!!VRcarキララちゃんの自虐風ギャグの1つである。

美少女だけどVRの映像だからさ、機械の拳は男らしく重いというわけ。それをアーンと口を開けている男性人へぶちかます!この腹黒キャラは、男女問わず人気で、「アーン拳」と呼ばれている。

「いえいえ!これくらいお安い御用ですよぉ、アズマ様。さて、早速会場に来てください!」

ゴーゴーゴーというVRcarの音が畳の上を響く。グルッと右回りする途中、坊主の女が!

「キララちゃん!坊主の女が!」

キョトンとした姿で、羽をパタパタと動かしている。

「あー北条政子の銅像ですよ、それ」

完全に興味がない口調で流すキララちゃん。まあ可愛い銅像じゃないしな。しっかし、深夜に怖すぎるだろ!

一番奥にある一つの襖をキララちゃんが開ける。

「着きましたよ♡アズマ様」


そこには、畳の上に10体の真っ黒な黒い球体が置いてあった。


吐息は耳を澄ますと聞こえる。おそらくVRcarだろう。

隅っこには、白いタキシードのさわやかイケメン風のメガネ男が体育座りしていた。

異様な光景に驚きを隠せないおれに対して、ガキを嘲るような顔を男はしている。

反対側には、黄金に近い長い髪の少女が立っていた。

動画サイトで見るキララちゃんの、ドロドロタイム口調で宣誓が放たれる。


「キヒヒヒヒ!さぁさぁ!集まりましたクズどもが!偶像戦争の始まりでーす♡


では、解説を始めてみましょーかー?」ニヤリ

ゴクッ。胸が高まる。ドクンッ、ドクンッ。何が始まるんっていうんだ!?


橋本キララ「キヒヒヒヒ!最後に生き残った二人が、持っていけ!カオスコイン!


世界中のカオスコインの6割を贈呈ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


キララちゃんのVRcar画面が、膨大のギフトカードの山になる。彼女?は埋もれているぞ

俺は思わず、突っ込んでしまった。


西田東「6割っていうことは、筆頭カオスコイン所持者。カオスコイン社もおれのものじゃないか!」

相変わらずギフトカードの山に埋もれている映像のキララちゃん。顔とシッポだけ飛び出して、

橋本キララ「キヒヒヒヒ!そうそう!世界を牛耳ると同じことよ!しかも、そんだけカオスコインがあれば、信用ポイントはMAXだからー!」

おれはもういってもたってもいられない!

西田東「ナイスバディで清楚な方からモテモテというわけか!」

橋本キララ「グヒヒヒヒ!モテモテっていうわけさ!」


キララちゃんの画面にたくさんの美女に囲まれているおれが写っている。おー燃えてきたぜ!そこに、金髪の女の子が髪を大きく揺らしながら、前に出て、キララに叫んだ。


???「待ってください!ということは、日本中のファンを幸せに出来ますかぁ!?毎日、放送もやったり、地方ライブをやったりしてるけど、ずっとはファンの皆に会えない。だから、彼ら彼女らたちを救いたいの!」


 な、なんていい奴すぎるんだ!おれの後に、そういう立派なことを言うのはやめていただきたいのですがー。器の大きさを見せられたというか。無頓着におれの後に聞く姿勢は、真摯さをものすごく感じさせる。よく見たら、青と白をモチーフにしたアイドル衣装を着ている。うなじも見えている、サラサラと美しい黄金の髪が揺れている。知っている。『姫野雪』。現役女子学生アイドルだ。一人一人と地道に話すアイドルで有名。中身があるアドバイスもすることから、財政界のオッサンにも大人気だとか。

 考えにふけっていると、キョトンと首を傾げて、姫野はこちらを上目遣いで覗いている。

姫野雪「私の顔に何かついていますか?」

チョンと顔をものすごく近づけてきた。わっわっわっ!お、驚いた!

