それは花棺死の香る

十話目

葬儀社の仕事は毎日あるわけではない。一週間葬儀社に缶詰になることもあれば、二週間近く音沙汰がないこともある。ミルカが必要になれば電報で呼ぶ、そういう手筈だった。

 だがミルカは呼ばれずとも頻繁に葬儀社に顔を出した。

 不思議と彼女が訪れるときはいつも、何かしら人手が必要だったりする時だったので、ダンも邪険に扱えない。

 そうやってミルカはワイナミョイネン葬儀社に馴染んでいった。

 

 その日もミルカは、気軽に葬儀社の中に入って行った。


 「どーも、こんにち……」

 「あはっ、ほんとに来た。さすがはダン、どんぴしゃだな!」

 「あれ?」


 見知らぬ青年がダンの前に座っている。ミルカの指定席になりつつあったカウンター横の高いスツールに、我が物顔で。

 栗色の髪は暴れ馬のように跳ね、大きくて丸い目は好奇心たっぷりにミルカを見つめている。どこか野性味を帯びた青年はけれど、刺繍の多く施されたジャケットにレザーパンツという高価な服を、苦も無く着こなしていた。

 それに腰に下げられている光線銃。マギの塊である輝聖石が埋め込まれていて、呪文詠唱も文様展開も簡略化し、即時に魔術を撃てる便利な代物だ。ただしとんでもない珍品で、とてつもなく高価な武器である。

 ミルカはどこかで見た顔だと思いつつ、ちょっと頭を下げて挨拶した。


 「こんにちは。ミルカ・モナードです」

 「知ってる知ってる。うちんとこのリグ一本駄目にしちゃったって聞いてるぜ」

 「うちんとこの……? あー! あなた、ダマスカス・マギ・カンパニーの跡取り息子……!」

 「ご名答! 箱庭創設以来の超成金、ダマスカス一族の放蕩息子とはオレのこと!」


 ふふん、と胸を張る青年の名をミルカは知っている。


 ターヴィ・ダマスカス。


 ここ箱庭において最も力を持つ一族の跡取り息子である。

 最も力を持つ所以は、人類が箱庭に立てこもってから、その生活面を全て支えたという実績にある。

 マギの採掘、食料の生産、及びその輸送ルートの確保。これら三つを、元々司教を輩出する家系だったダマスカス一族は苦も無く、そして迅速にやってのけたのだ。

 ダマスカス一族がその技術を有していたというよりは、必要な個所に必要な技術を届ける為のルートを熟知していたという方が正しいが、ともあれ現在箱庭のエネルギーと食料はダマスカス一族が牛耳っている。

 

 それがどれだけ強い影響力を持つか、いまさら説明するまでもないだろう。

 新聞にもしょっちゅうその写真が載る彼は、ひょっとしたらここ箱庭で一、二を争う有名人かもしれない。元職場の大ボスに妙な場所で会ってしまった気まずさが勝って、ミルカは珍しくおどおどと頭を下げた。


 「そ、その節はどうも……」

 「いーよそんなにかしこまらなくっても。あの井戸、結構限界までマギを採掘してたから、そろそろ廃抗にしようかって話も出てたし。それにドラゴンが突っ込んできたんじゃ不可抗力(フォースマジュール)だろ、誰にも文句なんか言わせねえよ!」


 不敵に笑ったターヴィは、それにしても、とミルカの顔をじろじろと眺める。


 「可愛い顔してんじゃん。なあダン、ここまで綺麗(ピュア)な金髪は今時珍しいぜ」

 「かわいい……」


 まるで異国の言葉のように発音したダンは、不思議そうにミルカの顔を見やった。あれは考えたこともなかった、という表情だと気づいたミルカは苦笑する。基本的に無表情なダンの、僅かな感情の動きを、だんだん読み取れるようになってきた。


