渡りの魔術士

紅鶴蒼桜

ーー>プロローグ<ーー

「ほう、此処が?」

道士姿の青年が呟いた。

「ええ、ここが例の場所です」

隣の少女は言った。

時は夕方、沈みゆく太陽の光で空は真っ赤だ。

目の前には、地下へと繋がっているであろう、洞窟の入り口がある。

しかもご丁寧に扉付き、でだ。

扉を壊して中に入ろうと手を伸ばした時、少女が、

「心配いりません。手を扉に触れて下さい」

少し思案した後、少女の言う様に扉に手をかざすと、扉に触れた部分が光を放った。

あまりにも眩しくて目を閉じてしまう。

それから数瞬経っただろうか。

「もういいですよ」と言うので目を開けてみると、扉が開いていて少し中に入った少女が手招きしていた。

僕はしれっとした顔で少女の手を取ると中に入った。


こつこつと、足音を立てて歩いていく。

洞窟の中は薄明るい。多分ヒカリゴケが生えているのだろう。

僕達はどんどん奥へ奥へと進む。

道中、とぐろ鼠などの小動物はいたが、順調に進んでいく。

多少息が上がるぐらい歩いたところで、やっと開けた場所に出た。

祈りを捧げる為だろうか、立派な祭壇が立っている。

ただ、僕達の目的とは関係ないので、お賽銭を投げ入れお辞儀をして、奥の脇道から更に進んで行った。

目的の場所に着く頃には、ヘトヘトになっていた。

「これをどうぞ」

と、少女から小瓶を受け取ると、それを飲み干す。

ほどなく体力が回復したところで目の前の物に視線を移した。

赤茶けた物体をみる。

それは、元は人間だったのだろう。

しかし今は干からびている様だ。

更に胸に杭を打ち込まれて張り付けにされている。

僕は胸に刺さった杭を上からなぞった。

「やはり、魔術が込められているな」

懐から紙の束を出す。

そして一枚めくって杭の上から被せる。

すると、白い紙に文字が浮き出て杭に転写した。紙は役目を果たしたのか黒くボロボロと朽ちていった。代わりに杭に転写された文字が光を放っている。

「エイシャ、杭を」僕が言うと、

「分かりました、ローグ様」と、少女ーエイシャが答えた。

エイシャは、杭を両手で掴むと勢いよく引き抜いた。そして鞄から布を出し、杭を包むと鞄の中に入れた。

ふと、エイシャの手のひらから紫色の煙が出ているのに気づいた僕は、

「エイシャ、手を出して」

エイシャが両手をこちらに差し出した。

両の手の平は紫色にただれていた。

やはり呪いか。

懐の紙束から二枚紙を取り出すと、エイシャの手に一枚ずつ乗せた。

すると紙が呪いを吸い取ったかの様に両の手はもとどおり肌の色に戻り、代わりに紙が紫色に染まり、ボロボロに散っていった。

「では帰ろうか」

「はい、ローグ様。でもこの死体はどうしますか?」

「どうもしないさ。これは杭を縫いとめる為のつなぎだろう。ほっといても只朽ちていくだけさ。さあ、帰ろう」

それは僕のミスだった。もう少し詳しく調べておけば良かったのだ。

「ローグ様!」

少女が叫びながらこちらに駆け寄ってくる。が、遅い。

干からびた人体が僕の左腕に噛み付いてきた。

「くっ!」

僕は、紙束の半分をまとめて人体に押し付けると、ブン殴る。

朽ちた人間は粉々になったが、噛み付かれた腕が煙を吹きながらどんどん朽ちていく。

紙束を数枚当てたが効果が無い様だ。

朽ちている範囲がじわじわと上に登っていく。

このままでは全身に回ってしまう!

「ローグ様ぁ」エイシャはオロオロと心配しているばかりだ。

僕は決心した。

「エイシャ、腕を切ってくれ」

「で、でもそうしたらローグ様が」

「今切断しなければ、全身に回ってしまう。やるしか無いんだ、頼む」

エイシャは最初はイヤイヤと首を振って拒絶していたが、どんどんと煙を吹き出す範囲が広がっていくのを見て決心をした様だ。

涙を拭いながらきっ、とこちらを見据えて

「ではいきますよ、覚悟して下さい」

「分かった、やってくれ」

エイシャは、腰に差している刀に手を伸ばし涙で濡れた顔で、

「では、いきますよ!」

音もなく、左腕が根元から落ちていった。

「うぐ、すみばせん、ローグ様ぁ」

「仕方ないさ。僕のミスだ。ただ、これからは気をつけないとな」

自嘲気味に言った。ホント気をつけないとな、これからは。今回のはそれの代金だと思えば安くないとは思う。

「目当ての物も手に入れたし、帰るかとするか、エイシャ」

「はいっ」

無くなった腕の事は後で考えるとしよう。

今はまだ泣いている少女に残っている右手を伸ばし、僕達は家路につくのだった。

ーー>続く

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