西田東「ついていねーよ!アンタが有名人だと知っていただけさ。おれの名前は西田東。よろしくな!」

慌てふためいたおれの姿が面白かったのか、姫野はクスクス笑い、


姫野雪「こちらこそよろしく。あずまん♪」

彼女にか弱そうな細い手で握手を求められたので、

西田東「お、おう」

ガシッと掴んで、手を取り合った。あ、『あずまん』って、なんか調子くるーな。彼女が人気アイドルって理由が何となく分かる気がする。さりげなく仕草一つ一つが好感を持てる。

 気づくと、ムーと頰を膨らませるキララちゃんと、クスクスと冷笑する白いタキシード。

橋本キララ「私の説明中にラブラブしないでください!喝!喝!喝!」

キララちゃんに相槌を打つように男は眼鏡を光らせクイっとし、

落合仁「全くその通りだ。あ、ちなみに僕もそれなりに有名だよ。落合仁。落ちるに合わせるに、仁義の仁。ふふ、皆のお茶の間カウンセラーと言えば、僕のことだろう」

 ゲッ、コイツも知ってる。落合仁。おれが大嫌いな有名人だ。心理学者として有名だが色物枠であり、「ビジネスで無意識を分析しよう!」とかなり電波なことを言っている。爽やかな風貌でゴリ通す、中身がないと思う大人気コメンテーターだ。

橋本キララ「ちょ、落合さーん、自己紹介は後で!皆さんキャラ濃すぎでーす!、自重自重!」


華麗なノリ突っ込みを繰り出すキララちゃん。こんなに強烈な奴らに囲まれたら、司会者は大変だなと思う。コホン、コホンとキララちゃんが相槌を打つ。


橋本キララ「カオスコインの創立者は、次のトップの神を求めています!なのでぇ、世界中の名高いアイドル的なスターたちを集めました!勝った真なるアイドルにこそ、神の座を贈呈しましょう!勝敗は殺さなくても、大丈夫!相手と交渉し、勝敗が決まるゲームなら何でもOK!二人以上が闘うとき、常時、街中の監視カメラが勝敗をジャッチしまーす!イエーイ!単純でしょ?」


うん、単純だ。おれは無言で頷き、姫野もコクリとした。落合の野郎はニヤニヤしているだけだ。気持ち悪いな。しかし、良かった。殺しもないし、リスクもあまりない。コーと吐息を吐き出すVRcarは10体。おれと姫野、落合を含めた13人で競ってみるってことか。13分の1でカオスコインを、信用ポイントの根拠になるカオスコインを牛耳れるー。なんて素晴らしい話なんだ。キラキラと目を輝かせるおれに、笑顔のキララちゃん。

 ただ、ちょっとちょっと気になるフレーズがあったぜ!名探偵のおれは見逃せない!


「キララちゃん、カオスコインの設立者、鷺沼って『神』なのか?もしかしてカオスコインの絶大な力ってアイツの願望ってわけか?」


キララちゃんは何を当たり前なっていう顔をしながら、


「ええ、そうらしいけど、知っていて当然でしょーーーーー!?」


「はぁーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

と仰天するおれ。一方、コクンと頷く姫野と眼鏡をクイって持ち上げる落合。

呆れた顔の落合が冷笑し出した。

「汚い言葉だから言いたくないんだけどさぁ、『白痴』だな、君。名だたる選ばれた僕たちカリスマなら、知っていて当然じゃないか」


メディアでは見せない顔で批判する落合の顔に、おれは憤りを感じた。だけど、どう言い返せばいいか分からなかった。「カオスコインの設立者が神であることを常識と思う連中」と争うなんて、ここはハイレベルすぎる。気まずい沈黙が流れること、約10秒。

 切り出したのはおれでも落合でもなく、羽をアタフタ動かして、困ったポーズをするキララちゃんだった。


「に、西田さんは、代理人なんですよ!!!だから、おいおい着いてくるってことで!お願い〜、ね?ね?頼むよ、皆さん」

コクンコクンと頷く姫野とフッと笑う落合。あの正美のオッサン、油断ならねー。あとで掴まえないと、ヒドイ目にあうってやつだぜ。


キャッハッハと笑い、気を取り直すキララちゃん。彼女は羽をブンブン動かして、はしゃぎながら、


橋本キララ「まあ細かい話はあとで西田さん、私が教えるから!期限は、4日間!では、よろしくね!」


ババババババ!


銃声が近くで、聞こえる。プッシュ〜ン。キララちゃんがいない。キララちゃんのVRcarが穴だらけになってしまった。他のVRcarも壊されている。

 そこには、銀髪の碧眼少女と、彼女より大きい機関銃が存在していた。幼女が持つには歪な組み合わせ。え?「機関銃」?どういうこと?神に続いて、そんなのも「あり」か?


 フフフと笑う彼女。コイツは以前におれと正美を狙ってきた女じゃねーか!

