入学編第十六話 自覚

 訓練場から走り出したラノハは、全速力で走り続け、聖装竜機格納庫の近くまで来ていた。

 すると、ラノハの目に人の姿が映った。

 ラノハはそんなものを無視して行こうとしたが、その人によって引き止められた。


「待て。オタール」


「……先生ですか」


 その人は、聖装竜機専用訓練場から出ていたセフィターであった。

 ラノハはセフィターだと分かっても、そのまま邪装竜機の元に行こうとしたが、セフィターがそれを許さない。


「行ってどうするつもりだ」


「……そんなの、邪装竜機を殺す以外に何があるんですか?」


「聖装竜機を動かせないお前が行っても無意味だ。流れ弾に当たって死ぬのが落ちだろうな」


「そんなの関係ねえんだよ!邪装竜機は俺が壊さなきゃ!殺さなきゃいけないんだよ!俺の邪魔すんじゃねえ!」


 セフィターがどれだけ訴えかけても、ラノハは一切聞く耳を持たない。

 セフィターは、はぁ……とため息を吐き、ラノハと目を合わせる。

 そして、聖装竜機専用訓練場の上空で行われている戦いを指差し口を開いた。


「オタール。あれが見えるか?」


「……は?なんで、あいつらが、戦って……」


「今この場で戦える者が、彼ら彼女らしかいないからだ。スパルドも、あそこで戦っている」


「……」


 瞬間、ラノハの脳内にある人の存在が現れる。

 自分に向かって何度も笑いかけてくる、彼女の顔。

 彼女と過ごした日々が、ラノハの脳内で鮮明に思い出させる。

 そして、ラノハの脳内で最後に出てきた彼女は、今ラノハの左手の薬指についている黒く光る石が付いた指輪を持って、笑っていた。

 なぜ、急に彼女のことがラノハの脳内に溢れ出したのか。

 ラノハは、その理由を今更ながらに気づいた。

 ミリアが戦っていると聞いてから、この光景が頭に流れた。

 つまり、ミリアに死んでほしくないと思ってしまったのである。

 そして、これに気づいたことで、自分が何に怖がっていたのかも自覚した。

 大切な人を、また失ってしまうのが怖かったのだ。だから無意識に、人との関わりを避けていた。また大切な人を作って、また失いたくなかったから。

 ラノハは戦いが行われているところを見る。

 ……まだ間に合う。まだ守れる。今度こそ自分の手で、守ってみせる。

 左手を見て拳を握り、決意を新たにしたラノハは、戦いの場に向かおうとする。

 それをまた、セフィターが引き止めた。


「待て。オタール。……行ってどうするつもりだ」


 最初と同じ言葉を投げかけられたラノハは、しっかりとセフィターを見据えて、こう答えた。


「……助けに行きます。守りたい人ができてしまっていたことに、気づきました。もう二度と、失いたくありません。……邪装竜機への憎しみが消えたわけではないです。邪装竜機は全て、壊さなければならない。……それでも、今は守るために、行きます」


 ラノハは真っ直ぐな瞳で、そう言い切った。

 セフィターはこの言葉を聞いて、ふっ、と小さく笑って、口を開いた。


「……そうか。なら、もう心配ないな。今のお前なら、聖装竜機を動かせる。……ついて来い」


「……え?」


「どうした?早くしないと守れなくなるぞ」


「っ!はい!」


 ラノハがセフィターに続いて歩いて行くと、聖装竜機格納庫に着いた。

 ラノハとセフィターはそのまま中に入り、ラノハの聖装竜機が格納されている、101のところに向かう。

 そしてセフィターが101の扉を開けると、入学初日以来となるラノハの聖装竜機が姿を現した。

 ラノハはその機体に乗り込み、聖装竜機にホーリーエネルギーを通す。

 そしてラノハは、聖装竜機にホーリーエネルギーが行き渡ったのを感じ、前を向いた。


「……行きます」


「ああ。行け。ラノハ・オタール。自分の、守るべき者のために」


「……はいっ!」


 ラノハはセフィターの言葉に力強く返事をして、聖装竜機を動かし、101の中から出る。

 そして、ラノハの聖装竜機は竜のような翼を広げ、大空へと飛んだ。

 ラノハの心にあった氷は、度重なる打撃などによるヒビと、ラノハ自身が放った最後の一撃で、粉々に砕け散っていた。

 また、ラノハの目には復讐の炎の中に確かに、炎とはまた別の光が宿っていた。

 ラノハはそのまま聖装竜機格納庫を出て、戦いの場へと向かう。

 そんなラノハを、セフィターは口角を上げたまま見送ったのであった。

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