 「そうなんですね。考えてみたこともなかったです」

 「そうなのか? んじゃどうしてこの子を雇ったんだよ」

 「どうしてって……変なことを聞きますね。あなたは見た目で人を採用するのですか?」

 「いや別にそういうわけじゃねーけど」

 「例えばミルカが私と同じ銀髪だったらその質問は変わっていたんですか?」

 「あーもう、ごめんって! お前にそんな質問投げたオレが馬鹿だった、今のはなし! ったく、ちょっとは年相応の感覚を持てってんだよ」


 呆れたようにコーヒーをすすったターヴィは、ちらりとミルカを見た。


 「で? 彼女の仕事ぶりはどうなんだ」

 「まるでだめです」


 一刀両断されてミルカはがくりと脱力する。そこはターヴィの手前、もう少し良いことを言ってくれても良いのでは。


 「まだひと月しか経ってないし、試用期間ってことでちょっとくらい評価甘くしてくれてもいーんじゃない?」

 「試用期間などというものはありません。大体あなたは、ご遺体への配慮も足りませんし、パンデモニウムでは黙っているだけで何の仕事もしていませんし、それでどこを評価されると思ったのですか」

 「う、で、でも、手伝いはちゃんとしてるし、ウィリアムさんの話し相手とかもしてるし……!」

 「あんなのは仕事に入りません」

 「あ、ひどい。ウィリアムさん、いっつもダンがおしゃべりしてくれないから寂しいって言ってたよ!」

 「おしゃべりという機能は私についていませんので」

 「今からつけて! 円滑な人間関係のためにも!」


 くふっ、という笑い声はターヴィのものだ。顔を押さえ、くつくつと肩を震わせている。


 「いいじゃんダン! 楽しそうだな?」

 「……別に、楽しくはないです」


 無表情なりにぶすっとしてみせるダン。

 ターヴィはそれを見てまた引き笑いをしている。

 

 「えっと、ダンとミスター・ダマスカスはどうして知り合いなの? って言うかどうしてここに?」

 「やめてくれ、ターヴィでいいよ。オレとダンはジュニア・スクールのクラスメイトなんだ。それから仲良くなった。もっともダンの方が断然成績が上で、オレは下から数えた方が早いくらいだったけどさ」

 

 新聞によると、ターヴィは確か二十四歳だったはずだ。そのクラスメイトということは、ダンも同い年のはず。ミルカは改めてダンの顔をしげしげと眺めた。

 

 「……ダンって、童顔だよね」

 「よく言われます。どうせ同い年くらいだと思っていたんでしょう」

 

 ミルカは笑ってごまかした。

 

 「そうそう、覚えてるか? 箱庭前の魔術名家三十六家」

 「ああ、ありましたね。三十六もあるものだからなかなか覚えきれなくて」

 「とか言って、ダンはいつも真っ先に暗唱テスト合格して帰ってただろ! あ、でも、オレ今でも禁忌の五家言えるぜ。“ファルケンハインがカレド産のデーツを持って、トキワジのグランドディルムに会いに行く”だろー!」

 「正解です。あの時それが思い出せていれば、あれほど長く居残ることもなかっただろうに」

 「それは言うな」

 

 ミルカは二人の話をにこにこと聞いている。しかしいつまでも彼女に分からない話をし続けるのも居心地が悪いだろうと、ダンは脱線した話を戻した。

 

 「ターヴィがここにいる理由は、食料品の差し入れです。おかげでコーヒー豆も砂糖も安く買える」

 「それと情報の差し入れもたまに、な。ちょうどいい、ミルカもいるんならここで話すよ。ワイナミョイネン葬儀社と大いに関係のあることだからな」

 

 コーヒーで唇を湿らせたターヴィは、ゆっくりと口を開いた。

 

 「近々、箱庭とドラゴンの交流が再開される」

 「え!? え、うそ、それって」

 「それはつまり、ドラゴンと人間が和解するということでしょうか」

 

