それは葬送銀の舞う

二十三話

 クラウスの翼はしおれた花のように地面に垂れている。

 何日も食べていない。何が起こっているのか、いつ殺されるかも分からない状況は、彼の心をも蝕んだ。


 ドミニコ種は、リグから戻ったクラウスを直ちに捕らえ、牢屋に入れた。何が起こっているのか分からないのはクラウスだけではないようだった。


 要するに彼らは、リグで起きた事故をクラウスのせいにして、この共同掘削を立ち消えにさせたいのだ。分かりやすいその意図を否定するためには、この事故の原因を突き止めなければならないのだが、囚われの身ではそれもできない。


 「……そもそも、何で俺が仲間を殺さなきゃいけねえんだよ」


 動機がないと主張しても無意味だった。当然だろう、クラウスが手を下したという結論ありきで話は進んでいるのだ。何を言ってもまともに取り合って貰えない。おまけに花菱とも連絡を取らせて貰えない。


 拘束されて五日目、喉の渇きと餓えで朦朧とする頭で、このまま自分は死ぬのだとクラウスは考えた。そしてクラウスは、自分の葬式について思いを巡らせた。棺の中で、たくさんの花々に囲まれて眠る自分。


 そうしてふとクラウスは、自分が花の名前を一つも知らないことに気づいた。

 今まで抽象的だった死が俄かに現実味を帯びてきて、息が詰まる。


 ダンに葬儀をして貰いたいと思った。あの手で丁寧に見送られ、花菱を慰めて欲しいと思ったが、それを伝える術さえない。


 長いため息が牢屋に響き渡る。八方ふさがりだ。


 「……ん?」


 牢屋の前に一頭のドラゴンが現れた。彼は黙って扉を開けると、クラウスの両足の拘束を解いた。一瞬釈放かと期待するが、手の拘束が解かれなかったことで、クラウスは次に起こることが何なのか、悟ってしまった。


 「出ろ。……裁判の時間だ」





 

 ドラゴンは裁判制度を持っている。様々な立場のドラゴンの意見を聞き、出来るだけ公平に罪を裁こうというのだ。意見を聞くだけで、その意見が判決に反映されるとは限らず、つまりは形だけ人間を真似た茶番のような制度なのだった。


 だからクラウスは絶望のうちに裁判を終えた。むろん判決は死刑だ。決まっていたことを再度念押ししただけのことで、何の面白みもない。


 ドミニコ種のドラゴンは、クラウスを両脇から挟むようにして死刑台へ連れてゆく。そこはかつて人間が城塞として使っていた建物の、塔最上階にある場所だった。

 死刑台の前にはギプノーザがいた。ぎろりとクラウスを睨みつける。その眼光に恐怖を覚えるほどの気力は、今のクラウスには残されていなかった。誰かが長々と罪状を読み上げるのもほとんど聞こえていない。


 ドラゴンの死刑は、心臓を槍で貫くというものだ。首を落としても一撃では死ねないため、こういった措置が取られることが多い。もっともドミニコ種はわざと心臓を外し、苦しみを長引かせると言うが――ほんとうだろうか?

 死刑台には槍を構えたドミニコ種が佇んでいる。そこへ登れと指示され、階段に足をかけた――その時だった。


 「待ちなさい!」


 花菱が翼を大きく広げて現れた。空中でホバリングしながら、ギプノーザをきっと睨みつける。


 「クラウスは犯人じゃない。その死刑に異議を唱えるわ」

 「……馬鹿な小娘だ。既に裁判は終わった。誰も異は唱えられぬ」


 ギプノーザは目顔で合図し、死刑を続けるよう指示した。死刑執行役を勤めるドラゴンは頷いて、手にした槍を振りかぶったが――。


 次の瞬間、その槍が分厚い氷に覆われた。瞬く間に砕け散り、日の光を浴びて輝きながら溶けてゆくそれを、ドラゴンたちは唖然と見つめる。


 ミルカだった。

 花菱の背にしがみついた彼女は、そのまま城塞の壁に降り立った。

 ダンとターヴィもそれに続く。彼らはダンの銀の槍に乗って飛んできた。青い顔をして終始ダンにしがみつきっぱなしだったターヴィだったが、さすがにダマスカス家の跡取りらしい風格を取り戻している。

 

