原点編第三話 誕生


「……ねぇ、あの人達、あんな所に置いててきていいの……?」


 戦場を離れ、全速力でヴェルラ村に向かう彼の馬に乗る少年が、震えた声で彼に問いかける。

 少年はこの事態を深く考えられてはいなかった。当然だ。彼はまだ幼い。戦場のことなど、分かるはずもないのだ。

 ただ、そんな少年であっても分かる、いわゆる本能といわれるもの。

 あの場に残っていてはいけない。あの場にいれば確実に死ぬ。

 そう、少年の中の本能が告げていたのである。

 だからこそ、少年は彼にそう問いかけたのだろう。

 あんな場所に兵士達を置いてきていいのかと。兵士達を見捨てていいのかと。

 少年には、そこまで言っているつもりはないのだろうが、少なくとも今の彼には、少年の質問がそのような意味に聞こえてしまった。


「……駄目に決まっているだろう……」


「なら……」


「だが、もう戻れない。戻ることは許されない。何より、私達をあの場所から逃し、そこに残った彼等がそれを望んでいないのだから。彼等に生かされた私達は、前に進み続けるしかない。彼等から託されたものを、想いを受け継いで、進み続けるしかないんだ。……たとえ……たとえ、この選択が間違っていたとしても……。分かったかい……?」


 彼のこの言葉は、少年に向けて放った言葉だが、彼自身にも向かっていた。

 まるで、彼が自分自身にその言葉を言い聞かせているような……。

 その証拠に彼の表情は、後悔や罪悪感を抱きながらも前を向こうとしているような、複雑な表情であった。


「……う、うん……。分かった……」


 少年には、彼の言葉があまり伝わっていなかったが、彼の顔を見てこれ以上の詮索をやめた。それに、後ろではなく前を向かわなければならないということは、少年にきちんと伝わっている。

 そして少年は彼の言葉通りに、黙って前を、ヴェルラ村の方を向く。

 すると少年の目にはもう、エリス村よりも少し大きい隣の村、ヴェルラ村の門が目の前に映っていた。


「ヴェルラ村は無事か……。侵攻してきた竜機はあの三機だけなのか……?」


 彼の言う通り、ヴェルラ村はエリス村のように、まだ真っ赤な炎に包まれてはいなかった。

 だが、後ろから迫ってくる事実に変わりはない。

 だからこそ彼は、村を諦め人を逃がすことに専念することを決めていた。

 彼は村に入るなり馬を止め、ヴェルラ村の全体を見渡す。

 しかしヴェルラ村には、人の気配が全くしなかった。


「……い、一体どうなっているんだ……?人が、全くいないだと……?」


 瞬間。彼の脳内に、最悪の映像が流れた。

 それは、すでにここにルマローニの兵が来ていてヴェルラ村の住人を虐殺し、ヴェルラ村を出てスタッツ街などの街に向かって侵攻しているのではないかという、考え得る限り最悪の映像。

 いや、と、彼は頭の中の映像を中断し、思考を巡らせる。

 彼は改めてあたりを見渡すが、やはり人の気配はない。

 だが、家が荒らされている様子もなく、馬の一頭すら見当たらないのだ。

 そんな村の状態を見た彼は、一つの希望を見いだす。


「ねぇ……ひょっとして、もう皆逃げたんじゃ……。この村からならエリス村が炎に包まれているのが見えるし……」


 少年が彼の考えていたことを声に出した。

 もっとも、少年はこの村の状態など理解してはいない。ただ、人の気配が全くしないのでそう考え、口にしただけだろう。


「ああ……。確かにそうかもしれない。取り敢えず、ヴェルラ村を周って人がいないかどうかを確認――」


 彼がその台詞を言い終わる前に、彼らの背後で爆発音が響いた。

 彼が後ろを振り返ると、先程まで自分達がいて、兵士達が残った場所から炎が上がっていた。そしてその場所から、三機の竜機がこちらにゆっくりと迫ってきているのが彼の目に入る。