 ミルカの言葉をさらりと横取りするダン。恨みを込めて睨みつけても、その鉄面皮に跳ね返された。

 

 「さすがにそこまでじゃない。再開するのはマギ掘削分野だ」

 「つまり……どういうこと?」

 「ドラゴンと人間によるマギの共同掘削。それが今度ダマスカス所有のリグで実施される。探査も済んでリグプランも立案済みのやつだ」

 

 それは、人間との交流を硬く拒んでいたドラゴンの、大きな歩み寄りだった。

 

 「共同掘削ってことは、少なくとも技術の交流は期待できるよね。それにマギの掘削量ってかたちで成果が見えやすい」

 「そうですね。それを踏まえるとこれは、互いにとっての実験ということでしょうか」

 「そうなるな。オレたちはこれを通じて、ドラゴンと共存する道がないかどうか探ろうと思ってる。人間とドラゴンの技術レベルは恐らくほぼ同等、それをどうやって互いの為に使っていけるか、試行錯誤の場になるだろう」


 ドラゴンは人間を憎んでいる。けれど隷属を知らない世代のドラゴンたちの中には、人間に興味がある者もいるという。実際に箱庭の外で、人とドラゴンが交流を取り戻している例も少ないながらあると伝えられていた。


 それでもミルカやダンが体験したように、ほとんどのドラゴンは人間を憎んでいるし、関わることさえ厭っている。人間もまたしかり、箱庭に押し込まれる前に大勢殺された事実を、今でもまだしっかり覚えている。


 それを押して共同掘削しようというのだ。ほとんど冒険といってもいい計画であることは容易にうかがえた。


 それでも。


 「それってすごく楽しそう! あの大きなリグの運営をドラゴンが手伝ってくれたら楽になる部分もいっぱいあるよね」

 「そう、その通りだ。それはドラゴンも同じだろう。それでお互い『協力したほうが楽だ』と思わせたらしめたものだし、そうでなくても色々得られるものは多くある」

 「反対意見も多そうですが」


 ダンの言葉にターヴィは苦笑した。


 「そーなんだよな。そこが結構な問題でさ。でも、共同掘削の契約は既に締結されているから、今さら反故にすることはできない。不退転の覚悟で臨むつもりだ」


 そう意気込むターヴィは、全身に気力をみなぎらせている。眩しいほどだ。ミルカは箱庭の空を優雅に舞うドラゴンの姿を想像してみたりした。絵本の中でしか見たことはないけれど、それはきっと綺麗だろう。


 「んで、ここからが本題。共同掘削にあたって、葬儀社(ここ)の力を借りることが出てくるかもしれない。今までみたいにオレがこっそり意見を聞きに来るんじゃなくて、公式に」

 「どうして?葬儀社が活躍できるのって、ドラゴンが死んじゃった時だけでしょ」


 素朴なミルカの疑問には、ダンの静かな声が答えた。


 「ドラゴンのご遺体は、貴重な情報源なんです。そのご遺体を見るだけで、彼らの魔術の仕組みや常食物、兵役訓練の度合、寄生虫の効能、弱点など様々な情報が手に入ります。もっともうちはそれを公開していませんし、あくまで葬式を上げるという観点からしか分析していませんが」

 「二百年前の書物大虐殺(ビブリオコースト)によって、ドラゴンたちに関する書籍はほぼ全て焼き払われてしまった。オレたちの知識は化石も同然、今最も生きた情報が手に入るのは皮肉にもワイナミョイネン葬儀社のみ、ってことだな」


 微力で矮小な人類の持つ最大の武器は知識である、と考えたドラゴンたちは、その武器を完膚なきまでに粉砕しようとした。


 その結果が七日七晩火の絶えることがなかったと言われる書物大虐殺である。


 それによって人類は九割九分の書物を失った。連綿と受け継がれてきた美しい写本、巻物の数々は呆気なく灰燼と化し、焼け残った石版や粘土板も、執拗に砕かれたと言う。


 「それ、歴史の授業で聞いたことある! でも、そっか、そういうことなら確かにこの葬儀社の力を借りることが増えるかもね。ドラゴンの文化や宗教のこととか、怪我したときの応急処置とか」