???「期間は、今日でおしまいかもねー。アハッ」

「ちょっと待て!殺さなくてもいいって言っていたろ!?やめろよバカ!信用ポイントだって結局下がっちゃうぜ!」

フフンと呆れた顔で見下した顔をする彼女。

「殺した方が手取り早いじゃない?VRcarの皆さんも自宅は特定しています。もうゲームオーバーでーす、皆さんー」

おれが怒る顔で彼女を見て、彼女はおれをジッと見て不敵な笑みでニッと笑う。

その時、

「クッ!」


落合仁が、襖を開けて、逃げ出したー!


しかし、

「ふぎゃー!!!!!!」

間抜けな声をして、襖を触りながら、彼は尻餅をついた。落合は襖を開けられなかった。正しくは、誰かが、強引に襖を閉めてきた。襖の裏から、声が聞こえる。


「お嬢さん、外はもう私らで囲んでいます。いつでも支持をどうぞ」

ドスッの聞いた声が聞こえてきた。もう逃げ場もないのかよ。

ヘッと嘲るように笑う少女。彼女は歌うように襖にいる黒いシルエット群に答える。


「来なさい、ACF!」

ACF-Assassination Commando Forces(暗殺特化型奇襲部隊)

以前、コンビニのミリタリー雑誌で読んだことがある。南北戦争当時から存在した凄腕の米軍特殊部隊だ。そんな連中がここに!?

バンッ!襖が瞬時に開き、ドタドタドタと黒い防護服とマスクに覆われた軍隊が、やって来た。ドイツもコイツもレーザー付き拳銃を持っていて、赤い光のビームがおれらを覆う。や、ヤバい。本当にヤバい。おれが心の中で、あの単語を思った刹那―、


「ゲームオーバーってことね。私もアンタらの平和ボケした寸劇に乱入しようかとウズウズしてたわよ!最後になる、ひとときの日常を味わせてあげただけ、感謝しなさいな」

姫野は怯えた顔をして、両手を顔に近づけて、「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟いている。こんな大チャンスを前にして、いきなり死ぬってあり得るのかよ、おい!

「ふざけるなよ!おれは人生を大逆転するために、ここにやってきた!それが開始、10分かそこらでおしまい?お前が、優勝でおしまい?冗談じゃーねーぜ!一生、お前を恨んでやる!」

一瞬だけ、話を聞く顔をしたが、3秒で元の侮蔑のこもった顔に変化する彼女。


「フフフ。なにそれ!死んだら、おしまいじゃないの!結局、それでおしまいぃ?怯える偽善者の女と勢いだけの男と尻餅ついている男じゃーね。フフフ。他のプレイヤーも私の部下が今頃殺しているはずよぉ。不意打ちが一番なのよねぇ。


じゃ、バイバイ♪」


機関銃の持つ手に力を少女は込める。


刹那―、ウザったらしい声が聞こえる。


「そろそろ本気を出していいかな?」


先まで泣きそうな顔をしていた落合が、キリリとした顔で少女を見つめる。


「さっきまで尻ついていた貴方に何が出来るわけ?」

少女は即答で返す。落合も即答する。


「君だけが、偶像者じゃないってことさ!」

 バンッ!と反対方向の襖が開いた。乱入してきたのは、白い服のナースや医者たち。医療関係者たちだった。和の館に、黒服の軍隊たちと白服の医者たちが睨みあう奇妙な構図。

 

「そんな直すことしかない貴方たちに、何が出来るっていうわけ?」

しかし、未だに余裕顔の少女。そりゃそうだ。直すより、壊すのは簡単だ。少女の支持者は圧倒的破壊のために存在する者たちである。偶像戦争とは、畢竟、壊す闘いかもしれない。


そんな苦境でも、落合は恐るべき真実を告げようとしていた。

「ここに集まった医者の数は、君の集めた特殊部隊に匹敵する。つまり、日本半数の医者を集めさせてもらった!彼らを殺したら、君の祖国も軍隊も、信頼ポイントも失うだろう!信用ポイントを失い続ける君の親族は、末路を避けたいはずだ!」


 そ、そうか。軍隊もあくまで誰かの支持があって存在する。直す存在たちの過半数を壊したら、意味はない。誰かを守るために、軍隊は存在しているのだから。


少女は数秒、思慮した後、フンッ!と言いながら、しかめっ面になった後、ため息混じりにこう宣言した。


「奇襲も数の力もダメってことねぇ。こんだったら、落合がいないときに、そこの無知なイタ男だけを狙うべきだったわ。安心しなさいな。次は違う『暴力』で掴み取ってあげるから♪貴方たちの命!」


歌うように誇らしげに吠える彼女は、パーの左手を頭上限界まで上げながら、クシュッて握り潰した。気まずい顔で見る姫野とおれと落合。ところで、イタ男って誰のことですかね?