 「ギプノーザ殿。我が名はターヴィ・ダマスカス。この度のリグでの事故が、単なる事故であって、誰かの作為によるものではないことをご説明に参上致しました」

 「汝に口を開く許可を与えた覚えはないが」

 「許可を頂かねばならないとは思いませんが。あなた方の仲間の命を助けることにも繋がります」


 ギプノーザに反論する間を与えず、ターヴィは手のひらの小瓶をドラゴンたちに示した。


 「これがご同胞の命を奪ったものです」

 「……汝の目は節穴か。我にはただの水にしか見えんが」

 「ええ、水です。でもこの水の中にはある虫がいるんです」

 「虫だと?」

 「住血吸虫という寄生虫です。あの井戸の地下水層にいた巻貝を中間宿主として成長し、成虫になったものと考えられます」


 ターヴィは淡々と説明した。


 住血吸虫というのは寄生虫の一種だ。ドラゴンの体表にいるような大きな虫ではなく、魔術のみでしか探知できない小さな虫である。ターヴィの言った通り、幼虫の段階で淡水生の巻貝などに寄生・成長し、成虫になった段階で水中に泳ぎ出る。そうして最終宿主の体内に入り、その腸などに住み着いて卵を産み、その卵は宿主の排泄物に混じって外に出るというわけだ。


 通常住血吸虫は、体内に入っただけで宿主を殺してしまうほどの毒素は持たない。宿主を殺してしまっては寄生した意味がないからだ。


 ところがマギを多く含む地層の近くに生息していた住血吸虫は、マギの影響を受け肥大化し、その毒素を強めてしまった。体表に触れる程度であれば命に別状はないが、体内に取り込むと宿主の臓器を痛めつけてしまうまでに変質したのだという。


 更に悪いことに、この寄生虫はドラゴンの体に大量に流れるマギに過剰反応し、毒素を大量に排出してしまったのだ。あの水を体内に取り込んで死んだ人間がいなかったのは、人間の元来持っているマギの量が、ドラゴンに比べて微量であったためだ。


 住血吸虫の入り込んだ水を体内に取り込んでしまった経路は、ダンと花菱の見込み通り、逆さ鱗からだった。通常逆さ鱗は胃に繋がっているが、種族によっては反芻の為の胃――特殊な酵素は持っているが、殺菌作用は持たない――だったり、肺や心臓に近い場所であったことも災いし、ドラゴンたちは死に至ったのだ。


 「幸いなことに、治療薬はあります。ドラゴン用に多少薬効を強めなければなりませんが、既に医術士たちが試薬作成に取り掛かっています」

 「それが何だと言うのだ。汝らは最も大切な事柄について何らの説明も行っていない。即ち――このクラウスとかいうアーケマイン種の若造が手を下した、その事実に対する反証がない。それなくして汝らのこの蛮行は弁明できまいよ」


 それを言うならば、ギプノーザたちがクラウスを犯人だとする証拠もないに等しいのだが、ターヴィたちはその言葉を呑み込んだ。

 ギプノーザたちはドラゴンたちの病の原因さえ探らず、ただその事実のみをもってクラウスを捉えた。邪魔者を排除するためだけにこの事故を利用したのだ。そのたくらみは打ち砕かれなければならない。


 「白い鴉の証明が出来ないのと同じように、私たちはそこの彼が無実であるという確証は持っていません。有罪であるという証拠がないのならば尚のこと。――そこで取引を行いたいのです。クラウスを釈放して頂ければ、治療薬をすぐにお渡ししましょう」

 「馬鹿げた条件だ。汝らが我らに治療薬を送るのは当然のこと。主犯と引き換えに出来るだけの価値などないわ。だがまあ、汝ら人間の惰弱さは我も知悉しておる。仲間だの何だのに足を引っ張られて繁栄を打ち捨てる愚か者ども、心の弱い猿どもよ」


 ギプノーザはどこか退屈そうに言った。


 「分かった分かった。そのクラウスなにがしの身柄はくれてやる。その代わり即刻あの井戸の掘削から手を引け。あとは我らドラゴンが掘削を行う」


 予想できた答えだった。それでも、人間をどこまでも下に見るその態度に、ターヴィはきつく拳を握りこむ。共同掘削という夢を成し遂げるためにしてきた苦労を数えながら、平常心を保ち続けた。


 「なら、こういうのはいかがでしょう、ギプノーザ殿」


 ミルカが静かに尋ねた。

 彼女の凪いだ瞳が臆することなく巨大なドラゴンの目を射抜く。





 「リグの共同掘削権をかけて、私と――ファルケンハインの末裔と決闘をするというのは?」

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