 「まさにそれだ。リグの掘削には事故がつきもの、それはどんなに魔術が発展しても変わらない。けどこの共同掘削を成功裏に終わらせるためにも、ドラゴンの知識を持つ人間の協力が必要なんだ」

 「葬儀士風情に大それたことは出来ませんが、能う限り力になりましょう」


 ダンは力強く頷く。ミルカもうんうんと頷きながら、


 「でもさ、ターヴィはどうしてドラゴンと人間を共存させようとしてるの?」

 「そんなの! 商売繁盛の為に決まってんだろ。箱庭だけで商売終わらすなんて勿体ねえ。世界はこんなに広いんだ、金儲けできる余地はまだまだたくさん残されてる」


 開拓者の意気込みで気炎を吐くターヴィ。彼はにんまりと笑って、カップのコーヒーを飲みほした。


 「色々と騒がしくなるだろうけど、よろしく頼むぜ!」


 そう言い残してターヴィは去って行った。

 彼がいなくなると家の中が途端に静かになる。


 「そっか、ワイナミョイネン葬儀社だけがドラゴンの情報を多く持ってるんなら、そりゃ家の防備もがっちがちに固めるよね」

 「家の防備、とは」

 「この家、至る所に魔術様式が張られてるじゃん。玄関の罠みたいなやつ、あれ不用意に入ったら容赦なく腕持ってかれるやつだよね? それにウィリアムさんの義足……あれも高密度の文様が施された魔術装具だし。それって全部、よからぬことを企む奴らから、ドラゴンの情報を守るためのものなんだね」


 一人納得している様子のミルカとは対照的に、ダンはどことなく面白くなさそうな顔をしている。


 「父さんがきみにそれを教えたのですか?」

 「ううん、初めにこの家に来たときに気づいたんだけど。違った?」

 「違いません。きみが意外とよく見ているので驚いただけです。ついでに言えばちょっとむかつきました」

 「なんでよ!?」

 「間の抜けた愛玩犬みたいな顔をしているくせに有能なので」

 「んん……? ほ、褒められているはずなのにけなされている」

 「そんなに褒めてはいないので悩まなくても大丈夫です」

 「あ、そうですか」


 はふうとため息をつくミルカ。どうもダンと話していると、常に煙に巻かれているような感覚を覚える。


 「でも、きみの魔術がとても巧みであることは紛れもない事実です。もっと活かせる場所があるでしょうに」

 「うーん……まあ、そうなんだけどさ」

 「そもそもなぜリグの警備隊などに所属していたのですか。女性がつくには危険すぎる仕事でしょう」

 「ええっと、お金に困ってて」

 「お金に困っているのならば、うちのような薄給の所に勤める理由が分かりません」


 ぐう、と言葉に詰まったミルカ。ダンの理詰めは時に性質が悪い。


 「なぜですか。この際ですから教えて下さい」


 しかも、一度投げかけた問いに答えが返ってくるまで諦めないのだから特に。

 言いよどむミルカを救ったのは一本の電話だった。


 ジリリリリリリ!


 耳をつんざくベルの音は、暖炉の横に据えられた電信通話機から発せられたものだった。ダンは既にそこに駆けつけていて、素早く受話器を取り上げる。


 「こちらワイナミョイネン葬儀社です。……ええ。はい、承知致しました。場所はソルフェリーノですね。すぐに向かいます。現地の巡査長を警備に当たらせて下さい」


 ダンは傍らの羊皮紙に何かメモを取りながら、絞り出すように言った。


 「ドラゴンの赤ん坊はその手の人間にとっては宝の山です。私たちが到着するまで、どうか、守りきって下さい」

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