 彼は一瞬顔を激しく歪ませたが、無理矢理表情を戻し、前を向いて少年に話しかけた。


「急いでヴェルラ村を周って人がいないことを確認した後、全速力、かつ最短距離でこの村から離脱する。いいかい?……っ!?」


「あ、ああ……。また……また、燃えて……」


 今の少年には彼の言葉など全く聞こえていない。

 少年の目と頭の中にあるのは、あの場所で燃え盛っている真っ赤な炎と、こちらに向かって来ている竜機のみ。


「落ち着け!大丈夫だ。急いで確認して、早くここから離れよう」


 そう言って彼は、少年の頭に手を乗せ、その頭をクシャクシャと撫でる。

 すると少年の目と頭の中に彼が映り、少年は少し落ち着きを取り戻した。


「……少しはマシになったか?」


「うん……」


「よし。じゃあ行くぞ」


 彼はそう言うと、ヴェルラ村を周る為に、馬を走らせ始める。

 ヴェルラ村は、エリス村よりも大きいが、その大きさの差異はほんの誤差であると言っても過言ではない。

 それ故に、ヴェルラ村を周って、人がいるかいないかを確認することは、馬に乗っているのなら一分もかからないのである。

 彼は馬に乗りながらヴェルラ村を周り、人がいるのか否かを確認していくが、一周してもヴェルラ村の住人は誰一人としていなかった。


「……人はいない、か……。よし。出発するぞ。全速力で走らせるから、しっかりつかまっていろよ」


 彼のその言葉に対し、少年が小さく頷いた。彼は少年が頷いたことを確認し、馬の速度を上げ、そのままヴェルラ村から離脱する。

 ヴェルラ村から一番近い村、もしくは街は、エリス村とスタッツ街である。

 エリス村は言わずもがな、炎に包まれてしまった。

 つまり、彼らはスタッツ街に向かう他ないのだ。

 彼はスタッツ街に行く為の最短の道を、馬に乗って全速力で駆ける。

 すると、彼らの前方に、ゆっくりと進んでいる集団が見えた。


「あれは……?」


 敵か、味方か。彼の脳内にこの二言が現れた。

 彼の中で、その結論は出ないまま進んで行くと、どんどんとその集団に近づいて来る。

 ある程度まで近づくと、その集団の服装や持ち物なのが鮮明に見えてきた。

 その服装は統一されておらず、銃などの武器も持ってもいない。味方である。

 ヴェルラ村の住人は逃げることに成功していたのだ。

 彼はヴェルラ村の住人達に追いつくと馬を止め、スミーナ国の軍服を着た男性に話しかけた。


「すみません!この方々はヴェルラ村の住人の人達ですよね?」


「え、ええ。そうです。現在、村の方々を連れてスタッツ街に避難しております。そちらは?」


「こちらは、スタッツ街からエリス村に救援に来たのですが間に合わず、この少年を保護しあの漆黒の兵器と交戦。ですがまるで敵わず、私と少年だけ離脱し、ここまで避難してきた次第です」


「そうでしたか……。では、やはりあれは……」


「ええ。ルマローニが攻めてきたと言っていいでしょう。あの漆黒の兵器は、彼ら曰く竜機と呼ぶらしいです」


「竜機、ですか……。なんと不気味な……っ!?」


 彼らの背後でまた、爆発音が響く。それも複数回連続で。

 その爆発音を聞き、この場にいる全員がヴェルラ村の方向を向いた。

 そして、彼らの目に映ったヴェルラ村は、炎に包まれていたのだった。

 そしてそれを見た彼らは様々な反応をした。

 ある者は泣き叫んだ。

 ある者は涙を流しながら、泣き叫ぶ子供を抱きしめた。

 そんな中、少年の目は三度真っ赤に燃え盛る炎が映り、絶望していた。

 当たり前だ。三度。今日だけで、三度もこんな炎を見てしまったのだ。こうなるのも仕方ないと言えよう。

 そして彼は、この状況を見て焦った。

 その理由は明白だ。竜機がこちらに来るかもしれないからだ。

 こちら側からも、竜機とヴェルラ村が見えているのだ。向こう側から見えない理由はない。

 ならば、少しでも早くスタッツ街に向かった方がいい。

 そう判断した彼は、ヴェルラ村の住人達全員に聞こえるように声を出した。


「皆さん!心中お察ししますが、どうか落ち着いてください!まだ危険は残っています!まずは、スタッツ街を目指しましょう!」


 彼のこの言葉にヴェルラ村の住人の大人たちは涙を飲み込み、未だ泣き叫ぶ子ども達を宥めながら、また歩き始めた。

 彼は少年と共に馬から降り、スミーナ国の軍服を着た男性のところに向かう。


「私が最後尾を受け持ちます。先導の方はよろしくお願いします。それと……この子も……」


「分かりました。責任を持ってお預かりします」


「では、私はこれで……」


 彼が後ろを向き最後尾に向かおうとした時、竜機がルマローニ国の方向に後退しているのが見えた。


「て、撤退しているのか……!?なぜだ……!?」


 彼には竜機が撤退するということが理解出来なかった。

 それは当然だろう。普通なら、このまま攻めれば更に壊滅状態に追い込むことが出来るし、この国に甚大な被害をもたらすこともできるだろうに、それをしないのだから。

 何かの作戦で、後からルマローニの兵士と共に攻めてくるのか。はたまた竜機が未だ試作段階で、長い時間使用することが出来ないなどの何かしらのデメリットがあるのか。

 彼はこのようなことを考えたが、当然答えは出る訳がない。取り敢えず、スタッツ街へ向かう。彼のこの答えは変わらなかった。

 彼がそのことをスミーナ国の軍服を着た男性に言おうとその方向へ向いた時、その男性兵士の隣に立っている少年の目に、彼の目が止まった。

 少年の目に目が止まってしまったのは彼だけではない。少年の隣に立っている男性兵士もまた、そうであった。

 その少年の目からは、涙が流れ落ちていた。

 だが、彼らの目が止まった理由はそれではない。それは、少年の目が紅く染まっていたからだ。

 その少年の目は、今日四度目の炎が灯っていた。

 ただその炎は、外で燃え盛っている炎だけではない。少年の内で燃え盛っている炎が、少年の目の炎の大半を占めていた。

 少年の目に宿った、その炎は――


 憎悪や憎しみ、そして、復讐の炎。


「許っ……さない……許さない……許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!絶対に許さない!壊す!壊してやる!あの兵器だけは!あの兵器だけは絶対に!そしてお前らに必ず報いを受けさせてやる!首を洗って待っていろ!僕が、僕が必ず!お前らを……ぶっ殺してやるからな!!」


 そう、少年は叫んだ。


 今この時、この瞬間に。また一人、新たな復讐者が誕生したのであった――。

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