 沈黙するおれらを気にせず、彼女は一方的な会話を続ける。

シャーロット・サンダース・パース「さすが、日本一のカウンセラー、落合仁。私のことを知っていたとはね。今更隠しても仕方ないわ。イタ男や偽善女にも教えてあげる。シャーロット・サンダース・パース。代々、神隠しにあうアメリカ人一族の娘よ。じゃ、次なる暴力でまた会いましょう!特に落合仁。私の下僕にしてやってもいいくらいと感じたわーよ〜」


少女は踵を返し、友達にバイバイと言うようなノリで言ってきた。黒い軍隊らしき者たちも機械のようについてくいく。


落合仁「ふん。むしろ、君のようなお人形さんに、メイドをやってもらいたいくらいです!」


落合は眼鏡を光らせ、グッとポースを取り、腕を上げた。数秒、冷笑する顔の俺と、疑問符を浮かべている姫野。落合は、咄嗟に鋼鉄な顔に戻り、


落合仁「はっ、コホン。これが世界中のカリスマを集めた偶像戦争だ。今日のところはお暇しよう。明日の公演会が忙しいのでね。最大の敵は、シャーロットさん!ぐらいだ。君らはいつでも倒せる。生き残るのは、僕らのような人気者だけなのさ!フッフッフ!」


歌うように空に叫び、落合も闇へ消えていった。おれらに視線すら合わさずにー。白い医療関係者たちもスマートについていく。


 呆然と残されたおれたち。ははは。肩の力が抜けて、おれは尻餅を静かについてしまった。あたりはさっきまでの大名行列群が嘘のように、静かだ。

 しかし、さっきまでの殺気は本当だった。橋本キララだったものは落ちて、他のカリスマたちが代用したVRcarは綺麗に割れている。畳の上はジャンクだらけになって、カオスだ。

あの二人に、そして、まだ生き残っているかもしれないカリスマたちにおれは勝てるのか。


今更ながら、気づいた。この物語は、おれ自身が主人公だということに。姫野が笑顔でおれに近づき、手をギュッと握ってきた。わっ、どうしたんだ、一体!?おれは顔が赤くなるのを感じた。姫野は髪色に似合うようなヒマワリのような笑みを浮かべていた。


姫野雪「良かったね!あずまん!私たちは生き残って!でも、まだ勝負は終わってないんだよ。私たちで協力して、あの二人を倒そうよ!私のファンが望んでいる。あずまんの勝利をアイドルの私も望んでいる!」


 キャッキャッとはしゃぐ姫野の声に、おれは一気に頰が冷めるのを感じとった。


西田東「おれは、足を根本から洗うよ」

姫野雪「えっ」

驚く姫野。目が完全に点になっているぜ。


西田東「カオスコインに依存しすぎたのが、間違いだった。それに上手い話に踊らされて、他人の代理人として参加してしまった。それが大きな間違いだったんだ!一から自分の意志で考え直したい!おれは偶像戦争に参加するかは今回は分からない。ただやり直すよ!」


 おれは反省した。もう地道に生きようと思う。地味でも派手でも関係ない。目の前の小さな課題からこなしていく。おれに世界のカオスコインは必要なかったんだ。必要なのは、奇跡に頼ることではなく、今ここの現実で努力する意志だけだったんだ。

 姫野は可愛そうなものを見るような顔をした後、静かに笑顔になって、

姫野雪「私のファンのあずまんの、願いや出来ないことが全て叶うと良いね」

とクスっと笑った。


(半年後)

佐藤白の家に手紙が届いていた。今の時代に手紙なんて珍しい。一体どこのロマンチックな王子様かしらと、佐藤白は思いながら、手紙を開けた。そこに書かれていたことは、むしろ「キモい」と彼女は本能から感じた。


『親愛なる 私の記憶にある大切だった人々へ


私の名前は、西田東です。複数の人に手紙を渡しました。

私は奴に追われていて、一人にでも私の知った真実を知ってもらいたいと思っています。

この手紙をあなたが読む頃には、私は『存在自体が消えている』でしょう。私が言いたいことは一つです。カオスコインを疑ってはいけません。そして、他人にコインも作戦も決断を任せないでください。どうか出来ましたら、私の代わりに奴の正体を突き止めてください。


西田東より』

「何これ、キモっ!『ニシダトウ』って誰よ!」


手紙は捨てられた。


 暗闇に賽は投げられた。強い意志がある限り、お話は終わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Good/irresponsible system フル単@カオスフォレスト @huruta315osero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